第29話 コリジョンコース

「ねぇ、パパ?」

「なに、マコト?」


「気のせいかもしれないけれど、南東、あっちの方向の星? マコは目がいいからすっごく小さい星? だと思っていたんだけど、微妙に、ほんのわずかに動くの。それで少しだけ大きくなった気がするの。これって流れ星ってこと?」


 そんなマコの言葉にジンは少しだけ緊張を走らせ、慌て気味に聞き返す。


「ど、どこどこ?」

「ほら、あっち。まだ小さいから見えにくいかも。相対的に少し上に動いたと思ったけど今は止まってるみたい。でも少し大きくなったような」


「オレにはまだ見えないけれど、そういうのを衝突不可避コリジョンコースっていうんだ。墜ちてくるかもしれないから、ソ、ソフィア? ケインとイルと一緒に防護シールドを強化してくれるか? もしものときは二人を抱えて飛んで逃げられるように道筋をイメージしておいて?」

「わ、わかったわ、あなた」


 ソフィアはそそくさとケインとイルに状況と対処についての説明をする。


「マコトはオレと一緒に上空に上がって、円形の硬質化シールドを飛来方向に何重にも重ねて、できれば受け止めるよりは上方に逸らせるような角度をつけた状態で待ち構えよう」

「わかった、パパ。やっぱり大きくなってるし、今ならパパにも見えるんじゃない?」


 話しながらも、シールドを生成しながら接近方向に配置していく。上に逸らしたいから少しずつ角度を付けている。裸での作業だから肌寒いけど、今はかまってられないし、気合いが入っているからなんとか大丈夫。


「あぁ、あれだな。ヤバいな。マコト、急ごう!」

「りょ」


 シールドは分厚く、硬いものを300枚以上は生成しながら配置した。


「流れ星は超高速だから、それに向けて何かを当てるのは難しいけど、こちらに向かって飛んでくるのなら、自分たちに影響する範囲でカバーすればいいだけ。ただ、手前や近くに墜ちても、この一帯の地面が抉られるから、上方・後方に逸らすことだけを考えるんだぞ! あとはぶつかった直後に状況を見てシールドの配置調整をやるけど、もしそのときマコトにも状況が見えてオレの意図がわかるなら手助けをしてほしい」

「りょ」


 流星というか大きな炎の玉が認識できるほど大きくなって向かってくる。コリジョンコースだから、距離はわかりにくいが、たぶん、かなり近づいている。マコとジンは、炎の玉の進入ラインから大きく横に外れて、上空で横から見ながらシールドを制御するかまえに移行する。


「ソフィア! 二人を連れてこっちに避難だ。命あってのものだから何も持ち出さなくていい」

「わかったわ」

「それと耳を塞いで。衝撃波や爆音がすごいはずだから。マコトも耳栓! それと今ここを守る硬質化シールドを張ってくれ!」

「わかった」


 ホントにここに向かって墜ちてきている。シールドの位置と角度を微調整。もう間もなくだ。


 そう思った瞬間、その一瞬の出来事だった。マイクロ秒くらいに分解して説明すると次のような状況だった。


 最初にシールドに衝突……パリパリパリ……最初の50枚くらいはいとも簡単に砕けた後、それ以降のシールドはドミノ倒しのように倒れ重なるようになり、相対的に強度が増し、ベクトルを捻じ曲げるに絶好の形となる。


 ジンは重なり連なるシールドの位置を微調整しようとするが、お構いなしに突っ込んでくる超々高速の火の玉にシールドは割れようとする。


 ジンは割らせまいと踏みとどまるように、勢いをいなすようにシールド配置を微調整し、200枚あたりのシールドで、ほんの僅かに上方へ逸らすきっかけを得る。


 この掴んだ流れを失わないように残りの100枚くらいでいなしながら、僅かに上方に逸らすことに成功するが、それでも今日最初にお風呂に作った大きいほうの硬質化シールドの上端を掠め、シールドは粉々に砕け散る。


