第30話 愛情は肉欲を添えて

 一華との関係がみんなの知るところになったのは、自分にとって好都合なのかもしれないと前向きに捉えることにした。

 実際には不謹慎だと騒がれもしなかったし、メッセージアプリでもなにげ無しの会話が主だったから。

 後ろ暗い考えはいくらでも浮かぶけども、考えれば考えるほどドツボにハマっていくのは経験上よく知っていたので……。


 ファミレスでの騒動から一週間が過ぎ、友人dayや恋人dayが無くなったことに物寂しさを覚えなくなってきたとある午後。


「あのあの……頭を上げてくれると助かるんだけど……」


 屋上に照りつける直射日光から身を守るためじゃないはず。

 頭を下げて屈んでみせて……言わば私に対して土下座をしてみせるのは立花ふたりちゃん。

 自分にそんなことをされる価値があるとは思わないから、申し訳なさで胸がいっぱいになってしまう。


 どうしてこんなことになったのか順を追って考えて行きたいと思う。


 ファミレス騒動から時間が経ったけども、誰かからハブられたりグループ内での関係に変化が及んだりはしなかった。


 別のグループの面々から「あんたらのリーダー様子が変じゃない?」的な指摘も受けていないと思う……私に対しては事務的な会話が中心だからかもしれないけど。


 関係はリセットされたように……たまにドキドキとするボディタッチがあったりもするけども、裸同士で抱き合ってキスに比べれば、心拍数がちょっと上がるくらいでたいしたことじゃない。


 よく考えてみればすごいことをしたよな私……でも、それは今回の土下座の件とは無関係なはず。


「怜ちゃん……最近おっぱい揉んでくれなくなった」

「前はしてたみたいな言い方やめて!?」


 顔をチラッと上げてからの爆弾発言。その迫真さは「そんなこともあったかも?」と省みそうになってしまう。

 もちろん背中に触れるくらいはする、ふたりちゃんは私に対して一際距離感が近い。

 何かの拍子に手が触れた可能性も否定はできないけど、揉んだと表現される行為には及んでいないはず……じーっと見つめても否定の文句しか出ないよ!?


「と、冗談はおいておきまして」

「ど、土下座の姿勢も冗談にしてくれると助かるなあ……」


 コンクリート部分に接着した面が火傷をしてたり、膝小僧に跡ついてたら申し訳ない。

 綺麗な肌に汚れがついてたら大変と握りこぶしを作って力説をすると、彼女も朗らかな笑みを浮かべてそこまで言うならぁとクネクネとしながら立ち上がった。


「ムラムラした?」

「突然何を仰いますやら!?」


 低姿勢の人を見下して悦に入る趣味はないし、やるとしたら自分が見下される方が良い。

 この軽い頭を何度も上下して許しが乞えるのならば、年がら年中だってやる……まあその、失敗ばっかりの人生とはいえ人に迷惑をかけるミスを何遍もやりたくはないけど。


「以前私は言いました。強引にお願いをしたらエッチなことをしても良いですか? と」

「あー」


 冗談かと思って気軽に流してしまったけど、大真面目にそんなことはしませんと釘を刺しておくべきだった案件かな?

 いや、一般的に土下座でそういうことができるかって言うとかなりフィクションが入っている気がするけど。


「今私は土下座をしたよね? これは強引なお願いです」

「その、あんまりそういうことしちゃダメだよ? もう私も心臓バクバクだよ……」

「つまりは私はあなたとエッチなことをしたいから土下座をしたわけです……どう、ムラムラした?」

「なんで伝わってないかなぁみたいな表情をやめて!?」


 腕を交差させて胸元を強調するようにしながら、腰をフリフリと左右に振り、んーっ、とちょっと艶っぽい声を上げながら。


「えと……ここは学校だし」

「保健体育の授業だと思って」

「範疇を逸脱しているよ!?」


 勢いよくツッコミを入れると「えへへー」と笑いながら「あ、これごまかすヤツだ」と感づいた。


 いけない……百歩譲って私を好きになってくれるのは嬉しい、料理の腕って致命的欠点があるけど、距離感がおかしいこと以外は性格も良好だし。


 私みたいな凡百が笑って許されようとしても、何ヘラヘラしてんだですまされちゃうけど、ふたりちゃんは笑顔がとびきりキュートだから「もう、次はダメだからね~」となんでも許しちゃいそう。勢いに押し切られて身体までオッケー出したら厄介なことになる。


「私はひとまず、誰かを選ぶってことはしないつもりだから……できれば友人」

「ああ、セフレってやつ!?」

「友情留まりにしてくれるとそれはとってもうれしいなって!」


 ファーストキスが女性だったって言うアブノーマルな部分もあるけど、肉欲だけの関係に陥るほど大人ではないつもりだ。


「それに、私が相手なんて嫌でしょ。ふたりちゃんなら石油王だって捕まえられるのに……」

「え? 私は怜ちゃんに命じられたら全裸で校庭を徘徊するけど?」

「どんなにお金を積まれてもそういうのはやめよう!?」


 なんかいつの間にか好感度が天元突破していたみたいだけど、これはふたりちゃん流の距離の詰め方なんだと思う……だってどう考えたって冗談だもん。


 ダムみたいな水だめから障害が取り除かれて、ドババーッ! と流れ込むみたいな好感度の表し方だもん、これはさすがに罠って言うか、ドッキリみたいなもんだよ。


「って、なんで制服を脱ぐ準備始めているの?」

「ちゃんと愛情が伝わってるかなあって」

「言葉で充分だから身体は大事にしようね!?」


 両肩を手で掴んでガクガクと震わしながら「ダメだからね!」と繰り返すと、彼女は若干嬉しそうにしながら「怜ちゃんに好きにされてる~」と微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る