売れ残りボンバヘッド令嬢は、小男の男爵に見初められる

uribou

第1話

 私だって真剣なのだ。

 情報くらいは集めた。

 チビで尊大で変人で天才。

 彼の評判はほぼその四つに集約される。


 今私は、チビで尊大で変人で天才の彼の語る説を拝聴する立場にある。


「ボクの見解としてはですね。女性の価値は顔の造作で決まると思うんですよ」

「はあ」


 目の前で一方的に女性論を展開する小男はアルジャーノン・トヒル様。

 魔道に関する研究で実績を上げ、この度若くして男爵に叙爵された、新進気鋭の魔道士だ。


 アルジャーノン様とクワイン子爵家の娘である私フィオラが会っているのは、極めてありがちな理由だ。

 アルジャーノン様も私も連れ合いを求めている、それだけ。

 今日は顔合わせというわけ。


 初対面で可愛らしいですねとお世辞の一つも言うのはともかく、ルックスそのものを話題にするのはどうなんだろう?

 ただ外見が原因で婚約がまとまらない私は、ハッキリ言ってくれるアルジャーノン様をむしろ嫌いになれない。

 いや、こんなデリカシーのない人モテないだろうなあ、とは思うけど。


「フィオラ嬢は大変お美しい」

「えっ?」

「何か?」

「い、いえ。見た目を褒められたのは初めてなので」


 私の頭は爆発している。

 チリチリでモジャモジャでワサワサな髪の毛なのだ。

 髪型なんてあったものじゃない。

 しかも燃えるような赤毛なので目立つ目立つ。

 今もそうだが、フードが手放せないのだ。


 心底驚いたようなアルジャーノン様。


「フィオラ嬢は大変お美しいですよ。しかるに美しさを賛美されたことがない?」

「は、はい……」


 アルジャーノン様が真っ直ぐ私を見る。

 恥ずかしい。


「うん、間違いなくボクがこれまで見た女性の中で、一、二を争う美しさです」

「あ、ありがとうございます」

「ボクを愛称の『アル』と呼ぶことを許しましょう」

「……アル様」

「はい。いいですね」


 この人、どこか変だ。

 自信満々で、生意気で。

 でもやっぱり嫌いじゃない。


「フィオラ嬢はボクの婚約者たることを御検討いただいているのかと思いますが」

「はい、もちろんです」

「フィオラ嬢のお顔の造作は大変お美しい。顔面至上主義者のボクとしては、お断りするつもりは毛頭ありません。明言しておきます」


 おかしい人だけれども、とても嬉しい。

 私はボンバヘッド令嬢などと呼ばれて、これまで各家令息とまともに顔合わせできたことがなかったから。

 売れ残り寸前の一九歳という年齢もある。

 褒めてくださるアルジャーノン様がもらってくださると嬉しいなあ。


「ところでフィオラ嬢。フードを取っていただけますか?」

「あ……」


 急に気持ちが萎んでしまった。

 いつも大体顔合わせの時は、最初にフードを取れと言われていたから。

 そして笑われてお終い。


 アル様は断るつもりはないと仰ったけど、私の頭を見ればどう思うだろうか?

 嫌われてしまうかもしれない。

 でも見た目重視とハッキリ言ってくれたアル様には誠実でありたい。

 私はフードを取った。


「うむ、やはりフィオラ嬢は大変お美しい。ボクの目に狂いはないな」

「あ、ありがとうございます……」


 私の頭を見てもアル様は美しいと言ってくれる。

 思わず涙が出てしまった。


「ど、どうされました? 何か失礼なことを言ってしまいましたか?」


 失礼なことは全女性に対して失礼だと思うけれども。

 何だか笑ってしまった。


「いえ、アル様はお優しいなあと思いまして」

「何がでしょう?」

「私の髪を見て、それでも美しいと仰ってくれたことです」

「……髪の毛で顔貌が変わるわけではありませんので」


 あっ、アル様は本当に顔の造作以外には興味がないんだ。

 おかしな人。


「私は頭を見られると笑われてしまうのです」

「……つまりフィオラ嬢は、そのファイアードラゴンのブレスを食らったような髪型のせいで、美しさが正当に評価されないと?」

「アル様ほど失礼な形容をなさった人も初めてですけれども」

「面と向かって笑う方が失礼ですよ!」


 アル様は本気で怒っているようだ。

 初めて会った私のために?


