チェレステに紫。

猫野 尻尾

第1話:僕のお気に入りのふたつ。

一話完結です。


僕は今年大学進学のため田舎から上京して来た。


名前は「蒼 京紫郎あおい けいしろう」歳は19才。


新しい生活に期待と不安を抱きながら上京してきたけど僕は基本、料理も

できないし掃除や洗濯も田舎の母親まかせだったから、ひとり生活になって

すべて、いちからやってかなきゃいけなくなった。


幸いにも俺の家は、まあまあ裕福な家庭だからバイトとかしなくても親の仕送り

だけで生活に困ることはなかった。


あとは本当・・・ご飯だけだよね。


覚えるって言ってもな〜、大学の自転車サークルに入ったから練習しなきゃ

いけないし・・・。

料理学校になんか通う時間ないから・・・ 差し込むスキはない。


俺は大学に入学してすぐに自転車サークルに入部した。

高校時代から自転車「ロードバイク」が好きだったから・・・理由はそれだけ。


ちなみに俺の愛車はビアンキってイタリアの最古のメーカーで、俺はビアンキの

「チェレステ」ってファクトリーカラーが気に入っている。

わずかに緑がかった水色で、イタリア語で「天空」を意味する。


余談だけど、このチェレステって色の由来はミラノ・ブルーと呼ばれてて、

先代のイタリアのマルゲリータ王妃の目の色からもらったという説があるんだそう。


この「チェレステ」って色はビアンキにしかない色・・・俺のお気に入りのひとつ。


さて・・・いくら料理ができないからと言っても朝ごはんくらいはなんとか

なるわけで・・・、

トーストにバター、ベーコン、スクランブルエッグにコーヒー、それでいい。


昼は学食があるからな・・・問題は晩ご飯だけか・・・。


そこで俺は閃いた。

今時だから家事代行とか頼めばいいんじゃないかって。


で、調べてみたらあったね、いっぱい出てくるじゃないか・・・。

で俺のマンションからそう遠くない代行サービス・・・・あった。


「ハートフル」・・・ここだ。


《日常のお掃除をはじめ、お料理、買い物、洗濯、アイロン掛け等の家事全般を

お客様のご要望にあわせて時間制でオーダーメイドで承ります》

《満足度96.5%なので任せて安心・・・》


って書いてあるじゃん。


一日だけ来てもらっても意味ないから、定期プランってのを選んだ。

それなら毎晩、美味い料理を作りに来てもらえる。

だから、掃除洗濯は自分でする。


俺の場合は毎日夕方、晩ご飯作ってもらうだけ・・・。


2,950円 × 2時間 + 消費税。


まあ高いっちゃ〜高いけど、そのくらいなら出せる・・・なんせ親が金持ちだから。

これだな。

そう思った俺は早速「ハートフル」に会員登録した。


来週、初めからお伺いしますってことで契約成立。


そして月曜日、大学で真面目に講義を受けて、サークル活動で自転車をしゃかりきに

漕いで、ヘトヘトでビアンキに乗ってマンションへ帰ってきた。


そのままベッドにダイブして、寝てやろうかって思ったけど腹減ってるし・・・。

あ、そういえば今日から、代行さん来てくれるんだよな。


「今、何時だ?」


そう思ってスマホを見た。

「あ〜そろそろ五時か・・・代行さんもう来てもよさそうだけど、遅いよな」


なにか冷蔵庫の余り物で腹ごしらえでもしようかなって思って台所に行ったら

ドアホンが鳴った。


あ、代行さんが晩飯作りに来てくれたんだと思って、俺は急いで玄関に行って

ドアを開けた。


そしたら・・・


「すいません、遅くなりました・・・私ハートフルから来ました「水無瀬 紫みなせ むらさきと申します・・・よろしくお願いします 」


そう言って代行さんはペコリと頭を下げた。

で、頭を上げた彼女を、ちゃんと見た僕は固まった。


俺はてっきり俺より年上の中年の女性かおばちゃんが来るもんだと思い込んでた 。

でも違ってた ・・・。


俺のマンションを訪ねてきた代行さんは、どう見ても俺と同い歳か歳下。

女子高生にしか見えないってくらい若い女の子だった」


「みなせ?・・・むらさき・・・?」


彼女は肩から下げた小ぶりのショルダーから自分の名刺を取り出して俺に渡した。


水無瀬 紫みなせ むらさき


紫ちゃんか・・・。


改めて、それが彼女の名前。


紫?・・・俺の名前の中にも紫って字が入ってる。

