第25話 はじめての企業案件②
次の日の朝。
朝の支度を終えると、俺はタマにまつもとペットフードの本社所在地を地図で見せ、む〜とふぉるむでそこまで連れて行ってもらった。
本社の敷地内の駐車場に着陸すると……そこには既に俺たちを迎えに立っている女性がいて、こちらに気づくなり小走りで駆け寄って来てくれた。
「お初にお目にかかります〜! 貴方がタマちゃんの飼い主の
その女性こそが、昨日ゲラゲラ動画公式越しに連絡をくれた水原さんだった。
「こちらこそ、お初にお目にかかります。飼い主の木天蓼 哲也です。そして」
「にゃ、ごろにゃ〜ん(タマと申しますにゃ。よろしくお願い申し上げますにゃ)」
「わ〜、タマちゃんのテレパシー、私も聞き取れるんですね! 感激です! それになんて丁寧な言葉遣い……流石哲也さんの教育の賜物ですね!」
「えーと……ありがとうございます……?」
うーん、タマが習得したものはどこで習ったのか想像もつかないものが多すぎて、俺の教育の成果かと言われればかなり微妙すぎる気もするが。
しかし社交辞令かもしれないものをいちいち訂正するのも感じ悪いかと思ったので、特に否定はしないでおいた。
「って、こんなところで話すものではありませんね。応接室へご案内しますので、ついていらしてください」
水原さんはハッとしたようにそう言うと、本社の建物に向かって歩き始めた。
俺たちは案内されるがままについて行った。
◇
「えー、それでは改めまして……本日はお忙しい中、わざわざ関東から遠路はるばるこのようなところまでお越しいただきありがとうございました!」
応接室に到着すると、水原さんはそう言いつつ俺の前に和菓子とお茶を置いてくれた。
「えーと……ちょっと待っててくださいね!」
そして一瞬応接室を出ていったかと思うと…………今度はなんと、大皿と一斗缶に入ったにゃ〜るを抱えて部屋に戻ってきた。
「私たちが話している間、タマちゃんは退屈でしょうから……せっかくなので、こちらでもご賞味いただければと!」
水原さんは床に大皿を置くと、一斗缶の蓋を開け、中身のにゃ〜るを皿に流し込み始めた。
すっげ……見たことないぞ一斗缶に入ったにゃ〜るなんて。
流石本社ってだけはあるな。おそらくこのためだけに、個包装する前の原液を取り分けて持ってきてくれたのだろう。
「にゃ〜ん!!(すっごい量のごちそうにゃ! これぞまさしく天国にゃ!)」
圧巻の量のにゃ〜るを見て……タマは缶の中身が出終わるのが待ち切れないと言わんばかりに首をふりふりさせだした。
天国か……そりゃ間違いないだろうな。
こんなどえらい量の大好物を目の前に持ってこられちゃ。
もっとも、これがタマではなく普通の猫だった場合、致死量以上の塩分を接種して天国が比喩でなくなってしまうところだろうが。
「にゃにゃ! (腎臓の因果律を操作にゃ!)」
大好物を心ゆくまで堪能するのも才能ってわけか。
この様子は撮影しておこう。
そして後で編集して、チピチピチャパチャパの音源でもつけてゲラゲラ動画のショートに投稿しよう。
ある程度の尺が撮影できたら、俺たちは俺たちで本題の打ち合わせに入ることに。
水原さんは俺の目の前に資料を起きつつ、説明を開始した。
「まずは今回の案件動画のコンセプトについてですが……弊社では、海外向けに主力商品
水原さんの説明は、案件動画の方針の話から始まった。
「そもそも木天蓼さん、弊社から企業案件の打診が届いた際、こう疑問に思いませんでしたか? 『なぜPR動画配信の案件の依頼が、国際事業部に人間から届くのか』と」
「あ、確かに」
そういえば……そこまで気にしていなかったが、言われてみれば変だよな。
こういう時は普通、広報部とか事業企画部とか、そういった類の部署からコンタクトがあるはずだ。
なぜそれらの部署を差し置いて国際事業部から連絡が来たのか、その理由が撮りたい動画の内容にあるってわけか。
「理由は二つあるんですね。一つ目は、動画の内容を『木天蓼さんとタマちゃんのダンジョン攻略模様を、弊社にて英語に通訳してお届けしたい』というもの。そしてもう一つは……弊社の中で唯一、私が探索者の資格も持っているからです」
「え……そうなんですね」
意外な申告に、俺は少し驚いた。
こんな普通に企業で会社員をやってる人に、探索者資格を持つ人がいるとは。
あ、でも某社には基地局に魔法を転送できる役員とかいうイミフな役員もいるくらいだし……そんなに珍しい話ではないのか?
いや、やっぱ珍しいっちゃ珍しいんだろうな。この人も「社内で唯一」と言ってるくらいだし。
「ま、大学生の時に多少バイト代わりにやってたってくらいで、大して強いわけでもないんですけどね。それでも一応Cランクではあるので、現時点で木天蓼さんが入れるダンジョンにはだいたいお供できると思います!」
「なるほど」
しかも、(本人は大したことないと言うが)意外とガチ勢だった。
Cってことは、その気になれば一応専業探索者でも食ってけるレベルじゃないか。
それでもあえてこの会社で働き続けてるってことは、まつもとペットフード、たぶん結構なホワイト企業なんだな。羨ましい限りだ。
って……今、「お供する」って言った⁉
「というわけで……今回は、私が配信に同行させていただき、木天蓼さんとタマちゃんのやり取りを同時通訳させていただければと思います。またその途中で、タマちゃんが戦闘をこなすとご褒美としてにゃ〜るをあげて、その反応も撮らせていただければと考えております。その際に使用するにゃ〜るは、来月販売開始予定の新商品、『
俺の反応がワンテンポ遅れている間にも、水原さんからはそんな提案があった。
「良いと思います」
タマの大好物の試供品をいち早く食べさせることができるなんて、飼い主冥利に尽きる提案だ。
普通に最高な提案だったので、俺はそのまま二つ返事で承諾することに。
「ありがとうございます! それでは条件面のお話に移らせていただきますが、今回の報酬は、案件動画の配信後一ヶ月の総再生数×4円をお支払いさせていただければと考えております。こちらでご不満はございませんでしょうか?」
「いえ、問題ございません」
企業案件を受けることになって、一応昨日報酬の相場がどれくらいなのかを調べておいたのだが、どんなサイトにもだいたい「1再生数あたり1.5〜3円が相場」と書いてあった。
それを考えると、1再生数あたり4円というのは破格のお値段だ。
俺はこれも二つ返事でOKした。
「良かったです! 今回の動画の伸びによっては、単発の企業案件のみならず継続的にスポンサーをやらせていただくことも視野に入れておりますので、是非ともぐいぐいと再生数を伸ばしていただければ幸いです〜。それでは契約書をお渡ししますので、心ゆくまでご確認の上サインをお願いしますね」
こうして、打ち合わせはトントン拍子に進んだ。
契約書を隅々まで読み、問題ないことを確認の上署名と捺印をすると、具体的な撮影日時が今日の夕方からに決まった。
そしてその時が近づくと、市の郊外にある最寄りの危険度Cダンジョンに向かうこととなった。
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