プラトーン ~最強の隊長~

藤原リンゴ

プロローグ 人の命と焼肉

 廃棄された都市【フィガリオ】


 かつて『バルカン王国』でも有数の貿易港として栄えたこの都市は、四年前に起きたある戦争によって住民の八割が死亡した。


 広範囲殲滅魔法によって破壊されたビルのがれきが道路を塞ぎ、家々は戦闘の余波で見るも無残な姿になっている。


 ――そんな戦火によって廃れた都市が、再び戦場と化していた。


 俺は敵との遭遇を避けながら裏路地に身をひそめる。

 敵の走り回る音が、そう遠くない場所から聞こえていた。俺の位置もある程度の見当が付いているという事か。


「リディ、探知魔法の使い手は分かるか?」

 左耳に付いた補聴器のような形の無線機を指で押さえ、別働隊として動いている部下――リディに連絡を取る。


「さっきから仲間の位置がバレてるとしか思えない奇襲が続いてる」

『地下からわずかに魔力反応がありました。敵はおそらく、地下水路から足音を頼りに私たちの位置を割り出しています』


「よく思いついたな」

 魔法使い同士の戦いにおいて、敵の位置をいち早く割り出すのは最重要事項だ。

 索敵の方法は『探知魔法』を扱える偵察隊を出すのが一般的だが、敵の偵察隊を一度も発見できていないのは、どうもおかしいと思っていた。


 敵陣営の方がフィガリオの地形を把握していることは知っていたが、まさか地下水路を使ってくるとは。

『どうしますか? 敵の斥候は動き続けていますし、見つけるのは困難です』


「音で位置を割り出してるなら『五感強化』の魔法を使ってるはずだ。なら、もっと簡単な方法があるんだよ」

 俺は敵が過ぎ去ったことを確認し、近くにあったマンホールに近づく。


 そして、腰に差した刀で蓋をこじ開けた。

 ジャケットに付いているポケットの一つを開け、予備の通信機器を取り出し、それをマンホールの下に向かって投げ入れる。


「音楽は……なんでもいいか」

 通信機器から爆音でクラシック音楽が流れ始め、地下に反響し始めた。

「これで、ここ一帯の索敵が出来なくなったはずだ。まぁ、気休めにしかならないうえに、もう手遅れかもしれないが」


 既に、俺たちの仲間が何人も殺され、重軽傷を負わされている。

 俺は『遊撃者』として単独行動の権限を有しているが、敵の位置が分からない以上、戦いようがない。


『いえ、負傷者をその近辺に向かわせましょう。索敵の心配が無くなれば、立ち止まって治癒魔法が使いやすくなります』

 俺は裏路地をまっすぐ進み、あえて見晴らしのいい交差点へ出た。


「でも、【バルカン王国】はこんな場所で何をしようとしてたんだ?」

『【賢者の石】の情報を得たのかもしれません』


 賢者の石――それは、真っ赤なダイヤモンドの形をしている、不思議な魔力を持った宝石。


 その石を食べた人間は強大な力が得られるらしい。事実、賢者の石を食べた人間は歴史上に何人も存在している。

 賢者の石を食べている人間でもっとも有名なのは、バルカン王国の王族だろうか。


「俺たちと同時期に情報を得るなんて、偶然にしては出来過ぎてる」

『【コピーギャング】がデマを流したのかもしれませんね』


 賢者の石を破壊したい【アルテマ皇国】

 賢者の石を使用したい【バルカン王国】

 賢者の石を研究したい【コピーギャング】


 今現在、世界の主な勢力はこの三つだ。

 その他諸勢力も居ないわけではないが、ほとんどはこの三つに分けることが出来る。

 ちなみに、俺たちはアルテマ皇国側の人間だ。


 しかし、コピーギャングが流したデマはとても真実味にあふれた情報だった。

 そこまでして、俺たちと王国を戦わせたかったのだろうか。

「じゃあ、今回も空振りか」


『その方がいいじゃないですか。賢者の石が本当に見つかれば、それこそ大騒動になりますよ』

「それもそうだ」


 戦場のど真ん中でのんきに通話していると、俺の頭上から火球が降ってきた。

「ようやく来たか」

 それを居合抜きで真っ二つに斬ると、火球の背後に隠れていた男が魔法陣を形成しながら突っ込んでくる。


「フレイム――ッ!」

 空中で魔法が発動する寸前、敵を返し刀で斬った。

 斬られた死体は地面に衝突し、潰れた。


「これ以上、戦う意味はないんだがなぁ」

 何かを殺すのは好きではない。むしろ嫌いだ。

『私たちの敵であり、彼らにとっての敵でもある。それ以上に戦う理由なんて無いのでしょうね』


 リディが、無線機の向こうで諦観のため息を吐いていた。

「なるほど、間違いない」

 刀を振り、刀身に付いた血を散らす。


 敵の数は恐らく五十、こちらは幾度となく行われた奇襲で数を減らされて三十といったところ。部隊の練度は互角だ。

 戦いは数によって決まるという常識が魔法によって覆されてから幾千年。


 だが、魔法使い同士の実力差が拮抗しているのなら、その方程式は正しいと言えるだろう。

「今回の軍事指揮官様はどうやってこの状況を打破してくれるんだ?」


 俺は少し皮肉交じりに尋ねてみる。

『【一級戦力】であるアルマ隊長の力が頼りだそうです。相変わらず、上司に恵まれませんね』


 リディは呆れている様子だ。

「そういう人生を選んだからな」

 別に今回の指揮官に期待していたわけではないし、嫌ならこの仕事を辞めればいいだけだ。


 それでも軍人であり続けているのには、それなりの訳がある。

「じゃあ、期待通り戦おう」

『あまり建物に被害を出さないで下さいね。この土地にはまだ利用価値がありますから』


「やりづらいな……まぁ、分かった。リディも、そろそろ探知を頼む」

『ええ、任せてください』

 リディの探知魔法はかなり特殊で、発動するまでに長い時間を要するのだ。


 だが、一度発動させてしまえば、戦場において圧倒的な有利を取ることが出来る。

 俺は通話を続けたまま、リディが探知した敵を斬り、刺し、抉る。


 ――そして斬った人数が二十を超えた頃、相手は撤退を始めた。


 既に太陽が沈み始めている。

 赤い夕陽は、俺の服に付いた返り血を照らした。

 俺の体には、一つの傷も付いていない。


「相手は、引き際をわきまえてるらしい」

 こちらの指揮官も早く撤退命令を出していてくれれば、もっとやりようはあったというのに。


『そのようですね』

「これだけ働いたんだ。ボーナスに期待したいね」

『焼き肉に行きましょう、アルマ隊長のお金で』


「……」

 リディの弾んだ声が無線機の向こうから聞こえる。

 俺は無言で通話を切って、この戦場を立ち去った。


 予想通り、帰還した俺たちにはボーナスが出た。

 死んだ隊員もいれば、重傷を負って退役せざるを得ない隊員もいるため、声を上げて喜ぶことはできない。


 しかし、死んだ彼らに哀悼を込めながら、その金を受け取ることはできるだろう。

 日給制である軍人のほとんどは、その日のうちに金を使いきってしまう。

 いつ死ぬか分からない仕事をしている人間の金遣いなんてそんなものだ。


 リディとの約束通り夜は焼き肉を食べ、ボーナスは消え去った。

 人の命を金で換算すれば、高級な焼き肉とそう変わらないらしい。

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