第32話 いろいろあった結果
ニュージャージー出発後、メジャーの試合を観戦した俺は、お気にのチームのボルチモア・メッツが勝利してウキウキになったテンションで夏メテオ動画を編集し、ゲラゲラ動画にアップした。
その後はすぐに寝て、次の日はせっかくアメリカまで来て即帰国するのももったいないと思い、一日旅行してから帰ることにした。
行った場所は、グランドキャニオン。
通常であれば人が立ち入れない場所にもむ〜とふぉるむのタマが連れてってくれたおかげで、俺は様々な角度から絶景を堪能することができた。
そして更にその翌日、帰国して家でスマホを確認していると。
「おお……⁉」
登録者数がとんでもないことになっていて、俺は画面を二度見してしまった。
おいおいおいおいおい。
登録者数557万って、なんじゃこりゃ。
いくら海外勢でバズったとしても、たった一日二日でこんなにまで伸びるもんか……?
確かに、一昨日水原さんと撮ったダンジョン攻略動画は既に再生数800万を超えている。
ニュージャージーでのダンジョン破壊動画に至っては、再生数4000万超えだ。
しかし……アナリティクスを見る限り、水原さんとの動画を機にチャンネル登録してくれたのは約70万人、ダンジョン破壊動画を機にチャンネル登録してくれたのは約160万人とのことで、元々の登録者と合算してもだいたい430万人程度にしかならないのだ。
これでは計算が合わない。
残りの127万人は、いったいどこから来たというのか。
「あ……」
そこで俺は、オメガフォースのリッチー隊長が別れ際に言っていた言葉を思い出した。
まさか……あの人本当に親戚がロックスターで、親戚に頼んだら曲を作ってくれたとでも言うのだろうか?
ゲラゲラ動画アプリのトップ画面に戻り、ジャンル選択を「ニュース」に絞る。
すると……いきなりトップにこんな速報動画が表示された。
『殿堂入りロックバンド”フランシス”、地元に颯爽と現れ災害から人々を救った猫に感謝を送る』
「え……えええええ⁉」
俺はあまりの驚きで声がひっくり返ってしまった。
マジかよ。
「フランシス」て、累計アルバム売上枚数1億2000万枚のレジェンドメタルバンドじゃねえか。
確かにリッチー隊長、「世界的なロックスター」とは言ってたが……いくらなんでもここまでの大物とは思わないじゃんよ。
このバンド、1980年代デビューのバンドだけど、新しい音楽ストリーミングアプリでも10億再生以上されてたり、日本人NBA選手がお茶のCMやる時に曲が使われたりとまだまだ絶大な影響力持ってるもんなあ……。
そりゃそんな方々から直々にお礼なんてされたら、127万人追加で登録者が増えたりもするか。
ちょっと本人たちのチャンネルでも覗いてみよう。
「フランシス」の公式ゲラゲラ動画チャンネルを見てみると……タイミングのいいことに、ちょうど新曲「ウィー・オールウェイズ・ラヴ・ユー、タマ」のデモ収録の生配信が行われているところだった。
あまりにも嬉しくて、しばらく俺はその配信を見届けることに。
どうやらこれからボーカルの収録に入るようで……リーダーのジョンが何テイクかメロディーを歌っていたが、高音パートに入ると彼の声はどこか苦しそうだった。
そういえばこの人……昔はあり得ないくらいのハイトーンを力強く伸び伸びと歌ってたんだが、年間何百公演ものツアーを回って喉を酷使し続けるうちに思うように声が出なくなっちゃったんだっけか。
特に直近はコロナの影響もあって、ほとんど声が出ずに歌の大部分が観客任せになってしまっていたみたいな話も聞いたことあるような。
そんな状況にもかかわらず、老体に鞭打ってタマのために新曲を作ってくれていると思うと……なんか申し訳なくなるな。
と思っていると、突如としてタマが「にゃ」と鳴き――次の瞬間、俺のアカウントからこんなコメントが送信された。
『ほい喉のケアにゃ』
……何だ?
