第6話 イルの雀躍り

 マコトはイルに魔力行使してみせる。イルは驚き興味を惹かれつつも、今の目の前に起こっている惨状、即ちニョロ太達の対処が最優先であることを促す。そんなやや慌て気味のイルに対して、マコトは何故か落ち着いた様相だ。何か策でもあるのか、マコトはゆったりと口を開く。


「あー、そのことだけど、この力のおかげで、既にかなりの時間短縮もできたわけだし、それにこの力のことを思い出したからこそ、対策の妙案が思い付けたし、それにはイルの理解と協力が欠かせないことと、イルなら話しても大丈夫かな、と思ったの」


 目の前の惨状ばかりを気にしていたイルも、新たに加わる対策の言葉が聞こえたなら、否が応でも事態改善への期待は高まる。


 そうであるなら注目すべきは魔法に関わりがあるというその妙案、たった今、不思議な状況を目の当たりにしたばかりのイルの目からは、興味津々のキラキラが溢れ出しそうな勢いに見え、その話の続きが待ちきれずにウズウズしている様子だ。イルは食い気味に先を促す言葉を投げる。


「そそそ、その妙案? ってどんなものなの? 急激に興味が湧き上がってきちゃった。さっきの今だもの、なんか摩訶不思議なことが起こるのかしら? うー、ワクワクしちゃうわ! ちょっと不謹慎かもだけど」


 俄然興奮気味のイルに対して、マコトはやや引き気味に返す。


「あ、いや、そんなたいそうなことは考えてないけど、なんとなくできそうなイメージがあって、ちょっと試してみたいなぁって思って……」


 イルの期待に満ちた表情に応えてあげたい気持ちもあるが、今やろうとしていることに派手さはない、とエンタメ気質のマコトは申し訳なさを感じていた。


 しかしイルにとってはどれも初めての体験。小さな変化でも嬉しいイルだから、かまわず満面の笑みで先を促す。


「うんうん、んで、んで?」


「マコはまだ、駆け出しみたいなもので、できることは少ないのだけれど、まず付着している毒を引き剥がせる気がするのと、癒やしの力が使えたら、一気に治癒が進むかもしれない? って思ったんだ」


 大事おおごとではあるけど地味な作業だな、と思いながら説明を始めたマコト。


 しかしこれまでもそうだが、イルの表情は、マコトの話す一つ一つにくすぐったい反応を見せる。本当に驚いてもいるようだが、喋る側が嬉しさを感じるような表情や言葉使い、またその声が愛らしさに満ちていることもあってか、何とも言えない心地よさに酔いしれてしまいそうな、そんな感覚を憶えるようだ。


 このときのマコトも、愛らしさのあまり、ぎゅーっと抱き締めたい衝動に駆られるが、そんなふわふわ感を胸に抱きつつも、なんとか踏みこらえる。罪作りな少女だなと、ニョロ太たちが夢中になるのも頷けることへの同意を心の奥に忍ばせながら。


「そ、そんなことが本当にできるの?」


 そんな驚きの言葉でさえ、イルの声と表情が加わることで、話し手はすっかり気持ち良くさせられる。コレがみんなを夢中にさせるイルの話術? むしろコレこそが魔法なのでは? などと思いながら、マコトは頬の緩みに身を任せ、説明を続ける。


「ふふふ……うん、マコにどこまでできるかはやってみなきゃだけど、うまくできなくても少しはマシな応急処置にはなりそうだし、最悪、ウチに連れていければ、今日はパパもママもいるから何とかなると思う」


「ぇ? お父さん、お母さんはお医者様なの? それとも、ま、魔法使い?」


「あ、うん。ママがね。呼び方はよくわからないけど不思議な力が使えるよ。絶対に誰にも言わないでね。誰かに知られたら、うちの家族が大変な目に遭うのはもちろんだけど、イルにも何かしらの被害は及ぶと思うの。だから、胸の内にしまっておいて欲しいし、目の前の彼らにも知られないように、細心の注意を払って欲しい」


