第20話 ~閑話~ イルんち借金清算
イルのおうちに巣くいかけた
細かな借金は、いくつかあるが、生活のサイクルと変動に合わせて、生まれては消える、比較的高い計画性の中でやりくりされる性格のものだ。まぁ、月々の負担にはなるだろうが、無理が生じるほどではない。
問題は額の大きな借金だが、対象となるのは、今回の騒動の種となっているもの、1つだけだった。発生したのは、やはりおばあさんが亡くなられた直後だが、背負った借金は合計で約24万ドル、しかし早めの段階で約18万ドルは返済している。おそらくは、家族の未来に備えた貯金を崩したり、若しくは家や貴金属などの資産を売って得たお金を借金に充てたのだろう。
そうしてこの三年間で返済のために残約6万ドルを頑張って稼いできたが、2万5千、2万、1万5千と、年々稼いだ額の割合が減っていってるのは、身体の損耗度合いを物語っているように思える。
またその返済額は、借金額、約6万ドルにほぼ同額となるが、当時はもう他に借りれるところがなかったのだろう。サラ金に借りてしまったため、返していく間にも利子は積もっていき、残り5千ドルが利子で増えた分の余剰の借金となるが、そこまで漕ぎ着ける頑張りを見せたケインだった。
うん、本当に頑張ったし、だからこそ危なかったね。つくづく間に合ったことを喜ばずにはいられない。おっと脱線注意だね。
そういうわけで、細かな借金の方は別途考えるとして、今対応しなければならないのは、襲撃事件のきっかけとなった、5千ドルの借金だ。
パパはケインと話をするために、二人テーブルについた。マコも傍らにチョコンと座る。ママはお茶の用意を始め、イルはそれを手伝うためにママについていった。おやつの準備もあるらしい。
「ケイン、借金関連はふつう他人に知られたくないものだと思うけど、これから家族同然に一緒に暮らしていこうと考えているから、このタイミングですべてを清算しておきたいと思っている。いろいろと教えてもらってもいいかな?」
パパからケインに、これから借金整理の開始宣言と承認要求だ。
「はい、大丈夫ですよ? ジンさんたち親子は全面的に信頼してますし、少しくらいなら騙されたっていいと思ってます」
「いや、騙すなんてことは絶対にないし、う、うん、まぁ聞いても大丈夫ってことだよね? じゃあ始めるよ。詳細についてはメモの通りだと思っている。記載内容が合っているか、大まかで良いから確認してくれるかな?」
「はい、ざっくりだけど合ってると思います」
「了解。細かいところは、一つ一つがそう無理のない金額だから、これからの数ヶ月で少しずつ無くしていってくれればそれでいいよ。問題は襲撃事件のきっかけとなった、5千ドルの借金だけだと思ってるけど、その認識で間違いないかな?」
「はい、大丈夫です。認識は合っています」
その認識で間違いない旨をケインから得るパパ。
「じゃあ、ここからは、返済資金を殖やす、または借金額を減らす、という視点で、何か突破口を見つけられないかを考えるためと、これから整理を行うにあたり、他所との交渉の場面が出てくるから、話を進めるためには、いろんなことを明らかにする必要がある。祖母の葬式のこと、葬式に向かい亡くなった一族のこと、その葬式や財産、借金を請け負った経緯など、ケインの知っているいろいろなことを話して欲しいと思っている」
「わかりました」
ケインは語り始める。
祖母の葬式については、遺体をそのままにもしておけないため、遺族抜きの地元の知人による弔問のみの形式的な葬式を行ったとのこと。かかる費用は払込が完了しているとのこと。
葬式に向かい亡くなった一族の葬儀については、被害にあったバスだけでなく、道路周辺の乗り物、建物に対して甚大な被害を被り、死傷者数も莫大な数であったため、主に行政側主導の合同葬儀が行われ、ケインだけ参加し、一族の遺体を引き取り連れ帰り、それぞれの家族ごとに埋葬を行った。
さまざまな手続きを進める中で、それぞれの人生で抱える借金を回収したい輩が纏わりついてくる。ケインにはそこまでを抱える義務はないが、相手にも背に腹は代えられない事情があるため、交渉調整の上でいくらかの割合で負担返済することで納得して帰って貰う。
少しだけアテにしていた一族の亡くなった面々の遺産だが、それぞれの配偶者から繋がる別の一族が早々に処分してしまっていた。それぞれの抱える借金については知らぬ存ぜぬの一点張りで、いつしか姿を眩ます始末。
こうしてケインは自身の夫と、イルの2人の弟の亡骸を前に悲しみに伏せ、イルの看病の傍らで、あまりに膨大な借金返済のため何をどうすべきかの苦慮に苛まれながら、途方に暮れる日々を送る。
何もかもを投げ捨て、夫たちの後を追うことも脳裏を掠める。しかし、そんなこんなを知ってか知らずか、いや、自分以上に深く悲しんでいたはずだから知らないはずはない、まだまだ幼いイルが、震えながら、目に涙を溜め、必死に堪えながら、無理やり笑顔を作って『2人でガンバろう?』って慰めてくる。そうだ、まだまだ負けるわけにはいかない。この笑顔だけは守りたい。
「フフッ、あなたの笑顔は私の宝物ね。あなたがいてくれて良かったわ。イルも手伝ってくれる?」
「うん。イルも頑張るから何でも言ってね?」
「ありがとう、イル。そうと決まったらがむしゃらに頑張るぞぉ!」
ケインは奮起する。いつまでも俯いてなんていられない。そこからは、最低限の睡眠時間と食事をとり、しかし育ち盛りのイルには、貧しいけれど、最小限の栄養素だけど、空腹感が生まれないだけの量の食事だけは確保して、挨拶などの最小限の会話は欠かすことなく、後の時間は全てを労働に費やす日々を繰り返す。
イルはというと、洗濯掃除など、食事を除く家事全般をすべてまかない、残る時間はすべてを勉強のための時間として費やす。本当は金を稼げるなら少しでもお母さんの助けとなれるから、という思いが強かったのだが、ケインから固く禁止される。今は勉強することが仕事なのだと、いつかアルバイトができる年になったらそれから助けて欲しいと。
ケインの話からは、一族の遺産はアテにならないこと。この国では、みんな大抵は裕福ではない、いっぱいいっぱいな暮らしだから、まぁ、仕方のないことだと思えるし、今更追求すべきことでもないのかもしれない。
肝心なことは、5千ドルの元となる借金は約6万ドル、そして返済済みも6万ドルということ。今回、借りたサラ金業者は倒産、夜逃げしたらしいが、借りた分は返済済みな訳なのだから、損はさせていないことになる。不当にギャングに渡ることになった利子分の約5千ドルは、偽造されて3万ドルで請求されたが、これは偽造された時点で無効と見なせる。むしろ脅迫し、家の中が著しく損壊し、何より命の危機にも晒されたわけだから、損害賠償請求できるところだ。まぁ、毟り取れるなら少しでも貰っておきたいところだが、相手はみな逮捕されていると思えるし、請求しても支払い能力があるかどうかは怪しいところだ。
なので、賠償金はともかく、少なくとも5千ドルの返済は無効にできると思って大丈夫だろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます