今夜はあひる日和

緒川ゆい

第1話 洗濯機最後の日

 洗濯機が壊れた。

 いや、まあ、確かに使い始めて十年以上経っているのだ。そりゃあそういうこともあるとは思う。

 思うが、あまりにいきなりすぎないだろうか。

 朝、仕事前に洗濯をしようとスイッチを押したまではいい。だが、「ウゲオゴゴゴゴ!」と二日酔いの俺のような声を漏らしたきり、うんともすんとも言わなくなってしまった。

 今思えば……あれが洗濯機が今際の際に残した最後の声だったのかもしれない。

 人間の言語に訳すとしたら……「俺の屍を超えて行け。若者よ」というところだろうか。

 ・・・・なわけはないだろうな。せいぜいが「お前のパンツは臭かった・・・パタリ」くらいだろう。

 なんてあほな妄想をしながら俺は悩んでいた。なにって今日は平日。電気屋に洗濯機を見に行く時間もないし、見に行けたとしても設置に来てくれるのは数日後。自慢じゃないが、俺はミニマリストで、服も下着も最低限のものを回して使うことに至福を感じるタイプだ。つまり、このままだとパンツがない。

 かくなるうえはと調べたのがコインランドリーの場所だった。

 こんなことにでもならないとコインランドリーなんて気にもしないから、当然近所のコインランドリーの所在地など把握していない。しかし現代は便利だ。スマホでなんでも調べられるのだから。ほどなくして俺は自宅から徒歩五分のところにコインランドリーを発見した。

 時刻は夜九時。山盛りの洗濯物を抱えてコインランドリーへ向かう。大した時間もかからずに到着したそこは駅前のメインストリートから一本奥に入った住宅街にあり、マンションとマンションの間、母親がおかえりと言うみたいなさりげなさで存在していた。

 煌々と灯る蛍光灯の明かりが夜目に慣れた俺の心に安堵を生む。ずっしりと重く腕にのしかかる、洗濯物入りの紙袋をゆすり上げて自動ドアをくぐると、無人のコインランドリーの中、ごとんごとん、と低い音を立てて洗濯機が一台回っていた。だが、回しているだろう人の姿はない。

 まあ、こういうこともある。洗濯をしている間にちょっと外出なんてことは珍しくない。

 さして気にも留めず俺は空いている洗濯機へと向かう。


 そこで俺はふと足を止めた。


 誰かの視線を感じたように思ったからだ。だが見回してみても誰もいない。隠れるところもなさそうだ。

 おかしいな、と呟いた俺の視界にふっと黄色いなにかが過った。


 それはコインランドリーの壁際、洗濯機を眺められるよう配置されたベンチの上……。

 黄色くて小さな……。


 あひるだった。


 風呂場で湯船に浮かべるタイプのおもちゃがあると思う。黄色くてくちばしがオレンジ色の。あれだ。

 あれがなぜか、ベンチの上から洗濯機を黒く丸い目で見つめ座っていた。

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