第17話 相思 〜 Sofia Awake ep3
思わぬことから目隠しで入浴補助をすることになったジンだが、黒子に既に一目惚れの感情は、ソフィアの所作、声、言葉の前に、ジンは隠しきれるどころか抗えず増長の一途を辿るばかりで、ついには衝動的に告白してしまう。
「その愛らしい顔、声、仕草、思いやる心。打ちのめされた敗北感しかない。君のすべてを一生をかけて見ていたい。そして守っていきたい。心からそう思う。
……あ、ああ、言ってしまった。あわわわ。思いっきりテンパってた。ごめん、忘れてくれていいよ」
黒子はぽかーんとするばかりだった。
「そそそ、そ、それは、ももも、もしかしてプ、プロポーズなの?」
「あああ、ば、ちが、いや違わない。あーーっ、やっちまったかな? えーと、好きなのは本心です。でも、君の都合を完全無視してるし、プロポーズなんて普通に考えたらあり得ないよね。忘れてください。あと、こんな場違いな奴だけど嫌わないでいてくれると救われます」
途端にボロボロと黒子は泣き出す。姿は見えてないけど、ちょっと圧倒しちゃったから、怖がっているのかもしれない。
「ごめん、怖がらせちゃったよね。非常識だった。そんなつもりじゃなかったんだ。本当にごめん」
「ううん、違うの。嬉しすぎて心が震えてるの」
「え? どういう意味?」
「こういう意味」
身体を少し捻り、マッサージして少し回復したらしい左手がオレの後頭部に回され、頭を引き寄せられる。と、また俺の胸のあたりに柔らかい感触。おっ、お、胸が当たってる? その次の瞬間、え? 唇に別の柔らかい感触が……ここ、これはもしかしてキス? ええ? エー、どういうこと?
「私も好きよ。あなたのこと。初めて会った時は、私たぶん死んでいたのよね? それを懸命に引き寄せて蘇生を諦めなかったから、今私の命はここにある。そのあともいやな顔ひとつ見せないで、献身的に私を介護し、私のことを一生懸命に労ってくれている。私が喜ぶ顔を引き出そうとしてくれる。感謝だけじゃない。もうとっくに私の心はあなたで満たされている。短い時間だったけど、私もあなたをずっと見ていたの。好きとか愛してるって気持ちの変化には自分のことだけど、すぐには気付かなかった」
黒子は続ける。
「でも、あなたの前ではきれいでいたいと思ったの。こんな体の状態だもの、お風呂に入るのが無謀なことだとわかっていたの。でも入らずにはいられなかったの。それに結局あなたにまた助けてもらうことになってしまったけど、あなたのことは心の底から信用しているの。他の人にこんなムチャなお願いはできないし、他の人だったら、たとえそれで自分が死ぬようなことになるのがわかっていたとしてもお願いしようとは思わない。だいたい好きでもない人に裸を見られるのだけは絶対に嫌。でもあなたには恥ずかしいから見られたくないけど、見られても嫌じゃない。そう、いつの間にか好きになってたみたいね。でも恥ずかしいのよ? だから最悪見られるかもしれない覚悟で、ムチャなお願いしたの」
「ごめんなさい。私まだ右手が動かせないの。マスクを取って顔を見せてくれる? でも恥ずかしいから下はあまり見ないでね?」
すっとマスクを外す。
「本気なの? オレたち、相思相愛ってこと?」
「はい、私は真剣な気持ちをお伝えしました。あなたは本気ではないの?」
その言葉を聞いて、両手でギュッと抱きしめる。
「言ったでしょ。打ちのめされたって。もう骨の髄まで君でいっぱいなんだ。これ夢じゃないよね?」
黒子の左手がオレの頬を抓る。
「イタタタタ。夢じゃない」
再び唇を重ねる二人。
「今日は記念日ね。何かお祝いしなきゃだね」
「じゃあ、とっておきの食材奮発しなきゃね」
「それよりなんか冷えてきたし、マッサージも終わってないわ。ちょっと狭いけど一緒に入らない? 温まりながらのほうがマッサージも効果ありそうだし」
