第27話 胸に巣くうこのお気持ちは
私が空を睨んでいるのを見て、自分の方が綺麗だよと囁いてくる一華。
あのときに無理矢理にでも帰ろうと進言すれば、濡れ鼠にならずとも良かったのかもしれない。
「ほんとゴメン」
「一華の手引きで風邪をひかずにすみそうなんだよ? お礼を言うのは私」
天気が急変する時に冷たい風が吹く――感じがする。頭の後ろがどことなく重くなったり、些細な台詞が胸に刺さったりもする。
「雨が降るかも」と言ったときに「予報では晴天が明日の朝まで続くようだが……」と困惑の表情を浮かべられた。
天候予測の精度で言えば、予報士の皆様の方が抜群に高く、私の予想などは単なるお気持ちに過ぎない。
「なんとなく」で帰ろうと主張をするのは申し訳ないと考え「そっか、じゃあ気のせいだ」と笑みを浮かべた。
……ポツリポツリという音が聞こえ始めたのがそれから30分後で、ザーザー降りに変貌したのが3分後だった。
まさしく天候は急転直下「近場に懇意にしているホテルがある」とか言われても気の利いたツッコミ一つできなかった。
「それにお着替えもさせて貰ったし、雨が止めば帰れる状況だよ……まあちょっと底冷えするけど」
「ああ、それなら心配はいらない」
「私にとっての懸案事項なんですがそれは……」
一華の取った計画に乗った私だけれども、お風呂で一緒に身体を温めようには「いやいやいや」と首を縦に振らなかった。
私が逆立ちしたところで費用を捻出できないリゾートホテルにて、え、濡れた服も洗濯して後日に自宅まで送ってくれるんですか、に驚きの声を上げ、そのまま着ている服を自分の物にしても良い? アハハご冗談を(冗談じゃなかった)てな出来事を経験。
本当のお金持ちは必要なことに金に糸目を付けない人たちなんだなあ……と妙な気づきを得た。
「どちらかが風邪をひいた、なんてことになればこのデートが悪い思い出で終わるだろう。それに比べれば一緒に風呂くらいなんてこともないさ」
「だってさっき、冗談交じりにホテルで行うことをしようと提案したし……」
「失敬な、87%本気だ」
「否定の材料が欲しかったんだけどね!?」
とはいえ、私のような地味子はともかくスパダリが学校を休んだなんてことになれば寂しがる人も多かろう。
一華は目立つから学校の誰かがそれを目視していたとして、二人揃って風邪で休みとなれば迷惑を被るのは彼女に違いない。
「さ、じゃあ入ろうか」
「やだ、キミからの提案で私が無理矢理されているみたいじゃないか……」
「先入るよ?」
「ああごめんごめん」
同性とはいえ気恥ずかしいのは変わらず、心の中でなかやまきんに君さんが登場するときのBGMを流しながら脱衣してお風呂の広さに感動した――
まさしくリゾート、自分が住むとしたら掃除の大変さに辟易しそうではあれども、小一時間滞在……いやそれはそれで贅沢なのだろうか。
「お客様、それは私の肩でございますが、浴槽に入る前に綺麗にするのは自身ではありませんか?」
「良いじゃないか手伝いの一つや二つ」
「私はおしめを着けた赤ん坊じゃないの」
と言ってもここを利用できているのは一華の交友関係ゆえなので「変なところ触らなければ良いよ」と許可を出した。
「ええ!?」と驚いた様子の彼女だったけど、胸と尻のどちらかにしたいと宣言したので、洗体タイムは時間切れ終了。
「はぁ……温かくて良いねぇ……エデンはここにあったねぇ」
「煮込まれたタマネギくらい柔らかくなっているな」
「やー、これくらい弛緩してないと気恥ずかしくて」
肌が触れ合うレベルで誰かと浴槽に浸かることなんかほとんどないし、そのお相手が誰しもが容姿を羨む美少女なんだから。
生まれたまんまの姿で身体を寄せ合うなんてまさしく大人の所業だ。軽口の一つや二つ叩いていないと気がどうにかなってしまいそう。
「そういえば、こちらをできるだけ見ないようにしているな。私はちゃんと見ているのに」
「マナー!」
しかしながら意識をして浮き足立ってばかりの私の方が不純なのかもしれない。
「人の目を見てお話をしましょうと学校で習わなかったのか?」
「やー、うー、ごめんー、メッチャ気恥ずかしいー」
視線を逸らすマネばかりして申し訳ないけど、相手は飛び抜けて美少女なのだ。
相手がピンポン球とかならガン見できるんだけど、彫刻家が長年の鍛錬で身につけた技術によって生成しましたって人間だと、マジマジと見やると顔が燃えそうなくらい熱くなる。
「うー」
心なしか縮こまりながら、上目遣いで一華の顔を覗き込むと、彼女は宝石のような目を見開く。
釣りたての魚をさばく時に暴れたのでビックリした感ある表情を不思議に思っていると、それがあっという間に近づいてきて。
「んんっ!?」
「愛しているよ、怜」
「こういうタイミングで言ったりやったりすることかな!?」
「こういうタイミングで言ったりやったりすることだと思うが……」
生まれたままの姿で距離は近い――愛の囁きをするのもそうだし、キスをしたりもするのだろう。
下唇のあたりを撫でるようにすると、今までのことが嘘でないのだと気づく。
「……どうして?」
「好意を抱いている相手に好意を伝える手段がコレだからな」
「なるほど確かに……」
私に愛を告げてキスをする相手なんて生涯現れることはなかろうと考えていたら、その想像は間違っているとばかりに二度目のキス。
身体と身体が重なり合い、指の間に指を重なり合うようにして、さらには唇と唇が合わさる。
鍋に蓋を閉めるように呼吸も忘れるくらいに情熱的なキスは、抵抗する気概を失わせるくらいに熱心だった。
「思ったより抵抗しないんだな」
「戸惑いがあまりに大きいと何して良いのか分からなくなるんですね……」
これ以上はのぼせて家に帰れなくなる! と強硬に主張して、キス以上をせがむ一華を止めたけれども。
浴槽内でのイチャイチャを止めなかったのは戸惑いの大きさが理由じゃない。
「そうか……私はとんでもないことをしたと後悔の念が押し寄せているけど」
「受け入れたわけじゃないですけど、嫌だったわけじゃないから自分で自分を責めないで」
「すまない。目と目が合った瞬間に抱き合ってキスしなければならないという欲求が浮かんだんだ」
「そこはもっと自省してくれると助かりますね!?」
本来はもっと嫌がるべきだったのかもしれないし、拒絶反応を示すべきだったのかもしれない。
ただ、この押せば強引に行けるという情報は……グループのみんなに共有されることになるのだ。
そう、何はともあれ自分自身の優柔不断さが招いた怒濤の日々――
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