第4話 命名

 唐突に始まった出産は無事に終えることができたが、そもそもの異常な状況に対する追求から逃れるためにソフィアは曖昧にする魔法をかける。ところが、興味を持った赤ちゃんも見様見真似で魔法を発動してしまう。その結果、想像以上の成果をあげ、医師たちへの曖昧化に成功するソフィアたち。


 ソフィアは今回、赤ちゃんの魔法発動に大きく助けられたことを自覚していた。同時にまだ自我の確立しない赤ちゃんが勝手に魔法を発動してしまうことの怖さを想像してしまうが、今魔法にかかり寝てしまったとすれば、おそらく今日の自分の行いは覚えていないと思え、また魔法を使う場面に出会わなければ、真似することも少ないだろうと推測し、少なくとも物心つくまでは赤ちゃんの前での魔法行使は控えようと心に固く誓うソフィアだった。


「以上かしら? ……それでは、片付けも終わりましたので、我々は失礼いたしますね。あと、ふつうは赤ちゃんは新生児室で経過を観察するのだけど、赤ちゃん、母体ともにすこぶる健康な状態に見えますし、いえ、赤ちゃんなんて、先程生まれたばかりとは思えないほどふつうにコミニュケーション取れているようですし、お母さんのほうはもうふつうの状態ですよね?」


「はぁ、おかげさまで調子は問題なさそうです。ありがとうございます」


「ここまで健康過ぎる親子は初めてでびっくりもしていますが、どの値もすっかり正常時のそれで、それらを見たから医師せんせいのお許しもあったみたいなので、もしも本日退院されるのでしたら、もうこのままお母さんと一緒のほうがよいのかな? えっと、赤ちゃんはお母さんでよろしいかしら?」


 片付けが一通り終わったことを確認すると、婦長は部屋を後にすることを告げ、赤ちゃんの引き渡しの相手を確認する。


「はい。私で大丈夫です。あぁ、赤ちゃんもこんなに綺麗にしてくださったんですね。ありがとうございます」


 抱いていた赤ちゃんをソフィアに預け、看護婦たちは笑みを返しながら退室していく。それから少し間をおいて、ジンはソフィアに尋ねる。


「一騒動だったな。それで、その、この感じは……やっぱりアレ、かけたの? ソフィア」


 曖昧にする魔法のことは知っているが、不意にかけられたため、自分もかけられる側の当事者として、記憶が曖昧になってしまっていたジン。


「そおよぉ。それでなくても、健康な経過とはいえ、通常より早すぎることで検査入院することになってたわけでしょう? さらに今日のような前置きなしのいきなりな出産なんて尋常ならざるスピード過ぎて、医学会はもちろん、世間に知れたら大事おおごと必至よ?」


 


「そうだったね。その尋常ならざる状況から邪推されるのが魔女の黒歴史だね。当然わかってるよ。いや、当然知っているけど、認識不足……わかっていなかったのかもしれないな。ごめんソフィア」


「いいわよ。これでわかってくれたのなら……そんなことより、赤ちゃん。名前は決めてあったのかしら? 予定より1ヶ月以上も早まったわけだけど……」


「あぁ、もう決めてある。黒髪だし、日本名のつもりだけど、オレが決めるでいいんだよね?」


「ええ、あなたが決めていいわ。私の一族の祖先は日本にも関わりあるし、私も日本が好きでいつか来たいと思っていた。だから子供の名前も日本名にすることは賛成なの。それで前回検査のときは男か女かわからないって言ってたはずだけど、今日生まれたのは女の子よ? どんな名前なの?」


「あぁ、実は男の子でも女の子でも、どちらでも構わないような名前なんだ」


「あら、そうなの、でどういう名前なの?」


「ソフィアは日本人じゃないからピンとこないかもしれないけど、漢字なら1文字、読みで3文字。理科の『理』という文字で、『まこと』と読む、そんな名前にしてみたよ」


「あら、外国人的にはちょっと呼びづらい気がするけど、短めのよい響きな気がするわ。女の子だから『まこちゃん』って略して呼ぶのもありね。それなら外国人でも呼びやすくて可愛いかも」


「そ、そう? なんとなくだけど、今日の出来事も含め、マコトにはなにか大きなことができそうな気がすることと、そのためには宇宙のことわり、自然のことわりが重要なこと、昔、友人に聞いたことがあることわざみたいな言葉で『まさわきまえる』というのがあるらしくて、今調べても見つからないからホントかどうかはわからないんだけど、『ことわり』もそうだけど、『わきまえる』って、違いを見分け道理を心得る、という人としてとても重要なことに思えるから、この名前にしたんだ」


「長いわね。それに小難しい。なんとなく言いたいことはわかったけど、そんな思いが籠もっているってことね。まぁ、なにより読みが可愛いからそれでいいわ。『まこと』可愛いわね、うんうん。ネーミングセンスがあるかはわからないけど、ネームドセンス、ってそんな言葉はないか、まぁともかく、要は結果的にはベリーグッドということね。ナイスよジン」


「あれ? 褒められたようなけなされたような……まぁいっか」


 改めて、赤ちゃんに向き直り、問いかけるジン。


「今日から君は『まこと』だよ? これからよろしくね、まこと


 ジンと話しながら、ジンとマコトに微笑みかけつつ、事後処置の部分に癒やしをかけるソフィア。緑色に薄っすら灯る状況を見て、ジンは問いかける。


「あれ? 今そうしてるってことは、急いで帰りたいってこと?」


「ええ、そうよ。さっきは曖昧化も上手くいったみたいだけど、できるだけ早く退散したいのよ。記憶が戻らないとは限らないから少しでもその可能性を減らしておきたいの。もしも記憶が少し戻ったとき当事者がいたら追求したくなるかもだけど、いなかったらなんとなくだけど、その追求する思考も薄れていきそうだもの。それに今日は確かクリスマスイブよね? ハッピーバースデー、アンド、メリークリスマスなんだよ?」


「おおおお、そうだそうだ、そうだった。なるほど。そうだね……そっかぁ、そういえばクリスマスイブだったね。一刻も早く我が家に帰って、お祝いして、家族3人の生活を始めなきゃだね。あ! まだ生まれるって思っていなかったからベビー用品が何も揃ってないね」


「あ、そうだったわ。でも少しなら、気の早いあなたの友人から頂いた紙おむつもあるし、私とジンの間に寝かせるから、ひとまずベビーベッドはなくても大丈夫そうね」


 そうして、その日の内に帰宅し、1家3人の新生活が始まる。


「ソフィアは今日疲れ果てただろうから、ゆっくり休みなよ。ね? まことの面倒はオレがみるよ。後で要領を教えてね」


「あ、ありがとう。今日は出産はもちろんだけど、あんなこんながあって心底疲れ果てた気がするからすごく嬉しい……でも大丈夫? もちろん、赤ちゃんのお世話の要領は教えるけれど、あなただって仕事で疲れてたはずよ?」


「だ、大丈夫大丈夫……たぶん……この子を見てたら癒やされるばかりだから、きっと大丈夫だよ」


「わかったわ。でもそれ、たぶん大丈夫じゃないと思うよ? 赤ちゃんって寝てると天使だけど、起きてるときはモンスターなんだから。あなたが知らないだけでね。だから、数時間ごとに交代しながら面倒をみる、というようにしましょ?」


「あ、うん、そうだね。知らないことばかりだから、ソフィアがいいならそうしてくれると助かるかも……」


「よし、決定。それはそうと、いくつか確認、共有、整理をしておきたいと思ってるの」

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