第21話 ~閑話~ イルの奮闘
ケインが莫大な借金返済を決意・奮起してからのイルはがむしゃらに勉強した。このときは小学校に入る前年だったが、知り合いからお古の教科書をかき集めて、入学する頃には、教科書は小学校の全学年分すべてを丸暗記するほどに。
入学してからのイルは、新しく学ぶものが少ない分、とにかく多くの人と接触した。同級生はもちろん、上級生や先生と沢山の会話を持つようになった。持ち前の気さくな話術と、相手の言葉をきちんと理解し相手の立場で考え、相手が返して欲しい言葉、または相手にとっての良い結果に繋がるならばと、敢えて返して欲しくない言葉を返すなど、最善を選び取る思い遣りの態度が、いつしか全校生徒と先生に浸透していくことになる。
イルはどうしてそのような行動を取り始めたのか? それは母を助けたい、実はその一点のみが中核にある。
そのためのお金を稼ぐための方法の模索、そしてそれはひとりで生み出せるものではなく、必ず他の誰かと関わっていかなければ得ることができないこと、また、ストレートに聞いても幼い子供でしかない自分には得たい情報が入ってくることはないこと、などを早期に理解したため、それならば、手間暇は掛かるけれど、多くの会話を持ち、その中から間接的にでも情報収集できるのではないか? それに他者と自分を繋ぐ会話力は、将来に渡っても大きな武器となることと、誰かが自分に話してくれる内容は、その誰かとの間の信用度により内容の濃さが変わること。即ち信用されているだけで多くのことを語ってくれやすくなる。
そしてその信用は多くの会話を重ねた先にしか得られないものであること。そういう思いに至り、将来の自分を思い描いた上での日々のルーティンとして、多くの会話を持つことを組み込むイル。
そうするうちに、自身の考える力がどんどん養われていくことと、自分の話題の振り方一つで、得られる情報も変わっていくことを体感する。
そうして、新入生のイルだったが、いつしか上級生の勉強の悩みも、こじれた男女関係 (小学生だけど)が瞬く間に解決してしまうほどの糸口となるアドバイスも、果ては若い教師の目前にある人生の分岐点の悩みなど、次から次へとなぜか解決へと導いてしまえるイルだった。
もちろん人生経験の稀薄なイルなので、教科書の中身以外でそんな解決策など知るはずはない。
しかし、多くの問題は実は悩む本人の中に隠されていることが多く、本人と同じ目線、立ち位置で、同じ深さまで潜ってモノを考え、そこにある問題が纏う情報構造を一つずつ解きほぐし、なぜ?の本質的な事柄を本人にわかりやすい表現で言葉にして返しただけなのだが、それが自ずと悩める本人に響くらしく、返して欲しかった言葉に感動し納得する、という。
仮に答えが出ないにしても、同じ深さで同調してくれる心の温かさみたいなものと、ズバッと本質を抜き出せるイルの聡明さから、その多くが厚い信頼と、もう他人とは思えないほどの親近感を抱くのだという。
そうして、イルの毎日は、人生相談のようなものを繰り返し、皆から愛される存在となっていった。
当のイルは、他の人にとってはどうでもいいような他愛ない悩みであっても、時に有用な情報が潜んでいる場合があることを、一連の活動を重ねるうちに気付いてしまう。沢山の会話の中から、お金を稼ぐための知識に繋がる情報の欠片を拾い上げては、スクラップブックに書き連ねていく。
時々、それぞれのピースがうまく重なることがある。一つ一つの中身は他愛なくても、複数が重なり合うことで、一つの情報が見えてくるのだ。
その結果が、たとえゴミ情報だったとしても、その過程は意外に愉しいものだと思えるようになってきているイルがいた。まさに諜報活動そのものとも言える見事な仕事ぶりだ。
なので、イル自身はまだ何の稼ぎも得られていないのが現状だが、このままこの国に居続けた場合、数年後にはきっと何かしらの稼ぎのメソッドを確立していそうな、そんな活動振りだった。
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