第23話 誕生 〜 Makoto ep2

 ジンの右手親指の指先に急に突き出したお腹表面の皮膚が触れる。


 ぴりっ……ぴかっ!


 この瞬間、淡い衝撃が指先に走るとともに一瞬眼が眩むような光に驚き、目を閉じて「うゎっ」と零した声を置き去りに後ろに倒れつつ尻もちをつくジン。


 ……ぷひゅ……けらけらけら……………………


 胎児だけは、仕掛けたことの顛末がただただ面白かったようで、上機嫌の笑いに浸っていた。そしてすっかりジンを気に入ってしまっていた。


 ……このひと……なんか……いい……あんしん……あそぶ……たのしい……


 お腹の中が見えるわけではないから気配察知のオーラでふわりと撫でるソフィア。なんとなくだが、上機嫌の感情がオーラの片鱗から伝わってくることを感じ取る。


 (かなりご機嫌みたい。どうやらこの子、ジンを気に入ったみたいよ?)


 ……ママ……このひと……ぼく……いっしょ……たのしい……


 胎児は、ただ面白かっただけではなく、ジンのオーラの色・紋様にこの上ない親近感を抱いていた。


 ……このひと……もっと……あそび……たい……な……


 ジンの人となりにも近い柔らかな印象も手伝い、好きにも似た感覚がたまらなく加速する。そして、遊びたいが遊べないことから自然に、場所と時間感覚の意識が芽生える。今ではない未来、ここではない外側へと。


 ……ぼく……いつか……ここ……でぅ?……そしたぁ……


 胎児がご機嫌であること、気に入られたかもしれないことをソフィアから告げられ、いても立ってもいられないジン。しかし、つい先ほどの不思議な現象を思い起こし、考え込む。


 (マジで? うわぁ~、すっごい嬉しい……でもさっきのは一体……)


 ……そしたぁ……あえぅ?……


 胎児の中で、生まれ出たらジンやソフィアに会えるかもしれないことを思い付く。


 (あー、なんだろうね? たぶん初めて異なるオーラが交わったことの反応じゃないかしら? ジンの思いが強すぎたんじゃないの?) 


 ソフィア視点だからこそ思い付くオーラの交わり。魔女ではないジンにそんな認識はなかったから、むず痒い新鮮な感覚だった。


 (そ、そうなの? え? オーラ? オレにもそんな……)


 ……あえぅ?……あいたぃ……あいたぃ……


 会えるかもしれない考えに行き着いた胎児。会いたい思いが次第に高まり、ソフィアはその気配を感じ取る。


 (あら? 何かお腹のこの子から強い意思みたいなものが感じられる気……)


 ……あいたい……はやく……あいたい……すぐ?……


 募る思いはさらに高まり、気持ちの高ぶりはソフィアの魔力をも引き寄せる。


 (ん? んん? なんだか私の魔力、減ってきてる?)


 ……ちぃさぃ……かぁ……でぇなぃ?……まら?……おぉきく?……


 自分がまだ小さいことを自覚し、大きくなりたい思いが膨らむ。一心に思い続けていると、引き寄せた魔力は自然に身体に取り込まれていった。


 (きっとあなたに会いたくなったのね? なんとなくそんな気がするわ)


 ……おぉきく……なって……でぅ?……おぉきく……なぃたぃ……


 すると、わずかに成長し、大きくなる自分。


 ……あぇ? ……すこし……おぉきぃ? ……


 この変化に気付いた胎児はさらに思いを強める。


 (ちょ、ちょっと待って? 私の魔力、減りが早い気がするから、あなた補充お願いしてもいいかしら)


 (わわ、わかった。だ、誰もいないよね? じゃあいくよ?)


 ソフィアはとある魔女の一族の末裔で魔力を保持しオーラを操り様々な能力を発揮する。一方ジンはとある東洋の武人の末裔で、潤沢な生体エネルギーを内に秘め、なぜか魔女の魔力との親和性が高く、キスなどの濃厚接触により力を分け与えることができる。


 ジンは部屋に二人以外の誰もいないことを再確認したうえで、ソフィアに口づけをする。魔力が大幅に減り枯渇に近づきつつあったためやや焦り気味のソフィアだったが、潤沢な魔力補充で緊張はほどかれる。


 ……でぅ! ……おぉきく……なって……でぅ! ……


 (ん! ぷはぁ、お腹が張って少し痛いわ。ホントに女の子かしら?)


 今日の診察で、おそらく女の子だろうと告げられたばかりのソフィアだった。お腹の子の少し元気すぎる動きからふつうなら男の子らしい元気さを連想するところで、それをそのまま言葉に乗せてはみた。


 (ちょっとやんちゃさんよね?)


 しかし内心、魔女の一族なら女の子もこんな感じかなと、自身の生まれる前ももしかしたらこうだったのかなと、苦笑いを含ませながら連想しつつ、「痛っっっ」とこぼしながら微笑ましくも軽く皮肉る。半分は生まれる前の自分に向けて、自身の母親の顔を思い浮かべながら。


 (そ、そうだな。でも大丈夫か? 痛いって我慢できそう?)


 ……はゃく! ……おぉきく! ……………………


 ジンによるソフィアへの魔力補充は、実は間接的に胎児にも影響を与えていた。


 (うん、大丈夫そ……ん? んん! 痛い痛い痛い! 私にも癒やしが必要そう。また消耗しそうだから補充もお願いね)


 (わわ、わかった)


 痛がるソフィアを気にしながら、追加補充するジン。


 (ぷはぁ。よっぽど会いたくなったのかな? 今このときもどんどん大きくなっている気がする……はぁはぁ、いや、まさかね。今にも生まれそうな勢いに思えちゃう。はぁはぁ、まだ早いはず……なんだけど……い、痛つっっっっっ……)


 大きくなりたい一心の胎児には、そんなソフィアの痛がる様子に気付けない。早く大きくなりたい思いをいっそう募らせる。


 ……はゃく!……はゃく!……………………


 (だ、だめかも。痛つっっ、お腹こんなにも大きくな……ナースコールお願いジン!)


 (わかった! これを押すんだな)カチカチッ (プーッ)


 みるみるうちに膨れていくソフィアのお腹。その変化に慌てまくるジンだが、なんとかコールボタンを押すことに成功する。


 (どうされましたぁ?)


 (妻が産ま、産まれそうなんです!)


 ナースコールの向こう側で作業にせわしく従事する看護婦たちの動きがピタッと止まり、同種同様の「え?」の呟きがインターホンから伝わってくる。


 (え? そんなはずは……早いとは聞いていたけど、それでも1ヶ月以上先の……)


 ナースコールの先にいる看護婦の知る常識ではありえない状況であり、コールを受けた看護婦も状況すり合わせのためにそのことを口に出してみた。


 (ととと、とにかく産まれそうなんです。先生を至急お願いします)


 が、ジンの声の様子を受けて、ひそめていた眉から、打って変わって緊急時のしかめた表情に切り替わる。詳細は不明でも異常な事態の可能性が極めて高いと判断したようだ。話しながらも視線と指先で他の看護婦に医師を呼ぶようジェスチャで伝える。


 (わわ、わかりました)


 ナースコールのやりとりを終えると、途端にきびきびと動き出す看護婦たち。


 「301号室に医者せんせいを向かわせて! あ、空いてる医者せんせいいたかしら? 確かもうすぐ手術が終わる医者せんせいいたはずね。状況説明お願いね。私とあなたで先に行くわよ。他はオペ室の用意、母体が心配だわ。あと消毒周りを確認しといて!」


 「「「「はい」」」」


 その場のリーダーらしき看護婦が一頻りの指示を行い、自らも現地に向かう。


 一方、向かう先の個室では、ソフィアの自身への癒やしで思うよりも多く消耗していく魔力を補完すべく、看護婦がやってくる前にと口づけでジンが急速補充していると、ソフィアのお腹は出産間際の大きさへと、目に見える速さでゆっくり近付いていく。


 それだけでなく、ソフィアたちでなければ見ることはかなわないが、お腹の周りにオーラを纏う状況となり、その片鱗だろうか、何かの残滓のようなものがチラチラと煌めき始める。それを見とれていたところに視覚的に驚くような大きな変化が現れる。


 ぽぉぉぉ……カッ!