 と同時に火の玉はほぼ燃え尽きて、燃えカスとともに後方の岩山を軽く抉るほどの傷跡を残すほどで事態は終結した。


 辺りに民家はないため、おそらく被害はゼロだ。それでも岩山を軽く抉る衝撃は辺りを揺るがすほどの大きなもので、どでかい音が響き渡る。

 それからかなり遅れて、といっても数秒だが、衝撃波がバリバリバリと辺り一帯に轟いた。


「ソフィア、ケイン。イルにマコト。みんな大丈夫か? けがはない? 耳は大丈夫?」


「えぇ、おかげで私は大丈夫。イルは震えているけど、怖かったね。大丈夫? ケインはどう?」

「私もみんなのおかげで大丈夫だわ。イル? びっくりしたね。もう怖くないよ」


「イ、イルはこんな経験したことないけど、みんなはなんで平気なの? そ、その、も、漏らしちゃった。まだ震えは収まらないよぉ」


「うんうん。こんなときはちびったって恥ずかしくないんだよ。大丈夫よ、イル。お母さんだって、ほんのちょっぴりはちびったからね。一緒よぉ。それに怖い出来事だったけど、ジンさんたちがいるから、不安はそれほどなかったわ」


「マコも大丈夫。ただ魔力を使いすぎたみたいでヘトヘト。それと寒いから早くお湯に浸かりたいな」

「そうだな。ともかくみんな早くお風呂に浸かろう。オレもかなり消耗しているから、休みたいところだ。みんな、話しながらお風呂に向かおう!」


「じゃあ、早く浸かりましょう? それにここは人里離れているとはいえ、夜明け前には人が集まる可能性が高いわ。今日は流星群観測はもういいわよね? お風呂で温まったら、早く就寝しましょう?」


「そうだな。とりあえず、うちには被害がなさそうだし、早く浸かって温まってから寝よう。あ、ソフィア? 外のシールド、たぶん2種類とも壊れたと思うから張りなおしてくれるか?」

「OK。任せて!」


「あれ? マコちゃん、黒髪黒目になってるわ? そういえばマコちゃん。普段、魔力を行使しても金髪碧眼のままよね? だから久々に黒髪黒目を見た気がするけど、どういう理屈? 魔力を使うと黒髪黒目になるって前に聞いた気がするけど、マコちゃんの場合は少し違うよね?」


「え? マコは今、黒髪黒目なの? うーん。たぶん、魔力量の問題なのかな? ある一定の量までは、使っても使っても全然減った感覚はないくらい余裕があるのかな? でも今はかなり消耗した感じがあるの。お腹が空いたな。ママ、何かお夜食食べてもいい?」


「イルもお腹空きました」

「そうね。今日は本当に疲れたと思うし、エネルギー補給しないとね」

「オレもそういえば空腹みたいだ。さすがに今日は力をいっぱいに振り絞った気がするからな」


「わたしも、今の数時間、魔力もたくさん使ったし、それ自体は補充してもらったけど、色濃い経験をしたからか、精神的にかなり疲れた気がするわ。今日は少しお腹を和ませたら、軽く一杯いきたいかな?」


「あら? そうね。久しぶりに打ち上げでもやる? あなた」

「そうだな。今日もいろんな記念日が重なってる気がするし、そんな今日を締めくくるには軽く一杯やるか? まぁ、もうすぐ朝の時間なんだけどね」


「まぁ、そうね。でもあんなことがあった翌日なのよ? 明日? というかもう今日の話だけど、みんなでお昼過ぎまで寝てましょう」

「そうだな。じゃあ、みんな! 浸かろう」


 お風呂に浸かりながら、ジンが語りだす。


「あぁ、今日の墜ちてきた流星だけど、流星群とは別物なんだと思う。ふつうは公転などで地球に接近する他の小天体の塵なんかが、地球の大気圏に突入して燃えるから光る流れ星になるんだけど、すぐに燃え尽きるから普通は数秒間しか見えないんだ」


「仮に燃え尽きずに落下する場合でも、小さな塵だから、いくら凄いスピードで落下したとしても、最初に張ってもらったシールドで充分持ちこたえられる想定だったんだ」


「じゃあ、さっきのみたいな流星落下は普通じゃありえないってことなの?」


「そう。今回みたいに何重にも重ねたシールドで受け止めていなかったら、この一帯は街ごと吹き飛んでいたと思う。絶対ないとは言い切れないけど、そうしょっちゅう起こるようなら、とっくに人類は滅んでいると思うよ。それくらいありえない確率の出来事になるね」


