第5話 災厄は馬車に揺られて修羅地へ向かう
スカートの裾を持ってガウンを引きずらないようにしながら、玄関を抜け、馬車へむかう。
「姫様。行ってらしゃいませ」
マーサが、頭を下げて送りだしてくれた。
「今宵は殿下とのダンスを楽しんで来る。後で自慢話でも聞いてくれるか?」
「はい、孫への自慢話になります。ぜひお聞かせください」
お互い、和かに話をする。
しかし、お互い顔を近づけて、
「御館様へは、託けを既に送ってあります」
そう告げてくると封蝋のされた手紙を渡された。手配をしていた招待状。中身は開封して見てある。受け取り、腰のポケットへ。
「さすが、マーサだ。段取りに抜かりなしだね」
一気に剣呑な話になっていく。
「姫様も、お怪我などなされませんよう」
「わかったよ。殿下にも指一本触らせないからね」
コーチィの扉が開けられていて、登り口にタラップが置かれている。少しだけヒールのあるシューズでそれを登り、キャリッジのコーチィへと潜り込んでいく。
中は女性や子供なら、なんとか立てるぐらいの高さがあり、前後に3人が対面に座れるクッション付きシートが備え付けられていた。
私は、腰を下ろしシートに横に寝そべった。私の後に殿下もタラップを登ってきて、対面シートに座る。
「殿下、すみません。寝そべる姿など、だらしなく写られますでしょうが、これがドレスを着た時に一番楽になるものなんです」
バッスルやパニエで後に横へと広げられたスカートは中子のせいで座るのも大変なんだ。屋敷の大広間とか廊下にある長椅子があるのは、女性のためでもあるんだね。
あー、少しは寛げるよ。
「姉上、閉めますよ」
アデルがコーチィの扉を閉めた。するとコーチィの中が花の香りに溢れた。
私に振り掛けられるなり、滲み込ませた花のエッセンスの香りに咽せてしまう。
「もの凄い香りだったね。酔ってしまいそうになったよ」
殿下は、目を蕩けさせて抗議してきた。目元が、うっすらと染まっていて、艶っぽい。
ドキンっ
私は殿下の色気に酔いそうです。
これは堪らんと私はガウンとペチコートの間のポケットへ手を入れる。そこから白いレース生地のものを出して展開させた。指先から肘ぐらいまでの長さがある大きなパーティファンなんだね。レース網されているけど糸は聖魔力の籠ったクリスタル糸が使われている。
私は窓を開けてバサバサとファンで扇いで香りを外に逃した。それでも香りが残ってしまう。
「インベント・ケーラ<オドォル>」
魔法で一時的に香りを封じた。なんとか香りも治まったので私はファンをポケットにしまい、御者台へ移ったアデルに出立を催促する。
「じゃあ、出してもらえる。行き先はハロルド公爵邸。頼むわよ」
「へいへい」
アデルは手綱を鳴らし、カート馬車を発進させた。彼は、これから殿下と私の従僕の役割を担ってもらうんだ。
意識をコーチィの中に戻すと、殿下が私をちらっ、ちらっと覗き見てる。口元も開いては閉じ、又、開いてと落ち着かない。
「ゾフィー殿、貴女は………」
コーチィの中には殿下と私だけ、何を言わんかは想像に片腕くない。だから、語気を強めだしに話をして、殿下の喋りに上書きをする。
「殿下! これを見てもらえる」
私はガウンペチコートのスリットに手を入れると、そこから封蝋のされていた手紙を取り出す。
「これは、ハロルド卿マクミラン様が一族郎党にまで配った招待状です」
私は、手紙を指先に挟んでクルクルっと表 裏と返しながら話を続ける。
「本日、ハロルド公爵邸、大広間にてパーティを行うとあります」
さらには、各自、マスクを持参せよと書かれていた。
「殿下を襲う指示をしながら、片方で一族に参集も指示をする。勘繰ってくれっ言ってるようなものなんです」
「どういうことなのか」
そういう王子の顔に怯えが見えるよ。
「こういうことですよ。昨晩、殿下が亡きものにされる」
私はサムアップした指を首に向けて横にずらした。首を欠いた仕草だね。
「ヒィ」
殿下は息を引く。
「その首級をもってきた手駒の近衛を敵討と称して殺す。ハロルド卿マクミランは忠義者として自分の孫を継承権一位に推挙してもらう。晴れて自分は外戚として権力と権益を握る。こんなとこでしょう」
殿下は慄き、顔に影がさす。
「まさか、そんなことが起きているなんて」
私は、片方の口角を上げて、
「王侯貴族の間なら、このぐらいの話なんか掃いて捨てるほどありますよ。自分のことの為なら他人の足を引っ張るなんて常にあること。気を許したらあっという間に、この世から、いなくなります」
あまりにも、剣呑な話に殿下は言葉が出ない。