「わかったわ。大丈夫、安心して。隠し事は得意なの」


 内緒事に関わる一連の説明に、イルの了承を取り付け安堵の笑みを浮かべるマコト。ここからが実作業だと、その説明を開始する。


「ホッ、良かった。じゃあ、早速できる範囲のことを試してみるね。まずは毒の除去」


 マコは身体の表面の毒の分泌物に集中し、イメージを深めつつ、自身の表面にうっすらとオーラを纏う。


 光溢れる昼下がりの晴天下、木陰とはいえ、この光量の豊富な状況では、うっすらとしたオーラの輝きは、通常人の目に止まることはない。しかし、イルの目には、うっすらと灯るようなマコト自身の肢体と、そこを中心に、淡い光の粒子がゆっくりふんわり集まっていくように映る。


「うわぁ……」


 美しく幻想的にも見える情景に、思わずウットリと見とれたイルがうっかり声を漏らす。


 イルにも見えているらしいことに、少し驚きつつも嬉しさが込み上げるマコトは、協同作業を持ち掛ける。


「嬉しい。イルにも見えるんだね? それなら、これからやることと、それに対する彼らの身体の反応や変化を一緒に見ててくれる?」


「う、うん……よし、わかったわ」


 頼られる嬉しさと、未知に対する不明瞭さにイルは一瞬戸惑う。が、直ぐに頼られる嬉しさが勝り、任せてとばかりにイルは満面の笑みで返す。同意を得られた喜びと、向けられた笑顔の愛らしさに頬が緩みまくるマコトだが、今が正念場、と気持ちを切り換える。


 この分泌物だけをオーラで包み込むために、マコトはニョロ太の身体の表面をオーラでなぞってみる。


 分泌物は油成分が多いからか、身体に対しての異質感を明確に感じ、コレはもしかして? っと心で唱えながら、マコトは木の表面をナイフで削るようなイメージでオーラを当ててみる。すると、ペリペリと剥がれるような感じで、分泌物は皮膚からきれいに分離されていく。


「表面の分泌物だけを浮かせることができるみたい。このままどんどん剥ぎ取っていくね?」


「うん。特に痛がってる様子も無いみたい」


 タイミングよく気にしていたことがイルの口から補完される。マコトの小さな気がかりは、まるで何もなかったかのようにたち消える。そんなスムーズさに小さな驚きを感じて、軽く目を見開くマコトは、嬉しさの笑みを浮かべながらイルに謝意を告げる。


「ありがとう。じゃあ続けるね」


 イルは笑みとともにコクリと頷いて返す。


 ある程度、分離の量が集まったら、マコトはそのまま剥ぎ取るようにして地面に捨てる。剥ぎ取った部位の皮膚は、毒の影響を受けたためか、やや赤みを帯びているようだ。


 大丈夫なのかな? と心配に思っているマコトに、それを見透かしたようなタイミングでまたまたイルの所感が差し込まれる。


「ちょっと赤いけど、皮膚の質感は通常の肌に近い感じだね。このまま進めても大丈夫そうよ」


 イルのその観察眼で、冷静な状態診断を伝えてくれることで、マコトの中に芽生えかけた不安はふわりと霧散する。嬉しくなったマコトは、そんな心模様をすぐさまイルに伝える。


「え? あ、いや、さっきのもそうだけど、すごく助かる。でも、どうしてそんなに的確な診断ができるの? マコも始めたはいいけど、微妙な判断ができないなぁ、って心配してたんだ」


 すると、イルは微笑みながらその理由を語り出す。


「あ、あぁ、それもそうね。実は亡くなったお婆ちゃんがシャーマンで、呪術医療に立ち会って、何度かお手伝いしていたことがあるの。といっても、シャーマンって呼ばれてたけど、実際にはお婆ちゃん本人も呪術のつもりはなくて、なんか今のマコちゃんみたいな、見えない力で治療を施してたの。マコちゃんみたいな幻想的ではなかったと思うけど、確かな腕を持ってたわ。お母さんは最期まで懐疑的ではあったけどね。まぁ、そんなわけで見る目だけは養ってきたから何もない人よりはわかるつもりよ」