こんな偶然はあるんだって思った。

それでなんだろうか・・・運命的なものを感じたんだ。


俺はもう一度、水無瀬みなせさんを見た。


髪は茶髪のショートで、見るからに快活そう。

愛想笑いだろうが笑顔がすこぶる可愛くて、ちらっと見える両の八重歯が

これまた可愛い。


まあ女子高生ってことはないんだろうけど・・・。


「君、若そうだけど・・・ほんとに家事代行さん?」


「そうですけど・・・私じゃ、なにか支障がおありでしょうか?」


「あ〜いや、そんな意味じゃなくて・・・」

「僕はもっとこう家事代行って言うから中年のおばさんが来るのかなって

思ってたから・・・」


「ベテランさんのほうがよかったですか?」


「だから、君が嫌だとかダメとかって言ってるんじゃなくて・・・むしろ逆かも」


「逆?」


「あ、いいです、いいです・・・どうぞ中に入ってください」


「私でいいんでしょうか?」


「いいんだって・・・おばちゃんなんかよりずっといいんだってば」


僕は彼女に聞こえないようボソッと言った。


「え?」


「なんでもないです、どうぞ入ってください・・・話の続きは中で」


若い男の部屋に初対面の若い女がなんの抵抗もなく入っていった。

それはただ仕事だからと割り切った繋がりに他ならない。


近隣住民の主婦が見てたら、紫ちゃんは「蒼 京紫郎あおいけいしろう」の彼女だって思われたかもしれない。


これはなにかの間違いじゃないのかって僕は思った。


「あの・・・お腹お空きになったでしょ・・・お宅にお伺いする前にスーパーに

寄って食材買ってきましたから」

「すぐに支度しますからね・・・」


「ありがとう・・・お願いします」

「こんなこと聞いて気を悪くしないで欲しいんだけど・・・君、料理できるの?」


「大丈夫ですよ・・・私、母子家庭で育ちましたから普段から料理してました

から、得意なんです」


「あ〜そうなんだ・・・ごめんね、プライベートなこと聞いて」


「いいんですよ」


「でさ、また聞くけど・・・君って今何才?、ずいぶん若そうだけど」


「18です、今年高校卒業したてのホヤホヤです」


「そうなんだ・・・卒業してすぐ家事代行?」


「そうですよ・・・働かなきゃいけないんで・・・」


「あ、あのさ・・・あの〜・・・知らない人の部屋にお邪魔するのって抵抗

ない・・・怖くない?」

「君みたいに若い子が、とくに僕みたいに独り者の男の部屋なんて・・・」


「ご心配なく、私これでも学生時代、空手やってて国体で優勝してますから」

「私になにかしようとしたら病院のお世話になりますよ」


「あ、いやとんでもない・・・なにかって、なにもしないよ」

「下世話な質問してごめんね」


「え〜〜〜〜まじか?・・・返り討ちかよ・・・」


「なんです?」


「ああ、なんでもないです・・・」


(聞いた俺がバカだった)


「気にしないで、どうぞ料理続けてください」


「蒼さん、素敵なマンションにお住まいですね」


「ありがとう・・・でもこのマンションも親のスネかじってるんだけどね」

「あのさ、これから夕方、毎日晩ご飯、君が作りに来てくれるの?」


「はい・・・それがお仕事ですから・・・」

「頑張りますから改めてよろしくお願いしますね」


「こちらこそ、お世話になります・・・紫さん」

「あ、水無瀬さん」


「紫でいいですよ」


「そう言えば蒼さんのお名前にも私と同じ紫って文字が入ってますよね」

京紫郎けいしろう・・・紫入ってるでしょ」


「私、なんか運命感じます」


え〜?運命って・・・ドキッとする言葉。


そう言って彼女は髪をかきあげながら僕を見ると、とってもナチュラルな表情で

微笑んだ・・・

眩しかった・・・彼女が、とても眩しかったんだ。

それはまるでチェレステ・・・天空に輝く水色のように・・・。


少なくとも僕にはそう見えて、わずかな期待ときめきを覚えた。


《私、なんか運命感じます》


その言葉に深い意味はあるんだろうか?・・・今夜、僕にとってお気に入りが

ひとつ増えた。

ひとつはもちろんチェレステ、そしてもうひとつは紫・・・。


それが俺と紫ちゃんの運命のはじまりだった。


おしまい。

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