「ボクが美しいと認めたフィオラ嬢をバカにされるのは面白くないですね。ボクの美意識を貶されているようじゃないですか」

「アル様の美意識の問題なんですね?」


 どこまでも自分本位だ。

 ……そうだ、この言い方は亡くなった弟に似ている。

 あの子は自分勝手なようで、いつも相手のことを考えてくれていた。

 アル様も?


「フィオラ嬢は髪がストレートのロングになるとしたら、そうしたいですか?」

「え? はい、もちろん」


 どうやってもムリだったけれども。


「ではフィオラ嬢の希望を叶えましょうか」

「えっ?」

「今日これから二時間ほどよろしいですか?」

「大丈夫です」

「では、天神教聖女教会の礼拝堂に行ってください。ボクも準備が終わり次第すぐ向かいますので」

「は、はい」


 美容院や髪結い屋ではなくて聖女教会?

 何だかよくわからないけれど、アル様の言うことに従おう。


          ◇


「おいこらアル。この時間のあたしは昼寝してること知ってるだろ。起こすとはどーゆー了見だ!」


 聖女教会の礼拝堂に来たかと思ったら、アル様はいきなり聖女様を呼び出した。

 ひええ、聖女様とても不機嫌なんだが。

 でも聖女様『アル』って呼んでる。

 アル様と聖女様は親しいのかな?

 魔道繋がりかもしれない。


「ふう、聖女様ともあろうお方が、この匂いに気付かないとは」

「匂い? ……微かな甘い匂い。これはまさか……」

「ふふん、ボクが手土産もなしに聖女様の睡眠を邪魔するはずがないでしょう」

「モモだっ! 夏も終わりのこの季節に?」


 ニッコニコだ。

 聖女様はモモが大好きなんだな。

 アル様が得意げだ。


「園芸試験場で晩生を特徴とする枝変わりが出ましてね。聖女様に言うことを聞かせるのに必要だから増やせと命じてあったのです。今日持ってきたものは、枝継ぎでならせた第一号です」

「あまーい!」

「そうでしょうそうでしょう。鳥除けの魔道具を使ってギリギリまで収穫を遅らせた特級品ですからね」

「鳥除けの魔道具も実用化してるのか。アルはできるやつだなー」

「お褒めに与かり光栄です。モモはいくつかありますから、独り占めしてください」

「ありがとう!」

「このモモは五年も経てば市場に出回ると思いますよ」


 アル様特有の、現実に即した魔道の利用は多岐にわたると聞いている。

 農業もその一つだ。

 べつに『聖女様に言うことを聞かせるのに必要』なんて言わなくていいのに。

 アル様は偽悪的なところがあるなあ。


「で、用件は何かな?」

「こちらはボクの婚約者候補のフィオラ嬢です」

「可愛い子だね。アルは風采は上がらないし、口は悪いけど、お買い得だよ」

「は、はい」


 陛下でも式典の時くらいしか話せないという聖女様とアポなしでコンタクトを取れるなんて、アル様すごいと再認識しているわけだが。


「フィオラ嬢、フードを取ってくれる?」

「は、はい」

「これは見事なボンバヘッドだね。あれ? これってもしかして……」

「聖女様の御想像の通り、赤髪鬼リュートーの呪いです」

「えっ?」


 呪い?

 この髪の毛は呪いのせいなの?

