第1話 異世界ちゃん
「聞いたか?3年の門浦先輩が異世界に行って来たって噂!」
昼休み、教室の後ろの方で級友共が盛り上がっている。
「知ってる!『異世界ちゃん』だろ!」
「部の先輩から聞いた。超笑った!」
笑い声が教室に響いている。
俺は盛り上がる気にはなれない。
自分の席で、じっとしている。何もすることが無いのでじっとしている。
だから、教室内の声がよく聞こえる。
「自分で言いふらしてるらしいぜ。」
「マジヤバいじゃん、『異世界ちゃん』。」
もう2週間、笑ってない気がする。
授業が終わると、何もすることが無いので、まっすぐ帰宅する。
学校に居たいのだが、理由がない。
いや、家に帰りたくない。
家では家族3人が、俺と同じに、いや、それ以上に暗い。夕飯が終わると自分の部屋に籠もる。暗い雰囲気に耐えられない。俺もその一部だと分かっているから、余計に耐えられない。
「うちキレイ!先輩が呼んでる!」
教室の前の入口から女子に呼ばれた。
「フルネームで呼ぶな!」以前の俺ならすぐ叫んだ。周りがどっと沸き、和む。お約束のクラスメートのイジり……だったが、今はそんな気力もない。
……俺の名は『内木 零(うちき れい)』。平凡な高校1年生。小学校に入った時、名前を付けた親を恨んだ。が、すぐに慣れた。突出しているモノが何一つない俺、イジられることで打ち解けるのも悪くないと、すぐに思った。
「先輩?!」
心当たりがない。チラッと見えたが知らない顔だ。
「3年の門浦先輩!」
仲介を頼まれた女子の声、
「げっ!『異世界ちゃん』じゃん!」
誰かが叫び、教室内がざわついた。
が、一瞬で静まる。
相手が先輩だと皆すぐに気づいたから。叫んだ男子も(ヤベっ!)と気まずそうな顔をしている。
「ちょっと来て!」
門浦先輩も、居づらそうに、俺を人が少ない場所へと連れ出した。
あまり使われない階段の踊り場で、
「3年の『門浦 景子』よ。」
改めて自己紹介された。165cmの俺よりも低い2コ上の先輩。
(姉ちゃんの友達??)
古くからの姉の友達なら知っているが、やはり知らない先輩だ。
(かどうら けいこ)。今どき「子」のつく名前は少数派だが、両親とも好きな女優からとった。背は低いが美人、名前負けはしていない。
「あの……」
「何のようですか?」と「噂は本当ですか?」の混ざったような俺の口ごもりに、
「噂は本当!」
本人が言い切った。
驚いている俺の顔を見て、
「でも!言いふらしているのは、私じゃない!」
さらに付け足した門浦先輩。
美人で成績優秀。ちょっと友人に相談したのが、あっという間に広まったらしい。女子のやっかみだ。
「そんな事より、あなたの―」
言いかけて、門浦先輩が青ざめた。
その直後、
……
……
……先輩は、俺の目の前から消えてしまった。
?!!
探すために階段を降りた。
走り去ったのではなく、瞬時に消えた。上階を探すか下階を探すか、どこを探せばいいかは分からない。
でも、馴染みのある2階へ戻り、そして気づいた。
(違う……)
俺だ……
開けっ放しのドアから教室の中が見えた。
壁も床も階段も異常が無かったので気づかなかったが、
机が、ロッカーが……
何十年も放置されたかのようにボロボロだった。
昼休みの教室、廊下……さっきまで大勢いた生徒が1人もいない。
俺が飛ばされたんだ?!!
極度の不安に一気に襲われた。
埃を被り、さらに干乾びたような俺のバッグを取り、目や口に埃が入らないように閉じ、見えないままバッグを振り回した。
パッと目を開けると、元のバッグに戻っていた。やや小さめのスポーツバッグ、これでいつも通っている。教科書、ノートが入ってないので軽い。でも、ボロボロの机から教科書を取り出す気にもなれず、そのまま教室の外へ出た。
通り道の他の教室を覗きつつ、職員室へ。
やはり、誰もいない。気配もない。
校庭は窓越しに確認済み。昼休みなのに誰1人遊んでいない。
階段を駆け降りて玄関へ。
勝手に早退して怒られたならそれでいい。むしろ、怒る相手と遭遇したい。
下駄箱もボロボロだった。
埃を被ってしなびた黒い物体(多分、俺の靴)を、バッグの時と同じ様に、目と口を塞いで振り回すと、
靴も元通り、履き替えた上履きを放置して小走りで校庭へ出た。
徒歩通学、家まで10分ちょっと。
さっきまで帰りたく無かった家に、今はとにかく帰りたい。
母さんに会いたい。
校庭を早足で突っ切ろうとして
(げっ?!)
……
魔物と出会ってしまった。
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