 的確な診断を充分裏付ける事情を耳にして、マコトは感嘆の息を漏らす。


「おぉ、心強いです。なるほど、呪術医療立ち会いにシャーマンかぁ。ふぅーっ、やっぱりすごいなイルは」


「いやいや、すごいのはマコちゃんのほうだよ。あとで、いろいろ聞かせてね」


 よくある、謙遜やおだて合いのような、薄っぺらい話ではない、子どもながら、互いに尊敬しあうような関係性が築かれているようだ。


「うん。ところでこっちの剥ぎ取り作業だけど、二人とも、目と口の内側以外で、身体の表面はだいたい取り除けたと思う。今から目と口の周りにかかるけど、眼球には触れないように浅めにやるから、後はお風呂で顔を洗って、それでも痛がるようなら医者に行くしかないね。じゃあ、やるよ。あ、10秒くらい待ってて」


 マコトの成したことが言葉として耳に入ってくるごとに、イルは頷きながら納得と達成感の積み上がりに、ほぉほぉ、と声を漏らす。

 ところが言い終わる頃に、待つように言われるが、突然顔を逸らし考え込むようなマコトの挙動にイルは違和感を感じる。


 『シャナ、聞こえる?』

 『おう、なんじゃマコ。せっかくソフィアを通じてドラマを観てたんじゃがの。急用か?』


 イルには聞こえないが、マコトは念波を飛ばしていた。


 『うん、急用。知り合いの男の子二人組が、訳あってカエルの毒を思いっきり浴びちゃって大変なの。マコと友だちで応急対応はして、もうすぐ終わるからそっちに連れて帰るつもり。要件は2つ。マコがあらかたの毒除去は済ませるけど、ママに細かな処置と、その後にできれば癒やしをかけて欲しい。もう一つはお風呂で洗い流すのが重要かと思ったから、パパにお風呂の準備をして欲しいの。パパママにそれを伝えてくれるかな?』


 『そういうことか、わかった。到着は10分後くらいか?』

 『もうちょっと早いかも。よろしくお願いします』


 『わかった。気を付けて戻るんじゃぞ』

 『はーい』


 一頻り用事を伝え終わると、マコトはイルに向き直る。それを待っていたイルが問い掛ける。


「考え込んでたようだけど、何してたの?」

「うちに連絡入れてた。お風呂の準備をしてもらいたかったから」

「え? どういうこと? もしかしてテレパシー使えるの?」


 瞳を輝かせ、好奇心に満ち溢れたイルの表情に応えてあげたいが、それには時間が掛かりそうなことから、ひとまず流すことにするマコト。


「あ、あぁ、後でね」


 イルは消化不良ながらも、今優先すべきを考えれば当然だと、気持ちを引っ込める。それを見届けたマコトはニョロ太達2人に向き直り、普通の大きさの声で問いかける。


「二人とも、意識はある? まだ目は開けないでね」


 すると、最初とは打って変わって神妙に、というよりは、あまりにも素直な態度でニョロ太が答える。


「うん、大丈夫。身体は全体的に楽になった気がするけど、目の周りは滲みて痛くて、開けられない状態みたいなんだ。ごめんな」


 その変化ぶりには目を見張らせるものがあるが、マコトもイルも目配せの後に、今回のことがよほど堪えたのだろうと、しょうがないねの表情を浮かべ、互いに目を見合わせ頷きながら溜息を漏らす。続いてマコトは経過と注意点を二人に説明する。


「わかった。見通しついたからもう少しの我慢だよ。まず、口と喉、鼻の中は、ざっくり除去終わった。舌に嫌な味が残るようなら後でよーくうがいするんだよ。じゃあ、目の回りいくよ。痛かったら、痛いって言っていいけど、暴れないでね?」

「わかった。よろしくお願いします」


「はいよ」


 意志の疎通がしっかり取れたところで、ここからが一番の難所。目の回りだからより繊細な対応が必要だとマコトは認識し、一呼吸を入れ気持ちを落ち着けて取り掛かる。ニョロ太やイルとの状況共有も兼ねて、声に出しながらの作業だ。


「まずはニョロ太。そーっと、剥がして、剥がして……」


 五感、いやこの場合は六感というべきところだろうか。マコトは特に目に映る状態と、当てるオーラの肌への触れ具合に全神経を研ぎ澄ませながらの分泌物の剥離作業を繰り返し、思うよりもうまく出来ている実感を持っていた。


 ニョロ太から反応がないことと、マコトの掬う挙動の一つ一つに、イルが瞳のやわらぎと無言の頷きで返してくれるから、特に緊張することもなく、順調に作業を進められていた。