「うん賛成。でも相当狭いからくっつくしかないよ?」
「嫌なの?」
「ううん、嫌じゃないけど」
「じゃあ、決まりね。ちょっと右手も軽くマッサージしてくれる? 入る前に軽く洗わなくちゃ。背中だけでも流してあげたいな」
「わかった。モミモミ。こんな感じ?」
「うん、ちょっと動くようになった。じゃあ、あなたも脱いで、ほら」
「えぇ脱ぐの?」
「当然でしょ? 私だけ裸なの? でも、あんまり見ないでね」
「今はちょっとマズい……かも?」
「何がマズいの? 自分だけズルいよぉ」
「いや、そうだよね。オレもあんまり見ないでね。脱いだよ」
「あ!」
「だから見ないでって言ったじゃん? オレもすっごく恥ずかしい……」
「あああ、ごべんなさい。見たの初めてだし、見ないようにしてたはずなのに、目に飛び込んできたの。まさかそんなことになってたなんて……は、恥ずかしい……顔から火が出そう」
「アハハハ、言葉が変になってる。オレは見てないからね。信用ある男だもん」
「もぉ、いじわるね。じゃあ、チラッとなら見ていいわよ!」
「え? ホント? うおぉー」
「イヤーッ、やっぱり見ないでーッ。恥ずかしすぎるぅ」
「わかったよ。あんまり見ないようにする」
「ホッ、良かった。ドキドキしちゃうよ。ん? あんまり? じゃあ、見ることは見るってこと?」
「うー、寒くなってきたね。早く入ろっ!」
「あー、なんかごまかされた気がする。まぁ、いいや、入ろっか」
黒子を抱きかかえて、ドラム缶に入っていく。
「ハッ! 私抱っこされてる今って、無防備で見られ放題だったんじゃない?」
「えー、見てない見てない。ホントホント」
「その言い方怪しい」
「ほら、足が上手く入らないから、おとなしくして!」
「ひゃ、ひゃい」
黒子を抱っこした体勢のまま、足を小さく畳んだ状態で浸かっていく。
「寒くないか?」
「ううん、大丈夫よ。温かい。それより見たでしょ?」
「い、いや、その、見てないよ?」
「あー、その言い方。もう。それより、見ないでと言ったけど、見られても仕方ないとも言った。でも、触っていいとは言ってないわよ! 足だからいいともね。どさくさに紛れてお尻をちょいちょい触ってるでしょ?」
「触ってない触ってない。これは、その……」
「これは? 何?」
「これは、オレの意志とは無関係なんだ」
「そんなはずないでしょ?」
「そもそも足じゃないから」
「足じゃない? え? 手は私を抱えているから……え? えーっ、もしかして……」
コクリと頷き、静かに顔が火照っていく。返す言葉が見つからない。
「え、あの、その、そういうものなの?」
「う、うん」
……
「えーと、ずっと私抱えてると腕疲れるし、不自由でしょ? 向き合うように置いてくれる?」
「え? いいの? 君が丸見えになるよ?」
「あっ、それはちょっと。じゃあ、同じ向きになるよう抱きかかえてくれる?」
「わかった、こうか?」
足の間に座らせると、背が小さい分、顔まで浸かってしまう。それに今度は背中の腰のあたりに当たりそうだし、沈まないように抱きしめるにも、手の置き所が難しそうだ。仕方ないから、足を閉じた太ももの上に跨がるように座らせてみた。こうすれば、沈まず当たらず、足のマッサージもうまくできそうだ。
「えーっと、足に支えられて楽な体勢だし、マッサージしてくれるにも良い体勢なのはわかるけど、なんか足を開いて座るのは、乙女的にはとても恥ずかしいよぉ。あなたから見えないのはわかるけど、凄く落ち着かなくてそわそわするよ」
「んー、じゃあ、こうか?」
オレの太ももに横座りする形で半身になって、ちょうど頭が肩のあたりにくる。最初の抱っこを座らせただけの形だ。足は閉じれてるし、胸は手で隠せてるから、たぶんOKじゃないか?
