第26話 唐突な発情 行きすぎた欲情 Yeah!(あ、これはYeahと家をかけた……)


 複合商業施設内部にあるカフェにてひとまず休憩。

 一華はもてなしを理由に奢りを主張したけれども、申し訳なさで味がしなくなることを理由に譲って貰った。


「まあ、怜が奢られるのを素直に許容するとは思っていなかったからね」


 あっさりと引いたのにはきちんと理由があったようで、対面しながらも距離感は先ほどまでと同じく隣り合っているみたいだった。


 意見が合わなかったり、ぶつかることもあるけれども、どちらか一方が妥協をしてひたすら折れるのはやっぱり嫌だ。


 デートの最中なんですよね? と第三者から見れば思われるかもだけど、相手を心地よいと思わせるのは立派なエスコートだ。


「一華が友人と呼ばれることを不遜に思うのは重々承知しているけど、ビバ、友達づきあいだねえ」

「そうか? 熟年夫婦のような分かり合った感を覚えて、結婚生活はこのようになるのかと想像が止まらないんだが……」

「その生活が現実になったら違う悩みも生まれるとは思うけどね……だからと言って楽しい今を否定しても始まらないけど」


 そういうご家庭もあるのかもしれないけど、父と母がデートに繰り出すのを見たことがない。

 露骨に子ども優先だとうそぶくこともないけど、どちらを取るかと言えば私たち姉妹の時間を大切にしてくれていると思う。


 仮にこのまま順調に関係が進展して、法改正の末に結婚できるようになったとして、自分たちが抱える悩みは今の段階で想像できないほどあるだろう。


「なんというか……キミは成熟しているな。自分がまるで子どものようだ」

「私だって子どもだし」


 飲み物を飲む代金にしたって、元々は親戚の賜り物だ……お年玉って言う。

 自由に使えるお金ではあるけれど、自分で稼いだお金ではない。

 これから働いたりなんだり、両親の庇護から離れて生活が出来るのかといえば……しなければいけない。


 このお金がいかほど働いて得られたモノなのか、誰かの働きで世の中が成り立っているモノなのか、少なくとも成り立っているのが当たり前だと考えるのは良くない。

 

「キミの側にいると、私は変われそうな気がする。そんな人はいなかったと思うよ」

「悪い方向じゃない?」

「どう、だろうな……私は大事にされているから、もし悪い方向に導かれているならば、人知れず怜は魚のエサに」

「どんな職業の方々ですかね!?」


 一華はモデルとして活躍をしているし、ご両親も漠然とお金を持った人だってのは知っている。

 いくらお金があろうとも痕跡も残さずに魚のエサに変えることは不可能だろう……その、ノウハウがなければ。

 常日頃から商売敵を消すことに手慣れていなければ、日本は法治国家であるから必ず足がつく……ついてくれると信じているよ、せめてお墓には入りたい。


「冗談だ。いくらお金や権力があっても気に入らない人間を消していたら必ず報いは受ける。父母からはそういう教育を受けているから」

「人知れず消えていたら星を見て? あそこに私がいるから」

「消えない消えない」


 一華は今の台詞のお詫びで甘いものを注文した――きっと割り勘では満たされないものを感じたんだろう。


「今まで私はリスペクトという言葉は知っていたが、したことはあまりなかった」

「そうなんだ。まあ確かに、一華はいっぱい色んなものを持っているから……私みたいに、やばっ、何とかして賄わないとそっぽ向かれちゃう! とか無さそう」

「怜と過ごしていて、人が持っているものを自分が持っていると思っていただけなのだと知ったよ」


 んまんま、と顎の落ちそうな甘さの可食部を頂いていると、思わず首を傾げそうな台詞が耳に届いた。

 世の中には完璧な人なんていないだろうし、万人から好かれる人もいないと思うし、けれども完璧かつ好かれる可能性が高い人はいると思う。


 神岸一華はその可能性の高い人で、足りないところはあるのかもだけど、欠点を補う魅力を携えている女の子だ。 


「……その持っていないものがあなたの魅力だとしても、一華はそれを追い求めるの?」

「キミに好かれるためならば」

「私に好かれても99%の人間にないわーって言われそうな欠点でも?」

「人を好きになるというのはそういうことじゃないか?」

「そう……なのかな……?」


 例えば今後、私が一華を本気になって愛したとして、彼女に好かれるための努力の最中に家族からそっぽ向かれるような問題を起こしたとする。

 極端に言えば一華には好評だけども、他のすべての人間が眉をひそめる……あるいは、嫌われてしまう行動をしたとする。


 誰かを好きになるのは誰かから嫌われる可能性を孕むのは、とことん個人主義でも無い限りは誰しも知っているはずだ。


「やっぱダメ、私に好意を抱いた結果、万人から嫌われるなんて私が耐えられない」

「はは、やはりキミはそういう子だ」

「え?」

「いいかい? 私は結構完璧に片足突っ込んでいるからよく分かるんだが、引け目を感じずにズバズバダメなことを指摘するのはキミの才能だよ」

「単に性格が悪いだけなんじゃ……」

「ただ好きでいて貰いたいが為に踏み込んだことを言わないでいる。それは本当に友情か?」

「……な、波風立たない関係性も素敵だと思います」

「だが、キミはダメだと言う。例え自分が嫌われようとも……今すぐホテルに行って抱いて良いか?」

「そんな誘いで応じると思ってんの?」


 ものすごくムーディーなシチュエーションで誘われてもムリだと言うのに、発情したから唐突に抱いても良いかなんて新婚家庭でギリ許される行動ですよ?

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