 が、最後のひと掬いに、僅かな気の緩みなのか、オーラの先端部分がぷるっと震え、剥ぎ取る分泌物が目尻部分を掠める。


「痛っ」


 声と閉じた目に力が籠もる、ニョロ太の痛みを告げる反応にやや驚きつつ、再集中のもと、除き去る方向へ分泌物を引き剥がし、反応箇所にはもう残っていないことを確かめると、緊張をほどく息を漏らし、剥がし終えた状況をマコトは声に乗せる。


「ふぅぅ、あ、ごめんごめん。滲みちゃうね。まぁ、すぐに洗い流せば大丈夫なくらいになったかな?」

「あ、今は大丈夫。大して痛くないよ」


 ニョロ太からの大丈夫の一言にマコトは胸を撫で下ろす。


 イルも軽く緊張を走らせたが、その後の手当てを再確認して、問題ないことを告げる。


「そうね。一瞬ドキッとしたけど、慌てずにうまく取り除けてると思うわ。マコちゃん、意外と冷静で大胆で、オマケに器用なんだね? 私ならどうしよう? って慌てて震えて萎縮して、ド派手に失敗しちゃうところだよ?」

「あははは。一人だったらマコもそうなってたかも? イルが診ててくれるからすぅーっと気持ちが落ち着けるのか、慌てる前に、どう対処すべきかを考える心のゆとりがあったみたい」

「なら良かったわ……ふふっ」


 お互い目を見合わせ、笑みを交わすマコトとイルは、再び残る作業へと意識を向け直す。ニョロ太は一段落したから、もう一人のゲコ太に目を向け、状況を観察する。


「次はゲコ太。おー、こっちは表面だけで、ほとんど滲みてないみたいだね。良かった良かった」


 ゲコ太の場合、目の輪郭付近に分泌物は見当たらない。おそらく目を強く瞑っていたのだろう。目の輪郭から少し離れた部分と、そこから鼻や頬に連続して付着している程度だったから、目に滲みることはなさそうだった。


 マコトは集中するが、目にかかっていないというだけで、かなり気を楽にして作業を進めることができたようだ。こちらは要領を得たこともあってか、かなりスムーズに素早く分泌物除去作業を済ませることができた。


 ニョロ太とゲコ太、その両者の状況を最後に全体確認し、いったん今できる応急処置としてはこんなものであろうと、マコトはイルと見合わせ「よし」っと確認すると、今度は移動することに目を向ける。


 周囲を見回し、ニョロ太とゲコ太とその衣服や荷物、リヤカーと、マコトとイルの持ち物等、忘れ物がないことと、搭載要領、移動の仕方などを一巡り思案すると、マコトが指示を出し始める。


「じゃあ、これから、ウチに連れてくから、このリヤカーに乗っていくよ!」


 そう言われると、目を開けられないニョロ太たちは、ふと頭を上げて辺りに意識を向ける様子を見せる。マコトは慌てて言い直す。


「あ、目は開けちゃダメだからね」

「「わ、わかった」」


 返事を確認しながら、マコトはゲコ太の手を掴んで誘導を始め、イルにも指示を出す。


「イルはニョロ太を乗せてくれる?」

「イル、了解!」


 見えていない者へのリヤカーへの誘導は難しいが、なんとかなりそうだ。


「そう、そこで片足を上げて、壁板を乗り越えないと。そうそう、乗れたら、奥に詰めて、座って」


 今度はイルがニョロ太を乗せようと誘導している傍らで、マコトは今回の移動にあたって、その特徴の説明を始める。


「リヤカーは、普通引っ張っていくものだけど、今回は押す方向の向きになるからね」


 イルは首をかしげながらも了承の意を返す。


「OK。乗せたよ」

「じゃあ、イルも乗って! 振り落とされないように、周りの壁板をしっかり掴むんだよ?」


 マコトに指示されるがままに搭乗したイルは、リヤカーの引き手ならぬ、押し手がマコトだけになってしまうことに気付き尋ねる。


「え? マコちゃんひとりで平気なの?」

「あぁ、うん、大丈夫。じゃあ、行くよ、ゴー!」


 まだ意図は掴めず首をかしげてしまいそうなイルだが、今はマコトの指示に従い、その成り行きに任せるスタンスのようだ。


 発車の合図に続いて、マコトはまずはリヤカー全体をオーラで包む。何かの力を発動するときとは違い、ただ包むだけの状況だからか、イルは包まれたことには気付いていない状況だ。


