第33話 とあるランク詐欺探索者の苦悩
まつもとペットフードとスポンサー契約を結んだ次の日は、迷宮協会からのお伝え事項があるとのことで、俺はいつものさいたま市支部に足を運んでいた。
そこではBランク探索者への昇格を言い渡された後、臨時特別報酬や米軍からの感謝の品などが渡された。
米軍からの感謝の品は感謝状の他に、オメガフォースのチャレンジコインというものもあった。
なんでもチャレンジコインというのは軍の部隊同士が合同訓練や合同作戦の際、「互いを認め合う証」として交換するものだそうで、一般人は通常どんなに金を積んでも手に入れられないものなのだとか。
記念にしては凄すぎる物を手に入れた俺は、支部長に「相変わらず1功績あたり1ランクしか上げられず誠に申し訳ない」と謎に謝られながら協会支部を後にすることとなった。
ちなみに記念といえば、俺はダンジョン破壊の際に手に入った巨大黄金カプセルについては売らずに自分で取っておくことに決めた。
特にお金に困る状況でない以上は、売るよりも思い出の品として手元に置いといた方が良いんじゃないかって気がしたからだ。
迷宮協会を出るともう昼になっていたが、ちょうど近くのドームでプロ野球の試合が始まるところだったので、ついでに観戦してから家に帰ることにした。
そして、帰宅して一息ついていた時のこと。
「ん? 着信か……」
俺のスマホに、ネルさんから電話がかかってきていた。
「もしもし、哲也です。どうしました?」
「急にごめんなさい。ちょっと今、一個聞きたいことがありまして……時間大丈夫ですか?」
……聞きたいことって、どうしたんだろうか。
「はい、大丈夫ですけど……」
とりあえず用件を聞いてみることにしたところ、ネルさんは思いもよらぬことを言いだした。
「実は今、私の事務所の後輩が深刻な悩みを抱えてまして。哲也さんとタマちゃんに相談したいらしいのですが、哲也さんちの住所教えて大丈夫ですか?」
「……えぇ?」
いやいやいや。
ネルさんの事務所の後輩ってことは……その子もアイドルなんだよな。
そんな子の深刻な悩みだなんて、到底的確なアドバイスなどできる気がしないんだが、どうしたらいいのだろうか。
「えと……別に構わないっちゃ構わないですが、お力になれる保証は全く無いですよ?」
「大丈夫です! 後輩の中には既に、タマちゃんの力を借りれば問題を解決できる完璧なプランがあるらしいので。言われる通りにするだけで大丈夫かと!」
うーん、それならまあ大丈夫か。
「分かりました。じゃあどうぞ」
「ありがとうございます! それじゃまた今度、一緒に危険度Bのダンジョンでも行きましょ」
承諾すると、ネルさんはそう言って電話を切った。
……っておい。
今ネルさん、当然のように俺がBランクに上がってる前提で次の予定を立てただろ。
俺昇格についてなんも言ってないのに。
◇◇◇【side:海の女神ナミ】
「ど〜も〜! 『大海原を司るピ ッ チ ピ チ の J K』、海の女神ナミで〜す!」
哲也がプロ野球の観戦をしていた時のこと。
練馬区の危険度Eダンジョンにて、一人の少女が生配信を開始していた。
彼女の名前は
旋律のネルと同じ事務所に所属するアイドルで、「海の女神ナミ」という芸名を名乗り活動している。
「さあ〜、今日もこのJKの若き生命力で無双しますわよ〜」
しきりに女子高生であることを強調する彼女は……実のところ、本物の高校生ではない。
その実年齢はなんと32歳だ。
アラサーがJKを名乗るなど、普通であればどう足掻いても無理があるものだが、彼女にはそれを可能にする一つの秘密があった。
それは、彼女が天才錬金術師であるということだ。
アイドルとしては表向きDランク探索者として活動している彼女だが、実際に迷宮協会で登録されている「倭寇 美波」としての彼女のランクはA。
あのアイドル配信者界最強とされる旋律のネルよりも、探索者としての実力は上なのだ。
そんな彼女はその固有能力を活かし、「飲んだ者の強さに応じて外見年齢が下がるポーション」を秘密裏に錬成し、配信の度に飲んでいた。
彼女の場合、このポーションを飲むと見た目が15歳若返るので、ちょうどJKとして活動することができるのだ。
そのブランディングは割と上手く行っていて、彼女は130万人を超える登録者を持つ大物配信者にまで成長していた。
もっとも――。
「アタシの手にかかればどんなモンスターだってイチコロだっちゅーの♥」
:だっちゅーのww
:古いww
:ほんまにJKか……?