「あーっ、この体勢、とてもいいね。足も落ち着くし、沈まないし、あなたに寄り添えるし、何よりあなたの顔がよく見えるもの。頭いーね」
「そうか? 満足していただけるなら良かった」
そう言いながら、見つめ合い、そっと唇を重ねる。
「もご、そうそう、こんな風にキスもしやすくてばっちりだね。それに身体もくっつけられて幸せ感もハンパない」
嬉しすぎる言葉を返してくれるのが、愛おしさを増していく、愛しくて愛しくて、ギュッと抱きしめる。こみ上げる幸福感。
「そだね。半身だけど抱きしめやすいしね」
「うん、幸せすぎていいのかな?」
「それはこっちのセリフ。今が幸せすぎて、君の記憶が戻ったら、今の関係が変わってしまわないか、それが怖い」
話しながら、足のマッサージを始めていく。
「そうか、今の私と、記憶を取り戻した私。そのどちらとも接するあなた自身は何も変わらないのに、私だけに変化がある。その取り戻す記憶の中に全然違う性格の私がいたり、実は既に愛する恋人がいたり、もしかしたらもう人妻だったり? ううん、それはあり得ないよね。私まだ少女だと思ってるから、たぶん高校生くらい? だよね?」
「うん。オレもそれくらいだと思っているよ」
「だよね~。良かった。それで、違う性格だったら、というのは心配?」
「あぁ、それは全然心配してないよ。人間、本質的に同じなら、性格にそれほど差は出ることはないはずだからね。それに記憶が戻っても、今の記憶が消えるわけじゃないから、オレのことを忘れるはずがないでしょ? オレに抱いてくれた気持ちも含めて」
「えー? 記憶戻ったら、あなた誰? って言ったりするかもよ?」
「あーーっ、そんなこと言う? へー、そんないじわるだったんだ。へー」
仕返しのマッサージ強め攻撃だ。えい!
「うそ、あっ、だ、ぅ、よ。ちょっとぉ、意地、くっ、悪、あん、してるで、っ、しょう? もう」
「先に意地悪したのでそっちだよ~♪」
「ごめんなさい~、謝る、くっ、から、ゆる、ィッ、てぇ~。アハハハ。くすぐるのもなしで。アハハハ、アハハハ、ハァ、ハァ、ハァ、ふーっ、疲れたよ。あ、ごめんなさい」
「よろしい。でも、そういう意地悪、笑えないよぉ? さっきも言ったけど、惚れた弱みっていうか、君にそんなこと言われたら、泣くことしかできないんだからね」
「ごめんなさい、生意気でした。すみません。海より深く反省してます」
「わかってくれたならいいよ」
「じゃあ、問題なのは、うっ、恋人が、んっ、いた場合ね?」
「い、今のは意地悪じゃないよ。普通のマッサージの範囲だもん」
「わ、わかってる。気持ち良いんだもん。ホント。こんな気持ちいいの初めてだもん。凄腕のマッサージ師になれそうだよね?」
「んー、それもいいけど、今のところ、オレの未来予想図にはそのビジョンはないかな~」
「あー、なになに? 未来予想図とかって考えてるの? ワクワクするね? ドキドキするね~? 聞かせて欲しいなぁ」
「あ、あぁ、また今度ね。それより、もし恋人がいて、記憶が戻ったら、そのあとも恋人とオレ、天秤にかけられるわけでしょ? 金持ちのイケメンで優しい男だったら、オレ、太刀打ちできないじゃん」
「なんか金持ちのイケメンの優しい男って限定してない?」
「んー、だって、君ほど可愛くて魅力的な女性に見合うのは、そんなスーパーマンしかあり得ないじゃん?」
「あーーっ、何気に誉めてくれてるの? 嬉しい。ありがとう」
「あ、いや、そんな。っていうか、なんか他人事っぼくない? オレのことだけど、君の話だよね?」
