第一話 就任式
「起きて下さい」
近くから。正確には、真横から声が聞こえる。
「聞こえてますよね?」
俺は聞こえないふりをして、布団に深く潜った。
「――起きてって言ってるでしょうが!」
がばっ! と掛け布団を引きはがされ、俺はたたき起こされた。
「何かあったか? リディ」
長い黒髪を後ろで括ってポニーテールにしている、切れ長の蒼い瞳が特徴的な美人――リディが、腕を組んだまま俺をジト目で睨みつけている。
「のんきに寝てる場合じゃないでしょう、アルマ隊長。今日は貴方の『就任式』なのですから」
「今からでも中止にしよう」
この日が来なければいいとどれだけ願ったか。だが、残酷にも時間は過ぎてゆく。
「無理です。これまでに上げた隊長の戦果を考えれば、今まで隊を持っていなかったことが不思議なくらいでしょう……はい、どうぞ」
俺は眠たい目をこすってベッドから出る。
洗面所の冷たい水で顔を洗っていると、リディがタオルを手渡してくれた。
「ありがとう。でも、俺が持つことになる隊って『第零魔法部隊』だろ?」
重大な欠陥を抱え『不良品』と判断された問題児たちが集められる、いわば掃き溜めのような小隊。そこの隊長に、俺は就任させられようとしている。
「ええ、防衛軍人事部長――グラン・ニコラス部長の人事采配は絶対です。ですが、隊を持ったことのない人間がいきなり『問題児部隊』を任せられるというのは、確かに不思議ではあります」
通称『第零部隊』は、もう廃止されると言われていたはずなのだが、なぜ今になって俺を隊長に据えようと思ったのか。
「まぁ、あの人にはあの人なりの考えがあるんだろう」
「……稀代の天才の思考は、読めるものではないですからね」
軍服に着替え、【
名前の通り、山茶花の彫刻が彫られた深紅の鞘は、部屋の照明を反射させていた。
俺は刀の柄を握り、小さなボタンを人差し指で押す。
『山茶花七式、起動』
すると、刀から機械音声が発せられた。
「なぜ、戦闘準備を?」
リディが疑問符を浮かべる。
「就任式は【第二皇女様】自らやってくる。皇帝から『傷一つないように』と脅迫に近い電話を受けたんだ。何もないとは思うが、念の為な」
「……相変わらず、第二皇女様はアルマ隊長を気に入っているようで」
そして呆れた様子で額を押さえた。
「きっと『専属騎士』にならないかって誘われるんだろうなぁ」
第二皇女様の熱烈な勧誘を思い出し、ため息がこぼれる。
強制的に任命することも出来るはずなのだが、どうも彼女は俺の自由意思にこだわっていた。
「他の隊員なら狂喜乱舞するでしょうね」
リディの言う通り、皇女の専属騎士という地位は、俺以外の隊員たちからすれば喉から手が出るほど欲しいものなのだ。
「俺は権力を持つのが苦手なんだ」
だが、俺はその地位が欲しくない。
正確には、専属騎士になることによって付いてくるであろう権力や地位が怖い。
「なら、どうして『皇国防衛軍』に入ったのですか? 隊長ほどの実力があれば、いずれ注目されることは分かっていたでしょう」
「強いからこそ、前線で使ってくれると思ってたんだよ。それがまさか、隊長を任せられるとは……」
「隊長が大学の卒業資格を持っているのが悪いのですよ」
部隊の隊長や軍事指揮官になるには、大学に通って卒業資格を手に入れる必要がある。だが、俺のように大学に通ったにも関わらず兵として入隊する変わり者もいないわけではない。
前線で戦いたい戦闘狂や、ずっと銃器を扱っていたい変人が、それにあたる。
「大学の卒業資格は『王国』で手に入れたものだろ? 違う国の話を引っ張り出してくるなんて屁理屈にも限度があるんじゃないか?」
準備が整い部屋の扉を開けると、廊下には忙しそうな隊員たちが書類を持ってあちこちで走り回っていた。
俺たちはぶつからないようにその合間を縫って、エレベーターを使って一階へ降りる。
「しかし、アルマ隊長はどうして仕事場にある休憩室で寝泊まりをしているのですか? ワーカーホリックというやつでしょうか」
そのまま防衛軍の情報を管理、保護している『イデア』という名のビルを出て、入り口横に待機していた真っ黒な車の後部座席に乗った。
この車は恐らく、リディが待機させておいてくれたのだろう。
「『皇国防衛軍の隊長になる人間が、小さなアパートに住んでいては示しがつかん』って怒られたうえに『書類仕事を手伝え』って言われてこのビルに軟禁されてた。とんだブラック企業だよ」