 リヤカーを引くバーを後尾側にして、後ろから押していく。カラカラと動き始めて、安定姿勢が確立したら、この勢いを保つように前向きな力を加えつつ、10cmくらい浮くだけの上向きの力を加える。地面は近いが、完全に浮いているので、飛んでいる、とも言える。安定飛行が確認できたので、徐々に速度を上げていく。


 走り出し、スピードがノるにつれイルの心内では疑問がざわめく。

 『ゆっくり動き始めたと思ったら、今や超高速移動中だ。でも、全く揺れも車輪の音や振動もない。どういうこと?』


 また一つイルの常識が崩壊しかけていた。イルは自分の心の平静を取り戻すためにも、マコに尋ねる。


「凄く速いことも疑問だけど、なぜ揺れないの?」

「浮いてるからね」


 さも当たり前のように即答するマコト。


「えっ? あぁ、それでか」


確かに疑問の回答にはなっているが、新たな疑問が芽生えざわめくイル。

「アレ? でも、どうやって……」

「まぁまぁ、後でね」


 またも先送りの回答を受け取るイルだが、今の状況を踏まえまたも飲み込む。


「う、うん」

「もうすぐ着くから、しっかり掴まっててね」


 浮いて進めてきたリヤカーだが、ただ止めるだけなら後ろ向きの力を加えればいいし、ゆっくりでいいなら、それもありだ。


 しかし今は緊急時で超高速移動中だ。そんな中で緊急停止なんてしたら、乗せている人への影響が大きすぎる。人体に無理なく素早く止めるために、人に対して横方向ではなく、垂直方向のプラスGを自然にかけれるのがベストだ。そう、エレベーターの下降から停止するぐらいに。そんな思考がマコトの脳内で巡っていた。


 そのためには飛行機の着陸前の減速方法を参考に前後と上下の力成分をよくイメージして、前方向の力を減らしながら、前方 (機首側)をゆっくり上げていく。すると、飛行機と違って翼はないが、リヤカーの底面に風を受けるため浮き上がろうとする。それを抑えるように上向きの力を減らしていく。少し浮き上がるのはOK。安全サイドだからだ。


 急制動のためには、ある程度の仰角が必要だが、飛行機ほどの速さでもないし、上げすぎると戻しの操作が難しくなるから、最大仰角は30度程度に抑える。仰角を保持していると、徐々に速度が下がり、仰角による浮力も減っていくので、上向きの力で補完していく。


 仰角を戻していくタイミングも重要だ。前向きの速度が残っているうちに、前向きの勢いを重ねながら、仰角を水平まで戻していく。うまく仰角0度で停止できたなら、ゆっくりふわりと接地するよう上向きの力を調整する。


 うまくできただろうか? 失敗していると、不快感を与えたことになる。そんなこんなを頭に巡らせながら、リヤカーの一連の制御を無事やりきったマコトだが、一番気を配った接地部分への反応がやはり気にかかり、到着の報せとともに尋ねてみる。


「到着です。気持ち悪くなかった?」

「ううん、大丈夫。外の景色の見え方の変化はちょっとびっくりしたけど、意外に乗り心地は悪くなかったよ。マコちゃん巧いね。飛行機も操縦できたりするの?」


 マコトにとって、この上ない最高の賛辞だった。おまけに飛行機に連なる話題が振られれば、悪い気はまったくしないから、最高の笑みを重ねて、つい自身の夢まで溢してしまう。


「ううん、でもパイロットはなってみたい職業かな? それよりも、さぁ、降りよう」


 到着して、その住まいの全貌が目に飛び込むイル。話には軽く聞いてはいたものの、奔放な雰囲気が真新しい感動まで呼び込むようで絶賛の言葉を口にする。


「ふゎゎゎ、本当にキャンプ装備で暮らしてるのね。でも個人のキャンプじゃなくて、前にテレビで観たことがある、なにかの支援団体みたいな大掛かりな装備みたい……こんな暮らし方もあるのね? すごいわ」

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