「んー、そうなんだけど、記憶が戻った私って、知らない誰かの話みたいで、いまいちピンと来ないのよね。ホントにそんな私がいるかもってことを不思議に思う自分がいるの。わかる?」
「うーん、わかるけど、わかんない。だってそんな可能性を考えるだけで不安で押しつぶされそうになる自分がいるから」
「そっか、記憶を失う前の私に、今の、あなたに首っ丈の私、最新の私が加わるだけだから、大丈夫じゃない?」
「え? 首っ丈? え、そうなの? なんか嬉しい響きの言葉。首っ丈~、首っ丈~♪」
「いやん、連呼しないで~。そんな顔で見ないで~、恥ずかしい。……コボコボコボッ……」
恥ずかしさに鼻までお湯に潜らせる黒子。か、可愛い。
「くぅーーーっ、幸せ! こんな可愛い表情を見せる君を今独占できているなんて。やっぱり夢じゃないだろうか? 一生分の運を使い果たして、明日の朝は息絶えてる、なんてことないよね? そう、今感じる不安の一番の正体、今わかった。この世の者とは思えないほどの可愛らしい天使から愛されている? というありえない状況、最上の幸福感なんだよ、きっと。ホント、幸せすぎて怖い、ってこういうことなんだな、って思った」
「や、誉めすぎ。嬉しいけど、あんまり言われると、高揚感でふわふわしちゃうよ。どこかに飛んで行っちゃうよ?」
「わわわ、行かないで! どうかここにいてください。お願いします」
冗談とわかっていても、状況をイメージしただけで涙目になる。何? この弱体化。
「どこにも行かないわよ。その狼狽え方、可愛い。あなたに出会えてよかったわ。嬉しすぎてか、胸の奥あたりが甘酸っぱいようなグズグズ感があって、いてもたってもいられない感じなの。飛んで行かないように、ギュッと抱きしめて欲しい」
「オレも同じ。今抱きしめたくて仕方ない衝動に駆られている」
そう言いつつ、強く抱きしめる。
「嬉しい。でも、もっと強く」
「こうか?」
「痛い、でも、足りない。もっと強くぎゅーーっと、お願い?」
「わかった。壊れないよね? これぐらい?」
「ん。幸せっ。これが愛する、ってことなのかな? そうなら、記憶はないけど、私の身体、絶対ここまで誰かを愛したことはないと思う。身体が初めてだと言ってる気がするから絶対だよ。宣言する。記憶が戻っても、一番愛しているのはあなたです。記憶が戻ったら、結婚してね?」
「ほ、本気なの?」
「本気じゃないように見えるの?」
「いや見えない。でも、プロポーズはオレからしたかったのに……」
「あら? 先にプロポーズしたのはあなたのほうよ?」
「あ、そうだった。でもあれは勢いもあったし、正式感が……」
「あらぁ? 勢いだけの軽い気持ちでプロポーズしてくれたのかしら?」
「い、いや、軽くないけど、なんかこう、もっと……」
「わかったわ。じゃあ、正式なプロポーズは記憶が戻ったら、改めてお願いね?」
「うん、それがいいかもね。記憶戻って気持ちに変化なくても、何もなくずるずる進めるのは、なんか歯切れが悪い気がしてきたから、キチンと仕切り直そうね」
「うん」
「まだ不安が解消されたわけではないけど、なんか大丈夫そうな気がしてきたよ。ありがとう」
「ん。星空。あなたが言ったように、本当に綺麗ね。あなたと歩むこれからの人生の中で、この星空は忘れられそうにないな~。後で写真に撮っときたいけど、カメラある?」
「あるある、研究職ですから、カメラは必須なんだ。なんなら今夜空を背景に一枚撮る?」
「え? 今? 裸で?」
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