俺はグラン・ニコラスに言われた言葉を、リディにそっくりそのまま伝える。
「でも、あんなボロアパートに住んでいるアルマ隊長にも問題があるでしょう」
「落ち着くんだよ」
車は皇帝が住む『
俺たちは降車し、場内へ入る。
会場の中は豪華な装飾が施されており、目がちかちかとする。
俺にとって、あまり居心地のいい場所ではなかった。
「式典は第一会場で行われるそうです」
面倒ごとの予感がする。いや、面倒ごとは既に起きているのだろう。
「まぁ、平和のために頑張るか」
「殊勝な心掛けです」
第一会場の扉を開けると、既にほとんどの要人が集まっていた。
開始十分前なのだから、それも当然か。
内装は長方形の式場のような形で、最奥には大きな玉座がぽつんと置かれている。
その玉座の左右には、屈強な男が二人、静かにたたずんでいた。
あの二人は、第二皇女の専属騎士だったはずだ。
俺とリディは空いている席に座り、第二皇女の入場を待つ。
その間も、ざわざわ、とあちこちで俺に関する噂話をしているのが聞こえてきた。
(例の【一級戦力】が、あの『問題児部隊』を持つらしい)
(戦うしか能のない化物に隊を持たせるなど、部長はどのようなお考えなのだろうか)
噂は背びれ尾ひれが付き、気づけば巨大な魚になっていることだろうが、それは俺が止められるものじゃない。
人の口に戸が立てられるのなら、誰だってそうするに違いないのだから。
俺たちが会場に入って少し経ち、玉座の右側にいた獣人の男が手を一度叩いた。
決して大きくない音量でありながら、全員の耳に届くその破裂音は、この会場をしん、と静まり返らせた。
恐らく、彼の魔法だろう。
彼がもう一度手を叩くと、それを合図にこの場にいる全員が立ち上がった。
あの方の到来だ。
「世界の支配者。全種族の平定者。アルテマ皇国第二皇女フィリア・アルテマ様のご入来!」
玉座の左側にいた男の言葉とともに、玉座の上に二メートル四方の魔法陣が現れた。
その魔法陣をくぐって、一人の美しい少女が出てくる。
キラキラと反射する金の長髪。
鮮やかな紅い瞳。
豪奢な衣装に身を包んだ今年で十八歳の彼女こそが、アルテマ皇国の第二皇女だ。
全員が最敬礼をして、第二皇女の言葉を待つ。
「頭を上げよ」
その一言でようやく、顔を上げることが許される。
「帝国防衛軍一級戦力主席、アルマ!」
第二皇女が玉座の左側にいた男に目を向けると、男は俺の名前を呼んだ。
すると、足元に先ほどと同じ魔法陣が現れ、一瞬の浮遊感ののち、気づけば第二皇女の目の前にいた。
これは、皇帝の血筋にしか使えない『転移魔法』だ。
この魔法はどんな研究者も読み解くことが出来ず、皇族の血に産まれたときから備わっている奇跡の魔法。
俺は最敬礼の姿勢を崩さないまま、第二皇女の言葉を待つ。
皇族に対して、こちらから話し掛けることは許されない。
「此度の武勲をたたえ、汝を『防衛軍第零魔法部隊隊長』に任ずる」
「……」
第二皇女が指を鳴らすと、転移魔法によって俺の軍服に隊長の証であるバッヂが付けられた。
小さな槌の形を模した金のバッヂは『破壊』を象徴しているのだという。
そして第二皇女は一つ間をおいて、目を見開いた。
いわゆる宣誓というやつだ。
これから第二皇女の発する一文を、皇国防衛軍の人間なら必ず覚えていることだろう。
何せ、これは最も重要な軍規として最初に叩き込まれるのだから。
「我ら賢者の教え子、愚者が作りし贋物を欠片残さず打ち砕く!」
賢者の石という名前が広がってしまっているが、本来の名前は『愚者の贋物』なのだそう。
――名前なんてどうでもいい。
俺はそう思ってしまうが、そんなことを口にすれば、すぐさま厳罰に処されるに違いない。
「これからも、この紋章に恥じない働きを期待している」
第二皇女のその言葉を合図に俺が立ち上って最敬礼をすると、あの浮遊感とともに、もとの席に戻されていた。
(さて、これからどうなるか……ん?)
考え込みながら姿勢を軽く崩すと、ズボンのポケットに紙が入っていることに気が付いた。
手紙には、流麗な文字でこう書かれている。
『後で第二会場に来てね?』
ご丁寧にハートマークまで書かれている。これは第二皇女の字だ。
「相変わらず、お転婆な姫様だ」
俺の苦笑交じりのつぶやきは、誰にも聞こえずに済んだ。
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