 頷く聖女様。


「アルが言うのなら間違いないね」

「あの、呪いとはどういうことなんですか?」

「あれっ? 説明されてないの?」

「そういえばしてなかった気がします」


 聖女様とアル様が代わる代わる言う。


「赤髪鬼リュートーの呪いは、この世で最も見事な赤毛を持つ者がかかる、レアな呪いだよ」

「呪いと言っても髪がチリチリになるだけなのです。他には特に悪影響はありません」

「赤髪鬼リュートーは、生涯その持ち前の赤毛を誇りにしていたと言われていてね。死後に素晴らしい赤毛の持ち主を嫉妬して祟るようになったんだよ」

「髪以外には特に問題ないものだから、無視されてしまうのが通例なのです」

「赤髪鬼リュートーは男を呪うものだと思い込んでたよ。女性も呪われるということは初めて知ったなー」

「女性にも拘らず赤髪鬼リュートーのターゲットになるほど、フィオラ嬢の赤毛がエクセレントだということです」

「うん、メッチャ奇麗な色だわ」


 爆発した頭を笑われるだけで、これまで色そのものに注目されたことはなかった。

 何だかソワソワしてしまう。


「アルの要求はわかった。呪いを解けということだね?」

「よろしくお願いします」

「ええっ? 待ってください。お金がないんです!」


 聖女様の施術はすごく高額だと聞いている。

 そんなお金はさすがに。

 そ、それにアル様はボンバヘッドでも美しいと言ってくださるし。


 笑う聖女様と真面目顔のアル様。


「おゼゼはいいんだよ。アルにうまーいモモをもらったからね」

「聖女様の治療は高額なことで有名ですが、実は値付けしてるのは天神教なのですよ。聖女様は関与していない」

「まーあたしも身体は一つしかないし、魔法医の仕事を奪っちゃうのも何だから、いいかと思ってはいるんだ」

「ところが解呪ともなると、さすがに並みの魔法医の手には負えないんです」

「フィオラちゃんも呪い食らってたとかあたしが解呪したとか、黙っといてくれる? 教会にバレるとうるさくてさー」

「は、はい」


 私の爆発頭は治るらしい。

 本当に?


「じゃあいくぞー。ディスペル!」


 聖女様の魔力光が私を包む。

 あっ、髪が!


「……」

「アル、どーした」

「……美し過ぎる」

「うん、フィオラちゃん髪長かったんだね。おっぱいくらいまであるじゃん」

「聖女様、言い方」

「おっぱいが隠れるくらいあるじゃん」


 頭を触ってみた。

 ああ、真っ直ぐの髪だ。


「フィオラ嬢、おめでとう」

「あ、アル様、聖女様。ありがとうございます……」

「泣かない泣かない。鏡だよ」


 ボンバヘッドじゃない、夢見ていた私だ。

 今日まで悩んでいたのが何だったのかと思うくらいアッサリと。

 これもアル様と聖女様のおかげだ。


「で、フィオラちゃんはどうする? アルと婚約する? やめとく?」

「お願いしたいです。アル様がよろしければですけれども」

「えっ?」


 アル様は何を驚いているんだろう?


「いや、ストレート髪のフィオラ嬢は絶対にモテモテですよ? ボクなんかに拘る必要はないのでは?」

「アルはモテモテになるのがわかってて、フィオラちゃんをここに連れてきたのか」

「髪にコンプレックスがあったようなので。ボクの推す美しい人がバカにされるのは我慢ならんのですよ」

「アルはたまに男前だよなー」


 本当に男前。

 そしてやはり親切な人。


「いいんですか? ボクなんかで」

「私の長年の悩みを解決してくださったじゃないですか。アル様は頼りになります」

「ほらほらアル。わかってくれる子はいるんだって」

「アル様は亡くなった私の弟に似てるんです。生意気で偉そうで、でもとても優しくて」

「生意気で偉そうってのがアルっぽいね」

「せめて優しいところを採用してください」

「仲のいい弟だったんです」

「「……」」


 こんなこと言われても困ってしまうか。


「うんうん、アルはフィオラちゃんより背が低いし、弟と言われても違和感ないわ」

「ぜひ年上の弟として可愛がってください」


 うふふ、楽しくて優しい二人だなあ。


「では正式に婚約の申し込みをさせていただきます」


          ◇


 王家主催の夜会で一番の話題をさらったのは、ちんちくりんの新男爵アルジャーノン・トヒルの伴っている、目を見張るような赤毛の美しい婚約者だった。

 その世にも稀なる美女が、ボンバヘッドのフィオラ・クワイン子爵令嬢と判明すると、皆が驚愕した。

 婚約者を心から信頼する様子のフィオラと、鼻を膨らませて得意そうなアルジャーノンとの対比がおかしみを誘った。


 緩やかな三拍子の音楽が流れる。


「フィオラ、踊ろうか」

「ええ、アル様」


 互いの瞳に互いしか映していない、仲睦まじい二人だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

売れ残りボンバヘッド令嬢は、小男の男爵に見初められる uribou @asobigokoro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

参加中のコンテスト・自主企画