第23話 新たな人生への歩み

 翌々日、俺は迷宮協会から「先日の犯罪者捕獲の件でお話があります」との連絡を受け、ネルさんと待ち合わせして協会のさいたま市支部に足を運んでいた。


 ……なぜ社畜がど平日の昼間から迷宮協会に来れているのかって?

 その理由は、俺の勤め先の蛮行にある。


 結論から言うと、俺は一昨日の配信を理由に出勤停止を言い渡されてしまった。

 昨日の配信がまたバズったことで、俺が「育ちすぎたタマ」チャンネルの運営者だとバレた……のはいい(む〜とふぉるむもバレたのであまり良くないが)のだが、それにつけて俺は役員どもからこんな“お願い”をされてしまったのだ。


「反社に狙われている者が社内にいると怖いから辞職してくれないか」、と。


 ――反社と「関わりがあるから」ではない。

 反社に「狙われているから」、だ。

 前者なら自己責任なので退職を命令されても仕方ないが、後者での退職勧告など到底許される行為ではないだろう。


 社員側に罪が無い以上、会社側はむしろ社員を守るべき立場にあるはずだが、なぜそんな非道なことが言えるのか。

 そんなことで切られるのなら、わざわざ定額使い放題という仕打ちを受けてまで正社員を続けてきた意味はいったい何だったのか。

 今まで会社のブラックな要求をグビグビ飲んできた俺も、流石にこれは許容できなかった。


 半ば喧嘩になりかけた末、役員どもからは「分かった。とりあえず明日からしばらく会社に来なくていい」とのお言葉を頂いた。

 それを機に、俺はトイレに行くふりしてスマホの録音アプリを立ち上げ、もう一度役員に同じ台詞を言わせた。

 これで証拠も確保したし、役員側から出勤停止命令の解除があるまでは会社に行かずともお給料が得られるってわけだ。


 ちなみになぜ犯人の身柄は警察に引き渡したのに迷宮協会に呼ばれているのかというと、ネルさん曰く、「迷宮内の犯罪は扱いが特殊で、懸賞金の支払い等も含め協会で手続きがなされるから」らしい。


 ネルさんと一緒に協会の建物に入ると、俺達は即座に別室へと通された。

 そこで待っていると、いかにも高そうなスーツを着た初老の男性がやってきた。



 ◇



 初老の男は、この協会の支部長だった。

 一通り自己紹介や雑談が終わると、話は本題のマフィアの件に移った。


「さて、あなた方が先日捕獲されたマフィアの件ですが……これに関して、私どもからお伝えすることは三点です」


 支部長はそう言いつつ、一枚の封筒とアタッシュケースを俺たちの目の前に置いた。

 ケースの蓋を開けつつ、支部長はこう続ける。


「まず一点目は、警察からのお預かり物です。こちらの封筒には警察からの感謝状が、そしてケースには懸賞金990万円がございます。どうぞお受け取りください」


「お、あ……ありがとうございます」


 人生で一度も見たこともない札束の量に、俺は圧倒されてしまった。

 マジか。懸賞金、そんなに出るのか……。

 懸賞金って確か、原則上限は300万だったよな。

 特に必要があると認める場合にはそれを超えることもあるが、それでも上限は1000万だったはずだ。

 特例の上限ギリギリが渡されるとは……あのフードの男、相当な大物だったみたいだな。


 しかし、ケースを一つ渡されて「お受け取りください」と言われても、どうすればいいのか。


「この懸賞金は、誰がどういう比率で受け取れば良いのでしょうか?」


「それは……この懸賞金は立役者のお二人にと渡されたものですから、特段私どもが配分を決めるものではございません。お二人で話し合って決めていただければと」


 支部長に尋ねてみると、何とも曖昧な解答が返ってきた。


 いや、そこは丸投げしないでほしかったな……。

 いくらが最適な分配かなど、どう決めればいいか見当もつかないんだが。

 ま、そこはあとで考えるか。


「あ、じゃあ哲也さん、全額どうぞ!」


 と思っていた俺だったが、ネルさんは何の迷いもなくそう提案してきた。


「え、いや流石に全額は申し訳ないですよ……」


「いやいや、私が一人であの男に遭遇してたら今頃亡き者になってますし……全然妥当ですよ!」


「そういうことなら、俺だってネルさんがいなければあの男に遭遇することすら無かったですし。俺やタマはマフィアのメインターゲットになり得ないんですから」


「うーんそういうことなら……私も90万円分くらいの働きはしてたんですかね? 残り900万はどうぞ!」


 なぜか話は謎の譲り合いに発展することに。

 いやー……俺は全然単純に495万ずつ折半とかでいいんだが……。


「(ではありがたくそうするにゃ)」


 と思っていると、タマが勝手に条件を呑んでしまった。

 って……え、なんで⁉


 タマ、今む〜とふぉるむで上空にホバリングして待機してもらってるはずなんだが……今いったいどこから返事した⁉

 つーかなんかさっきの、頭の中に直接声が響いてた感じがするよな。

 テレパシーはいつものことだから分かるとして……タマ、建物内の会話全部把握しているのか⁉


 すんごい地獄耳なのか、はたまた建物内を透視して読唇術で会話の内容を読み取っているのか、その他予想もつかない方法なのかは不明だが……まーたしれっと訳の分からん高等技術を。