と思っていると、次の瞬間タマが右の前足あたりから魔法陣を出現させ……数秒遅れて、画面上ではジョンの喉元がほんわりピンク色に光った。
「ま、まさか……」
そのまさかだった。
次のテイクをジョンが歌い始めると……まるでデビュー当時に戻ったかのような、力強く芯のある美声が鳴り響いたのだ。
「W……What?」
これにはジョンも、他のメンバーもビックリな様子で、口をパクパクさせながら互いに顔を見合わせだした。
驚いたのは視聴者も同じなようで、コメント欄の流れが一気に加速する。
:え……い、今の声は?(訳:タマ)
:”あの頃”のジョンの声が戻ってきた……?(訳:タマ)
:でも何で⁉(訳:タマ)
:さっき「育ちすぎたタマ」ってチャンネルから『ほい喉のケアにゃ』てコメントがあったぞ!(訳:タマ)
:てことは……タマちゃんの治癒魔法?(訳:タマ)
:おいおいおい……ダンジョン破壊だけじゃなくそんなことまでできるのかよ!(訳:タマ)
:タマちゃん! 俺たちのジョンを取り戻してくれて恩に着るぜ!(訳:タマ)
コメントは――「フランシス」のファンたちからタマちゃんへの感謝の声で溢れだした。
マジかよ。
治癒魔法が使えるのは良いとして……こっからアメリカまでどんだけ距離離れてると思ってんだ。
声帯周りの修復とかいう割と高度な治療を、一万キロ以上遠くまで遠隔転送できるとは。
今までにも散々器用なとこは見せられてきたが、これはまた器用さが別ベクトルだな。
こりゃより一層曲の完成が楽しみになってきたな。
次のライブは俺も現地で見たいものだ。
◇
その日の午後。
水原さんから電話があり、「お伝えしたいことがあるので都合の良い時に本社にいらしてください」と言われた俺は、今すぐでも行けると伝え、静岡のまつもとペットフード本社まで足を運んでいた。
「すみません、突然のご連絡にもかかわらずすぐにこちらまでお越しいただいて……」
水原さんに応接室まで案内してもらうと、早速本題の話が始まった。
「まずはこの度は、
「ええ……それほどにまで効果があったんですね」
「はい。一緒に行ったダンジョン配信ももちろんですが、特にダンジョン破壊の動画が大きな反響に結びついたみたいでして。『ダンジョンを吹き飛ばすほど猫が元気になる』というイメージが定着したようで、業界の市場規模が変わるんじゃないかってくらいの発注がかかりつつあるんです」
「へ、へぇ……」
それは果たして大丈夫なのだろうか。
もはやイメージ戦略の域を出過ぎてて、景品表示法とかに引っかからないか不安になってくるぞ。
「それほどまでの反響があったものですから、私どもとしてはダンジョン破壊の動画の再生数分も報酬をお支払いしたいのですが……あれを案件動画扱いにすると、ちょっと各所から怒られる懸念がありそうでして。代わりに次の提案を以て、あの動画の報酬に替えさせていただければと思います」
……水原さんも同じこと思ってたようだ。
「木天蓼さんにはタマちゃんが必要とする量のにゃ〜るの無償提供と、年間2億円のスポンサー料を以てスポンサー契約を結べればと思います。これならあの動画の扱いも曖昧になりますし、弊社としてもそれくらいの広告料であればペイできそうですし。いかがでしょうか……?」
……ん?
なんか今、空耳で変な桁が聞こえた気がするぞ。
「え、えーと……何円とおっしゃいました?」
「二億です。……もしかして、これではご不満ですか?」
空耳ではなかった。
……二億て。それも年あたりとは……あまりにもどえらい金額で、一周回って実感が湧かないんだが。
「不満なんてあろうはずもございません! ぜひお願いします!」
俺は一瞬でその契約に飛びついた。
「ありがとうございます。一点お願いなのですが……契約後は、配信時ににゃ〜るのロゴが入った服を着ていただければと思いますので、その点のみよろしくお願いします。ロゴ以外の部分のデザインは何でもご希望にお応えしますので!」
「着ます、着ますとも!」
しかし……数週間前まで俺の生涯賃金になると思ってた金額が、まさか毎年入ることになってしまおうとはな。
人生大逆転にもほどがあるだろ。
ペットは人を幸せにするというが、ここまでの幸せを運んでくるペットは世界中探してもどこにもいないだろうな。
「タマ……俺の元で生きてくれて、本当にありがとう」
「ごろにゃ〜ん(ごろにゃ〜ん)」
甘い声で鳴くタマの頭を、俺はしばらく撫で続けた。
そして契約書が用意されると、俺はそれに光の速さでサインした。
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