「はぁーーっ、良かったぁ。さっきのは本当に恐かったから、流れ星が嫌いになるところだったよ」


「アハハハ、そうだな。今日の場合は、たまたま流星群と重なるタイミングで別の大きめの宇宙ゴミか隕石が、大気圏に猛スピードで突入し、この進入角が浅かったから燃え尽きずに長い時間光っていたと思う」


「ふつうはそんなに浅い角度の場合は、大気圏に弾かれるものだけど、なぜか進入してきたんだ。もしかしたら大気圏への進入直後に流星群との衝突で落下軌道が変化したのかもしれないな」


「まぁ、大きい分、衝突エネルギーも桁違いに大きかったみたいだから、本当に凄まじかった。でもそのおかげでマコトがいち早く発見できたし、シールドの対策をとる時間を持てたのは本当に幸いだったよ」


 感慨深く噛み締めながら、ジンは続ける。


「今日、流星群観測会をしていなかったら、何も知らないままこの一帯は隕石の大衝突で吹き飛んでいたんだと思うと、ゾッとするよ。そしてこの特別な力を持つオレたちが今この時、この地にいて行動を起こせたことは、自分たちもだけれど、この地に息づく多くの命を人知れず救ったことにもなるんだよ。そう考えると、マコトやソフィアはやっぱり幸運な何かを持ってるよね? 魔女って名称を使っているけど、ここまでくると、神に愛されている、まさに聖女といってもいいくらいだね」

「え? 私もなの、あなた」


「あぁ、そうだよ、ソフィア。今日だって、いつだって、ソフィアの直感的な要素が加わったときの結果は、転がりかねなかった不幸な未来からいつも救ってくれているじゃない。例えば、君が日本留学生になる行動を起こして、イタリアに行くって決断したから、多くの命が地中海に散らずに済んだし、君が強い語気でケインを救うといって素早く動いたから、ケインの窮地にもぎりぎり間に合ったし、今日の昼に流星群観測会をやる、という話で、今夜のお空は見逃してはいけない気がする、って言って時間を含めた段取りも君が決めたタイミングなんだ。君とあの日出会っていなかったら、今日オレはここで何も知らずに死んでいたのかもしれない。君と出会って、そんな悪いことが回避されただけじゃない。毎日が幸せすぎることのオンパレードなんだ。マコトが聖女なら、君はオレの幸運の女神さまなんだよ。いつもありがとう」


「あらぁ、そんなに持ち上げられると照れるわぁ。今日は軽く打ち上げするなら、サンマの干物でも焼いてみようかしら?」

「あぁ、いいねぇ。よだれが出てきそう」


「お二人さんのお熱い話、ふつうだったら私の冷やかしが入るところだけど、私もソフィアやジンさんの女神っぷりや神様っぷりから、たっぷり恩恵を受けているから、今の私はしみじみと噛み締めてるわ」


「イルもそう。パパ、ソフィー、マコちゃん。みんな神々しすぎて、今の話を聞きながら、そう、そうなの、って相槌を打ちながら噛み締めてたの。イルも大人ならお酒の一杯とともにご相伴にあずかりたいところだけれど、お水でいいから同席したいな」


「あ、マコもその一杯につきあいたい。お酒よお酒」

「マコちゃんが飲むならイルも!」


「ダメよ。二人とも。どうしても飲みたいなら、甘酒があるからそっちよね。それも一杯だけよ?」

「ちぇーっ。でも甘酒って、お酒はお酒なんでしょ? まぁそれでもいいか」


「それにしても、サンマってお魚なんでしょ? 聞いたことも食べたこともないわ。美味しいの? それ」


「うん。オレは好きだな。小さな魚なんだけど、脂がのってるともう堪らない旨さだよ。でも高級魚ってわけでもなくて、日本では大衆魚なんだよ。その干物だから少し味わいは落ちるかもしれないけど、ケインもきっと美味しいって言うと思うよ。それじゃあ、打ち上げじゃあ」


「「「打ち上げじゃあ!」」」


 その後は、みんなで軽くサンマをつまみながら、お酒でお口をくゆらせる。いろいろなことがいっぺんに起こった色濃い一日を振り返りながら、もう朝だけど、時間は更けて、それぞれ眠りについた。

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