「ええと……では、二点目に移らせていただいてよろしいですかな?」


 おっと、そういえば支部長を待たせてたんだった。

 何か重要なことを忘れている気がしなくもないが……一旦次の報告に入ってもらうとするか。


「お願いします」


「はい、それでは。二点目ですが……木天蓼またたび哲也さん、あなたは本日を以てCランク探索者に昇格することとなりました」


 支部長はそう言いつつ、真新しい探索者証のカードを取り出して俺の方に差し出した。


「本当はもっと二ランクとか、いや三ランクでも飛び級させてあげたい気持ちなのですが、なにぶん『特例昇格は一つの功績につき一ランクまで』というルールはいかなる理由でも曲げられるものではなく。これでも前代未聞の最短昇格ではございますので、その点をもってどうかご容赦くださいませ」


 しかも支部長の口から続けて出てきたのは、「おめでとう」とかそういったニュアンスの言葉ではなく、まさかの謝罪だった。


「いえいえ、とんでもないです」


 こっちはむしろこれで昇格できるとまで思ってもいなかったので、むしろありがたいくらいなのだが。

 俺は畏まった気分になりつつカードを受けとった。


「まあ、木天蓼さんならすぐまた昇格級の功績を挙げられそうですし……その時を楽しみにお待ちしておりますね」


 いやいや、マフィア襲来レベルのトラブルにそう頻繁に巻き込まれても困るんだが。

 いくらタマがいる限り危なくなさそうとはいえなあ……。


 で、支部長からの話はもう一個あるんだっけか。


「三点目は何でしょう?」


 今度は俺の方から次の話題を尋ねてみた。


「三点目は、直接何か木天蓼さんや押入さんに授与するものがある、などではないのですが……ダンジョンがマフィアの温床になりつつあったことについて、協会の代表者として一応今後の対策方針についてお話する義務があるかと思いましてね」


 おっそれは重要な情報だぞ。

 勝てる勝てないとかはともかく、ただ配信者として生計を立てたいだけなのにマフィアに因縁をつけられ続けるのは御免だからな。


「この度、ダンジョン内の反社対策には大手通信キャリアのD社が名乗りを上げました。マフィアに遭遇した際は『あんしんダンジョン』というスマホアプリから緊急通知を飛ばしていただきますと、ダンジョン内に設置された最寄りの5G基地局から超強力な攻撃魔法が転送され、マフィアが討伐されることとなります」


 支部長はそう対策の内容を話した。


 え……いや対策をしてくれるのはありがたいんだが、なんでそれを通信キャリアが担当するんだ?

 しかも基地局から魔法を転送って何なんだ。


 俺がポカンとしていると、それを察したようにネルさんがこう解説を入れてくれた。


「D社の総務人事部長、『自社の基地局を経由して魔法を転送できる』という少々変わった固有特性をお持ちだと噂されてるんですよね。しかも今はダンジョン配信の流行もあって、ダンジョン内の通信品質向上のため各キャリアが基地局増設に力を入れてますから、これはかなり有効な対策だと思います。総務人事部長ご本人は探索者活動をほぼ行わないものの、実力はSランク上位とまで言われてますから……マフィアはもうほぼまともに活動できないかと」


 ああ、あの会社……重役にそんなやべー奴がいるのか。

 確かに、マフィアが誘拐を企てる際は妨害電波を使ってくることを思えば、対策後はそんなことをすればすぐ検知され、格好の餌食になるのでかなり合理的かもしれない。


 必要な話は全部聞いたので、俺達は迷宮協会を後にすることとなった。


「またのお越しをお待ちしております!」


 そう見送られる中、俺たちは別室の外に出る。



 協会の建物のロビーにて……俺は今後のことについて少し思案した。


 ぶっちゃけ、もうこうなったら今の会社に勤め続ける意味ってほとんど無いよな。

 配信も収益化が通るのはほぼ確実だし、仮にそっちがこけてしまったとしても、Cランク探索者になった以上は最悪専業探索者で生計を立てることもできる。

 しかも懸賞金まで手に入ったので、収益化までの当面の生活費に困ることはないのだ。


 よし、今から会社に辞表を届けに行こう。

 俺はそう決意した。


 た・だ・し。いくら利害が一致するとはいえ、あのクソ役員どもの言いなりのような形になるのだけは癪なので、絶対に「一身上の都合で」退職はしてやらない。

 意地でも会社都合退職という形に持ってってやる。

 あと、できれば今までの未払い残業代も一括請求してやる。


「ネルさん……俺、今日で会社やめようと思います」


 別にネルさんに宣言することでもないが、俺はそう口にした。


「これから話をつけてきます。絶対に会社都合退職になるようとことんゴネてきますね」


 すると……ネルさんから意外な提案があった。


「あ、そういうことでしたら、ウチの事務所の弁護士貸しましょうか? 今でこそタレントへの誹謗中傷対策などをメインに請け負っていただいてますが、元々は労務関係のスペシャリストでしたので、お役に立てるかと思います」


「え……いいんですか⁉」


 なんて心強い提案なんだ。

 これはもしかして、本当に未払い残業代の一括請求さえも夢じゃなくなってきたかもしれないぞ。


「ぜひお願いします! ありがとうございます!」


「いえいえ! 私もこれで、ようやく少しはまともな恩返しができた気がします……!」


 俺たちは一旦ネルさんの事務所に寄り、弁護士に事情を伝えた。

 そして弁護士を引き連れ、俺は自分の職場に乗り込みに行った。

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