第35話



ザハトーク・ラジェスマールンド side



ペスタリカ帝国の東側、バーバント王国との国境近くに領地を持つラジェスマールンド伯爵家。

有事の際はいの一番に戦場へ駆け付けたり、帝国の盾の役割も持つ。


当主のザハトークは皇帝より極秘の仕事を任されていた。 それは他国の将来有望な若者のスカウト又は暗殺、今まで幾人かの有望株を行方不明扱いにして帝国に招き入れてきた。


今回も簡単な仕事のはずだった。

学園の選抜された生徒が国を代表して試合をする国際大会、ここで結果を残した男をスカウトするだけだった。田舎から出てきた男爵家の次男アルス・セントリア。


「あの時の殺気は今でも忘れられない、未だに夢に出てくるからな·····!」


「ザハトーク様、準備が整いました」


大会でジョンバンクに勝った時は少々驚いたが、首輪を付けられない存在とは思わなかった。 今ではその判断が間違っていたのだとわかる、あの濃密な死をイメージさせる殺気。 あんな体験は初めてだ、確実に始末しなければ帝国の憂いとなる。


「ふふふ、早速始めましょうか。アルス・セントリアよ、私や帝国をコケにしてくれたこと後悔するがいい!」




アルス・セントリアの兄、妹と弟に白金貨50枚ずつ懸賞金をかけてやった。 私に喧嘩を売るとはこういう事だ。


「ザハトーク様! 大変です!!」


いつもは冷静沈着な執事長がノックもせずに入ってきた。 その後に続いて慌ただしい足音がいくつも聞こえている。


「全く、騒がしいな·····どうしたのだ?」


その時、執事長を押し退けて年老いた女と私よりも年老いている者達が入ってきた。


「あなた、これはどういう事ですか!」

「ザハトーク様、私たち老けてしまいましたわ!!」

「父上、これは··········」

「ちちー·····ぐす、大人になってるよ〜」


知らない者達が私の事をあなたや父上と呼んでいる。いや、よく見れば知っている顔だ・・・まさか、妻や倅達なのか!?


驚きのあまり口を開けたまま唖然としていると、執事長が一通の手紙を渡してきた。


『ザハトーク・ラジェスマールンド殿、私からのプレゼントは気に入ってくれたか? お前が今まで行ってきた非道の報いを受けさせた、甘んじて受け入れるように


アルス・セントリア』


手紙を持つ手が震えていた。

これはあいつがやったというのか・・・?

膝から崩れ落ち変わり果ててしまった妻たちを見る、妻たちは私の親よりも老けてしまい、倅達は私よりも年が上に老けてしまっている。

状況が飲み込めないまま数日を過ごした。




皇帝から呼び出され私室に通された。

極秘の仕事を命令される時の部屋だ。

部屋のソファに手を顔の前で組みながら私を見るお方こそ、帝国のトップに君臨するレスタード・ヴォルツ・ペスタリカ皇帝。


「ザハトークよ、手を出す相手を間違えたな·····お主は田舎から出てきた男爵家としか思っていなかったのだろう、だがセントリア男爵家は〝死の森〟に隣接するリューゼント辺境伯が親元の家だ。あそこは大陸の中でも特殊な所でな、通常より何倍も強い魔物しか出てこないのだ」


皇帝は何が言いたいのだ·····?

アルス・セントリアが強いのは私とてもう分かっておる。



「つまりリューゼント辺境伯とセントリア男爵家が死の森を抑えていなければ、帝国はとうの昔にバーバント王国を手に入れておる! あの国を未だに手に入れられない理由は、お主が今回手を出したセントリア家やリューゼント家が死の森から死守しているからだ。どうだ、分かってきたか?」


「つ、つまり、手を出しては行けない家に手を出してしまったと·····?」


「その通りだ。私が王国を手に入れる



ために最も注力しているのは、バーバント王国王家とリューゼント辺境伯の間に亀裂を入れることだ。戦争にリューゼント辺境伯とセントリア家が出てくればまず勝てない、それほどの力を持っているということだ。···············今回のことはお咎め無しとする、その代わり何もするな。よいな?」


「··········承知しました」


完全に私のせいということか・・・事前に教えてくれなかった皇帝に思うことはあるが、調べなかった私が悪いのだ。





ザハトークが退出した後、皇帝と宰相は話を続けていた。帝国の頭脳とまで言われている切れ者、チェスタリク・マウサークが皇帝のそばに立っている。


「今回は私の落ち度でもあるな·····事前に言っておくべきだった」


「アルス・セントリアは冒険者として活動しているようです。今回の件が無ければ帝国にも足を踏み入れてくれていたでしょうな」


「こんな時でも小言は忘れないか、流石だな」


王国を手に入れたとしても死の森がある、そうなるとリューゼント辺境伯とセントリア男爵家の力は必ず必要になる為、帝国に悪いイメージを持って欲しくなかった皇帝と宰相。


「ここから挽回できる策はあるか?」


「··········難しいでしょう、暫くは動かぬが吉でございます」

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