第5話 トラウマ

「先輩、無事で良かったです。」

 突入部隊の後から、楯無刑事の20歳の後輩が銀行内に入ってきた。

 強盗事件は終わったが、事件の処理は始まったばかりだ。

「ライちゃん、お疲れ。」

 笑顔で手を上げた楯無刑事だったが、まだ眠りガスの影響が残っていたのか、よろけてしまった。

 壁にぶつかりそうになった先輩を、慌てて支えに走り寄ったが、手を伸ばしたところでハッとなり、そのまま支えず、楯無刑事は倒れてしまった。

「あわわわっ!!せ、先輩、スミマセンっ!!」

 倒れた楯無より痛そうな泣き顔で、先輩を見つめる後輩。

「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。」

 優しくなだめる先輩に、

「わ、私……流氷行きは嫌ですぅ!!」

 泣き出してしまった後輩。

 後輩が何を怖がっているかは、先輩(楯無 良器)はもちろん分かっている。

 そんな2人を意に介さず、事件の処理は進行中だ。十数名の手慣れた連中が行っている。

 犯人5人(男4女1)、本体は安定剤(異能力封じ)を打たれ、犯罪者かつ負傷者として運ばれた。切り取られた手足や股間部は、粗雑に別に運ばれた。手術では(かなり高度でなくては)縫合不可能。再生できる異能力者も実は警察庁に存在するが、

「そこまでやってやる義理はない!」

 態度4Lの管理官が認めない。効果の高い異能力(トリック)の使用は疲れるからだ。

 で、テキパキとそれらをこなすのは警視庁捜査一課の特殊部隊SIT……の中の更に特別班。異能力犯罪を良く知る者たちだ。

 一方で、人質たちの相手をしているのは警察庁チーム。

「記憶操作を行いますか?」

 1人1人に聞いてから処置している、記憶操作の異能力(トリック)を持つ女性が数人いる。

 記憶操作後は普通?の銀行強盗の記憶となり、全裸になった事、目の前で六つ裂きが起きた事など、トラウマになりそうな部分を忘れる。

 異能力者(トリッカー)は存在するが、異能力事件の情報はあまり出回らない。それは記憶操作係がいるから。銃所持よりヤバい連中がそこら中にいる……まだ公に出来ない事実。そして「異能力者の多くは無害」という事実を継続させたい為の情報操作でもある。

 記憶操作班の彼女たちは警察庁所属、楯無刑事らと同様、楯無キドラ管理官の直属だ。

 簡単に言うと、

「別に、警視庁でも防衛省でも内閣府でもどこでもいい。」楯無管理官は所属など気にしていない。

 なので、事後処理の進めやすさ、連携のしやすさで警察庁に属している。警視庁ではないのは、東京都以外でも活動するためだ。

 楯無キドラと彼女の直属チーム、異能力者に対抗できるのは彼女たちしかいない。通称は「(警察庁)特命係」。腫れ物扱いなのはどこぞの特命係と同じだ。

 そんな特命係ほぼ全員と、今作業しているSIT特別班もまた、記憶操作(暗示)を受けている。

 血なまぐさい状況への適応力。残酷な現場、死傷者(敵)を見ても割と平気でいられる暗示だ。

 なので今回の事件の直後でも、

「知床の氷川先輩が、毎日電話して来るんですぅぅ」

 彼女、後輩の『扇(おうぎ)ライチ』のトラウマはこの氷川先輩がらみ。

 所属間もない彼女が最初に世話になった、優しくしてくれた大好きな先輩。

 人当たりも良く美人の氷川先輩。男女双方に受けもいい品行方正の先輩……ただし、酔うと……

 新人歓迎会があった。

 楯無刑事も出席したが、酒に弱く、すぐに酔い潰れた。

 一方、氷川先輩は、

 酔うと「キス魔」になる。

 明るいキス魔で美人。男性陣も悪い気はしない。被害者と呼べる者もいない……その日までは

「可愛い♡」

 酔い潰れて寝ている楯無刑事に気付いた氷川先輩。

 ほっぺにチュー♡

 ……これだけなら良かった。

「唇も、行っちゃおうかな〜♡」

 ここで、

 その場の全員の酔いは冷めた。

 もちろん、後頭部にアイアンクローがめり込んだ氷川女史本人も。

「ひーかーわーーー!!」

 そのまま右手一本で、女性としては決して小さくない氷川女史を宙吊りにし、

「おい、氷川。」

 熊より恐ろしい生き物の声が、耳元で聞こえる。

「無礼講なら、テメエの乳は揉み放題になるのか?」

 空いてる左手で氷川女史の巨乳を揉む態度4L管理官。無礼講なら何でもOKではない。言ってる内容は正論ではあるが。

 この場を、ただ1人止められる人物は、すぐそこにいるが、酔い潰れて起きそうにない。

 こうして……

 翌日、氷川先輩には、知床支部への異動辞令が出た。

「おめでとう、所長だ。」

 つまりは、1人しかいない部署。

「2時間毎に流氷の写真を撮って本部へ送れ。」

 つまりは、特に必要としない仕事。

 そして、街への遠出も時間的に厳しい。

「流氷と暮らすのは嫌ですぅ!!」

 後輩『扇 ライチ』は、このトラウマで、楯無先輩に触れない。楯無先輩を助手席にさえ乗せられない。

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