 ソフィアのお腹の内側に光が宿り、一点からゆっくりと明るさが拡がるように見えたと思った次の瞬間、突然お腹全体が眩い真っ白な光を放つ。同時にお腹が急速に膨れあがり、そして十分な大きさに到達するあたりで光は収まっていった。


 普通の母体ならば、このような変化に追従できるはずもない。耐えられるも何も、即、命を落としてしまうほどの異常事態だ。おそらく親が追従できなければ子も大きくなりようはないが、それ以前に親の身体が膨れ上がる負荷に耐えられないだろう。


 ソフィアの場合は、自身の癒やしの力で損傷をリアルタイムで修復しつつ、また自身の出産変化的な成長も促していたため、急速な胎児の変化に伴う後追いの成長による追従で、お腹は急速に大きくなっていったようだ。


 (はぁはぁ、危うく破裂するのかと思ったわ。はぁはぁ、な、なんとか間に合ったみたいね……)


 出産間近な状態への急変だけでも、驚きの連続に付いていくのがやっとのところで、ようやく変化が落ち着いたと思える今だが、どうやら安心するには早すぎたようだ。


 (ん? って何?! 今度は産気? はぁはぁ。ちょ、ちょっとぉ! いきむどころか、まさか出ようとしている? んーん、ヤバいよ! 出ちゃう出ちゃう! ……ナース、いえ医師せんせいはまだ? ……)


 ソフィアは自身の状態から自覚する出産衝動は的中していた。胎内から今にも抜け出ようとせっせと活動する胎児だった。


 ……でぅ! ……はゃく……でぅ! ……


 (今来ると思うから、頑張れソフィア!)


 声では取り繕うように応援しつつも、内心、自分に何ができるかわからず、ただオロオロと狼狽えるジン。


 (ダ、ダメかも! ジン! 赤ちゃん受け止めて! バッグに洗い立てのバスタオルあるから。落としちゃダメよ!)


 ふつうは無事に出産するために、赤ちゃんや母体に負担をかけないように送り出すための呼吸法や力の入れ方に真剣に取り組むところで、うまく出てこれないときは長丁場となる場合も多い。


 しかし、ソフィアの場合は赤ちゃんが自らの意思で出てこようとしており、しかも手足を使って這い出るわけでなく、無意識のうちに出ていく方向へと魔力行使する状況となっていた。赤ちゃんゆえに微力な力であるとはいえ、ジワジワと出口へ押し寄せる力に対して締め付けることなく押し止めることはソフィアにとっても困難な状況であった。


 ソフィアからの指示で為すべき何かへの光明が差し、あたふたしながらもバッグの中身を掻き出し、見つけた2枚のバスタオルを取り出しソフィアの見える位置に翳すジン。


 (コレ?)


 ジンの問いにただ頷くソフィア。余裕がないのだと察すると、要領を得ないながらも、膝を立たせて1枚のバスタオルを赤ちゃんが出て来ても良いように敷き詰め、1枚はジンの両手で持ち待ち構える。体勢は整ったものの衣服がそのままなことに気付き、慌てて準備を整えるジン。


 (よし、これで大丈夫。さぁ、ソフィア? いつでもいいよ)


 なんとか押し止めようと唸る言葉を漏らし、指示するための言葉を発する余裕のないソフィアは無言で頷くと、留めていた力を抜き、赤ちゃんの動きに身を任せる。


 (んんーっ、ん、ふぅぅ)


 ……あと……すこし……でぅ! ……


 すると、淡い光とともに、頭が見えた、と思った次の瞬間には、やや勢いをもって、どぅるんっ、と飛び出してきた赤ちゃん。それをすかさずキャッチするジン。次の瞬間には光は収まり、ジンも見事にバスタオルてくるむと、無事をソフィアに告げる。それと同時に看護婦たちが部屋に入ってきた。


「ソフィア、無事に生まれたぞ!」

「よかった……」

「大丈夫ですかぁ? え? ももも、もしかして、もう産まれちゃいました?」

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