「あんたら女性の年齢を疑うなんて失礼でしょーがッ!」
……とても今の女子高生の世代とは思えない発言により、多少
そんな彼女の前に、まずは一匹目のモンスターが姿を現した。
出てきたのは、天使ヒキガエルという頭に光る輪っかのついた全長70センチほどのカエル型モンスター。
「それっ、高圧海水槍!」
彼女は指先から濃度3.5%の食塩水を高圧で飛ばし、カエルの脳天を貫いた。
ちなみに彼女は攻撃の前に技名を唱えているが、実際にそういうスキルがあるわけではなく、ただ単に錬金術で錬成した海水を飛ばしつつそれっぽい技名を叫んでいるだけである。
実際は高位の錬金術師であることがバレるわけにはいかないので、何とか「海の女神」というコンセプトに合いそうな技名をこじつけるようにしているのだ。
「くらえ! イオン交換――ナトリウムスプラッシュ!」
続いて現れたスライム型のモンスターには、物理攻撃だと効きにくいので高濃度の水酸化ナトリウム水溶液を錬成してぶっかけた。
:これほんま草
:海の女神のやることか……?
:確かに海水には塩化ナトリウムが含まれてる……けどね?
:もはや毒撃なんよ
「こらぁ! みんな文句言わないのッ!」
リスナーからはこれが「海の女神」にふさわしい技か半分疑問視されているが、どうやらここはゴリ押すらしい。
そんなこんなで、しばらくは順調に探索できていた彼女だったが……半分くらいダンジョンを攻略したところで、突如としてアクシデントが起こってしまった。
「え……何あれ……」
彼女の目の前に現れたのは、イビルワイバーンという本来であれば危険度Bダンジョン深層でしか出くわすはずのないモンスターだった。
ニンジャゴブリンと違いワープ能力は持たないので、ここにコイツがいる理由は突然変異か、あるいは危険度変化の予兆であるかの二択しかない。
幸いなことに彼女はAランク探索者なので、イビルワイバーン自体は自力で対処可能だ。
しかし彼女には、イビルワイバーンを自力で倒してしまっては、表向きDランク探索者として活動していることとの辻褄が合わなくなってしまうという問題があった。
「どうしよ……」
少し悩んだ末――彼女はいざという時のためにあらかじめ作っていたポーションを一つ取り出し、この場を乗り切ることに決めた。
彼女は金属製の急須のような容器にそのポーションを注ぐと、蓋をしてから急須の横をゆっくりとこする。
「いでよ――マジン・ザ・ランプ!」
彼女がそう唱えると、急須の注ぎ口から半透明の巨大かつ筋肉ムキムキの魔神が出現し……右手で握りこぶしを作り、イビルワイバーンを思いっきり地面に殴りつけた。
殴りつけられた地面にはクレーターが形成され……即死級の一撃を食らったイビルワイバーンは、そのままカプセルにへと姿を変えてしまった。
「……よし」
一件落着と思った彼女。
しかし……コメント欄を見て、彼女は真っ青に青ざめることとなってしまった。
:は……?
:マジン・ザ・ランプ……だと?
:なんでナミちゃんがそれ使えるんだ
:あれって作った錬金術師本人しか起動できないポーションだったよな?
:しかも作るのもめっちゃ難かったはず
「ああっ……!」
そう――彼女は忘れていたのだ。
マジン・ザ・ランプが、調合者本人以外には使えないという制約がかかったポーションだったことを。
「たまたまもらってた超強力ポーションのおかげで助かった」と偶然を装うつもりだった彼女の筋書きは、完全に崩れ去ってしまった。
(ま、まずい……私に錬金術の才能があることがバレれば、若返り薬を作ってることも詮索されるかも……!)
アイドルとしてのアイデンティティが崩れかける失態に、彼女は頭が真っ白になった。
「ち……違うんだからねッ! これは……なんか違う奇跡なんだからッ!」
彼女はグッダグダな言い訳をし、逃げるように配信を切った。
(ど、どうしよ……)
それからしばらく、頭を抱えてうずくまる彼女。
(……あっ! そうだ、ネル先輩の友達の猫ちゃんにアリバイを作ってもらえば……!)
必死に考えた彼女は、ふと「育ちすぎたタマ」という何でも真似できる凄い猫の存在を思い出し……錬金術のいくつかを伝授して、今回の件の整合性を取ることに決めたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます