トニカは変な女である②


 手紙を書いたのは、それからしばらくしてのことだった。そして、相変わらずの気安い言葉でその返信が届けられた。


『私のかわいい殿下

 お手紙をいただきとても嬉しく存じます。お変わりなくお過ごしのようでなにより……あら、でも外出をなさろうとするということは、少しお変わりがあったということですわね。殿下に婚約者がいるということは小耳に挟んでおります。公に出来ない理由がおありだとか。でもね、私思うのです。国王様はただ公に出来る日を心待ちにし、殿下のことを首を長くしてお待ちなのではないかと。殿下? まぁ、よろしいです。

 ただ、驚きましたの。殿下の手紙の内容に。イブリン嬢のことは常々伺っておりましたが、婚約者であられるトニカ様というお名前を私に知らせて下さったことに。きっと、素敵でかわいいお方なのでしょうね。そのような方を紹介していただけるなんて、光栄でございます。腕によりを掛けて、選りすぐりをご用意させていただきます。

 でも、もしかしたら、必要なくなるかもしれませんよ。これは、女の勘です。

                    あなたのリマより』



 読み終わって相変わらずだと、やはり呆れた。別に紹介するという意味で名前を書いたわけではなく、トニカは私の婚約者という立場以上に、名前のある一個人であるのだから、当たり前のことなのだ。話をする際に名前がなければ不便であることを気に掛けただけなのだ。


 全く、相変わらずなお人だ。

 そして、その底抜けに明るい返事をくれたのは、トニカの縁の発端である伯母であり、今は貿易商もかじっている母の姉である。彼女もイブリンに似て自由な人だ。

 王家との関わりを極力持ちたくないと言って、爵位まで返上し、郊外にある屋敷に住んでいる。ただ、甥である私にだけ気安く付き合ってくれている親戚である。


 最近は任せられた仕事上、彼女との付き合いも深めなければならないと思っているところだが、彼女のノリはどうも苦手だ。

 十六歳になって「将来お前には外交関係を担ってもらいたいと思っている」と国王から伝えられたのだ。だから、その頃から彼女にも外の国のことを教えてもらっている。


 ここの国は何が良質で、ここの国は何が不足していて、ここの国は食べものが美味しい。ここの国は川が綺麗で、この国は女が生き生きしていて、この国は、夜のない時期があるなど。

 必要な情報から、あまり必要でなさそうな情報まで。

 ただ、歴史書や学者が書いた本に書かれていない生の声は、生き生きとしており、興味深かった。

 だから、大切な人物である。

 でも……だから、長く付き合いたいと思っているのだが、このノリが苦手だということが、致命的に思える。


 そう思っていると、従者のコルドバが一礼して入ってきた。爺やと呼ぶには若いこの男との付き合いは長く、何も言わなくても伝わるところがあるので、とても楽である。

「殿下、お出かけの件なのですが……」

 そんなコルドバが珍しく言葉を濁したのを不思議に思い、尋ね返すとトニカのことだった。

「やはり、変わった女だな」


 イブリンを置いてふたりが外に出たら、誰がイブリンのお世話をするのかと尋ねているのだそうだ。

「イブリンはお前にもあの女の侍女にも懐いておろう。予定は変わらぬ。そう伝えておいてくれ」

 全く。一瞬、父上がなにか反対なさっているのかと思ったではないか。

 そう思いながら、どこか心が跳ねる気がした。



「呼びつけて悪かった。フィンの様子だが……」

 フレデリック国王に呼びつけられたコルドバが嬉しそうに答える。

「最近は富に自信を付けられてきていらっしゃいますようで、何がしたいのかを申しつけられることも増えて参りました」

 その言葉に国王も肩の力を抜いて、微笑んだ。


「フィンには申し訳ないことばかりだったからな」

 すべて仕方がなかったことと片付けられる事柄ではあるが、弟が生まれ妹が生まれ、国王であるフレデリック自身も、フィンに目が向かなくなったこともあるのだ。そして、母の死が追い打ちを掛けた。母が亡くなり、誰とも話さなくなるほど塞ぎ込んでいたことを考えれば、家族からの疎外感を限りなく感じさせてしまったのだろうと思っている。だから、トニカはフィンのことを分かってやれるし、フィンもトニカを分かることが出来るだろうとも思った。

「フィン様自身、気にしておられないかと思われますが」

 コルドバに優しい表情を向け、フレデリックが答えた。

「お前にも感謝しているぞ」


 もちろん、イブリンも安らぎにはなっていたのだろうが、フィンの母が亡くなって、フィンを支えたのは誰でもなくこのコルドバだ。彼が根気よくフィンの傍にいてくれたから、歪まなかったのだろうとも思える。

 確かにフィンは彼の母に似て、あまり目立とうとしない。今や、ロンが生まれ、この玉座が回ってこなくなったことを喜んでさえいるかもしれない。だから、というのも変だが、フレデリックはフィンに王位を継承しないことにしたのだ。


 余計な争い事に巻き込まれない道筋はつくってやりたい。そして、フィンならその道をしっかり進んでいくだけの力はある。

「出掛けるのだそうだな」

「えぇ」

 二人して含み笑いをし、未来を見つめた。

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