キャリッジにはサスペンションがあるおかげで、下からの突き上げも感じないし、車輪の転がる音も小さい。細かい揺れがあるぐらいだった。カラカラと音が聞こえている。
「殿下、ポールダンスの、お勉強はされていますか」
徐に私は聞いてみる。
殿下の肩が揺れた。彼の意識が私に向いた。
「唐突ですね…。いいでしょう。私が物心ついた頃から練習させられていますから、それなりに」
彼が苦笑する。
「講師の方々には、まだ未だと嗜められていますよ。練習しろとか、ご婦人方の気持ちを考えろとか」
私はシニカルに笑う。
「それは僥倖。よろしい。今宵の舞踊会で踊る事もあるでしょう。それで、殿下。お願いがあります」
「一体なんだい」
殿下は何かされるんじゃないかと警戒するけど、
「いやぁ、なんともはやなんですが、私、ダンス苦手なんです。見ていてわかると思うんですけど、ガサツでしかも剣呑な世界にいたんです。縁がないってほとんど練習してないんですよね」
内情をバラして恥ずかしい気持ちもあり、早口になり、くっちゃべる量も多くなってしまう。
「是非とも殿下に教えを乞おうかと、没落貴族の令嬢如きのお話でありますが聞いていただけないものかと存じます」
どうにもいけない。
ああいう貴族社会に慣れないせいか、殿上人との会話なんてわからん。適当に並べてしまう。殿下に中身が伝わると良いとだけどなあ。
「言葉は、あれですか」
殿下、あれって何? あれって、
「いいでしょう。なんとなくニュアンスで分かりました」
殿下は狭いコーチィの中で立ち上がり、ボーイング・スクラップピング 右足を引き私にお辞儀をした。王族が頭を下げるんだよ。
私の頬に血が上る。殿下は左腕を水平にして腹部に上げ、右手は優雅に外へ伸ばしていく。
「私で、よろしければ、一曲、ご指南を」
若くても王族、その物言いに背中がゾクゾクとしてしまう。
私も右足を引き、腰をおとし、ガウンを軽くつまみ上げる。顎は軽く引く程度。カーテシーで返礼をした。
「ご機嫌宜しゅう」
そして私は殿下に手を差し出す。殿下は、その手を掴むと口付けをするふりをする。
ほんのちょっとの躊躇の後、再び首を垂れて私の指にキスをしてくれた。
私は舞い上がったんだと思うよ。左手で口元を隠し、真っ赤な顔で、キョロキョロと狼狽える。誰も見てないはずなのに。
「殿下、お戯が過ぎます。いけない事を妄想してしまいじゃありませんか」
今度は、殿下がシニカルに笑った、
「どういう風に捉えようて構いせん。ご随意に」
えぇー。ずるいよ。乙女心を弄びやがって。あんた、本当に私より年下かい? ことが終わったら、仕返ししちゃる。
コーチィの中っていう狭い空間なのだけれども、私は殿下に手を取ってもらい立ち上がる。
殿下との間のパーソナルスペースが取れない。キネスフィアも削られる。体をくっつけるしかない。
そのまま、殿下は左手を上げる。そしてそこへ私は手を重ねた。
「レディ、いかがですか? 御手を取りましょう」
殿下が私の左脇から手を通して肩甲骨に手をおく。
私はといえば殿下の右肩に手を置いて組んでいく。
これで本当なら私は頭を後ろにそらさないいけないのだけれど、そんなことすれば狭いコーチィの中、頭を強打してしまう。
だから振りをする。足を出したつもり、手で抱えたつもり、腰をコンタクトさせたりつもり。ターンだけはなんとかなりそうなんで、狭い中を、くるくると回っていく。
「ワンツー・スリー。ツゥツースリー、スリーツスリー」
お互いリズムをとって、肩甲骨を支えて腰で押したりしてワルツを踊っていく。
馬がポクポクと蹄を鳴らし、車輪をカラカラと鳴らしながらコーチィは貴族街の道路を進んでいった。
しばらくして見上げるほどの高いアイアンワークスの柵がきれて、玄関となる。そこへ馬車は入って行った。両側の垣根が流れて見える。辺りを照らす魔法ランプ灯も窓の外を流れて行った。
「止まれ、止まれえ。本日はハロルド公爵主催の舞踊会。招待状を見せらせませ」
外から衛士の声が聞こえて馬車が止まる。
私はドレスのポケットから封筒を取り出す。封蝋をされ公爵様のスタンプがなされているものだ。明かり取りの仕切りを開けて、御者台にいるアデルに手紙を渡した。
「書状をみせられぃ」
中身を確認するようでアデルは私から受け取った封筒を衛士に渡す。中身を確認されて、
「本日は、よう お越しいただいた。馬車から降りられてレセプションルームまで行かれますよう、おねがいします」
オラニエ卿から授けられた書状は本物だったようで入館が許された。
そしてコーチィの扉が開いた。
「さあ、阿鼻叫喚の夜の始まりだよー」
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