第21話 ネルさんの家に招待された②

「しかし……なんでまた六麓荘町に住もうと思ったんですか?」


 部屋の家具やスマートデバイスについて、一通り説明を受けた後のこと。

 ふと俺は土地の選定理由が気になり、ネルさんに質問してみることにした。


 これほどの豪邸に住むくらいなら、例えば港区のタワーマンションの最上階なんかに住むって選択肢もあったはずだ。

 むしろそっちの方が安上がりな上に、仕事場とも近くて利便性も高かったことだろう。

 確かネルさん、ここに来る前に東京の仮住まいがどうのとか言ってたと思うが……なぜそこまでして六麓荘町にこだわったのか。


「そうですね……何て言えばいいんでしょう? 敢えて言葉で表すなら、『自分という人間が誤解されたくなかったから』とかになりますかね……」


 ネルさんからはだいぶ抽象的な答えが返ってきた。

 あー、でもまあ何となく言いたいことは分かった気がするぞ。


「なるほど。あれですか……やっぱり自分でちゃんと稼いでる身としては、港区女子とかとは一緒にされたく無かった的な?」


「そうですそうです! 小さい頃は、麻布の高層マンションとかに住むのも憧れだったんですけどね……。私がそこに住むのに十分な稼ぎを得る頃には、あの辺は品のない人たちの巣窟になっちゃってたので、思い切って東京の外に目を向けてみて、ここに理想の土地を見つけました!」


 予想してみたら、見事的中させることができた。

 確かに、芦屋にパパ活女子がいるとか聞いたことも無いもんな。

 きっとああいう「教養0、虚栄心∞」みたいな人たちは、こういう昔ながらの高級住宅街の存在すら調べることもできないのだろう。


「それでなんか私、東京の仮住まいの方もタワマンとかはなんか嫌だなーって思うようになっちゃって……事務所は港区にあるのに、意地でも避けようと思ってお隣の千代田区のアパートに住んでるんですよね。ちょっと気にし過ぎと言われればそうかもですけど」


 それは……なんか思った以上の徹底ぶりだな。

 雷神飛翔があるネルさんにとっては、区を一つ跨ぐくらい一般人でいう「徒歩圏内」みたいなもんなのかもしれないが、アイドルが一般のアパートに住むのって危険とかないんだろうか?


「それ、セキュリティ面とか大丈夫なんですか?」


「そこは気にしたこともありませんね。私自身がセキュリティみたいなとこありますんで! 逆に言えば、私に危害を加えられるほどの輩の前ではタワマンのセキュリティとかあってないようなもんだと思いますし」


 ……それもそうだな。

 確かに、タワマンが暗黒観音にボコボコにされて無傷でいられるとは到底思えない。

 建物のセキュリティとかは、ネルさんからすれば誤差ってわけか。


「ま、でも事務所の後輩とかはマネージャーさんから『ああいう場所に住むのは真似するな』と言いつけられてるみたいですけどね〜」


 そりゃそうだろうな。

 その気になれば稲妻でストーカーを丸焦げにできるネルさんならともかく、Eランクのアイドルとかがオートロックも無いマンションに住むのはとても推奨できないだろう。


 だからこそ、ネルさんにとっては一周回って「有名人なのに簡素なアパートに住める」のが自慢だったりするのだろうか。


「って……こんな話をしてる場合じゃなくて。今日は哲也さんとタマちゃんをおもてなしするためにお招きしたんですから、ご飯の準備しますね! お二人はテレビでゲームでもして待っておいてください!」


 ネルさんはハッとしたような表情でそう言うと、壁一面にかかっている巨大テレビとゲーム機のスイッチを入れ、キッチンへと走っていった。

 年相応にゲームとかは持ってるんだな。


 入ってるソフトは……お、今話題の魔法使いのゲームがあるな。

 これででも遊んどこうか。

 コントローラーは一つしかないが……タマは念(?)で機器操作ができるから問題なく二人プレイできるな。


「にゃ」


 っておいタマ、なんでお前だけ開幕死の呪文を連発できる。

 しかもクールタイム無しで。

 お前絶対プロセスメモリ改竄しただろ。

 これ、そういうゲームじゃないんだが……。



 ◇



 タマのチートにより爆速でシナリオを完走した頃のこと。


「お待たせしました〜!」


 どうやら料理が完成したようで、ネルさんがそう声をかけてくれた。

 振り向くと、そこにはエプロン姿のネルさんがいて……数品の料理が乗ったお盆を手に持っていた。


 保温のためか、ご丁寧にも料理は全て蓋が被せられていて、さながら高級ホテルの食事のような雰囲気を醸し出している。


「はい、これが哲也さんの分です!」


 そう言ってネルさんは、目の前の大理石のテーブルにお盆を置いてくれた。


「ちょっと待っててくださいね……」


 そしてネルさんは一瞬別室に消えたかと思うと、今度は十数本の枝を抱えて戻ってきた。


「はい、これはタマちゃんの分!」


「にゃー!(わあ、なんて美味しそうにゃ!)」


 枝を見て……タマは爛々と目を輝かせた。


 っておい……その枝、まさか全部マタタビか⁉

 いくら好物とはいえ、この本数はまずいだろ。

 マタタビを過剰に与えると中枢神経が異常麻痺を起こすから、用法用量は守らないといけないってのは猫の飼い主には常識なんだが……。


「にゃ〜!(神経伝達の因果律を操作して、安全に全部しゃぶり尽くすにゃ!)」


 ――うん、どうやら心配するだけ無駄だったようだ。

 そうだよな。タマには十八番の因果律操作があるもんな。

 別にマタタビの過剰投与くらいどうってことないってことか。


 というかそういうことであれば、今後は俺もタマの餌を常識度外視で好物にばかり寄せてもいいのかもしれないな……。

 そういう意味ではネルさん、ナイスな気づきをくれたもんだ。


「哲也さんも料理を開けてみてくださいよ!」


「あ……はい」


 ネルさんに促され、俺は料理の蓋を取っていった。

 するとそこにあったのは……とても普段は食べられない高級料理の数々だった。


 うな重、伊勢海老の鬼瓦焼き、それに肝吸いまで。


「お、おわぁ……」


 誕生日にすらありつけないようなご馳走の数々に、思わず俺は変な声を出してしまった。


 ゲームを始めてすぐの時に一瞬、雷神飛翔で出かけたような音は聞こえてたが……お礼のためだけにこんな高級食材を取り揃えてくれたというのか⁉

 それに何より、ネルさんって料理の腕もえげつないんだな。

 十代でこんなの作れる人なんて調理師の専門学生くらいのもんだろ。


「お口には合いそうですか?」


「も、もちろんです……。すみません、こんなに張り切っていただいて」


「当然じゃないですか! 哲也さんとタマちゃんがいなければ、今頃私はもうこの世にはいないんですから……」


 ネルさんはそう言った後、自分の分の料理も運んできて、食事の時間がスタートすることとなった。


「それじゃ一緒に〜」

「いただきます」

「「にゃ〜ん(いただきますにゃ)」」


 ……なぜネルさんが挨拶をタマの方に合わせる。


 ともかく、冷めないうちにと思い早速俺は伊勢海老から口に運んでみた。


 うお……何だこの身のプリプリ感と弾けるような旨味は。

 高級食材って、ここまで普段の料理と格が違うものなのか……。


 どれも人生で一番レベルで美味しくて、ゆっくり堪能したかったにもかかわらず、気づいた時には全部平らげてしまっていた。


「ああ、もう終わってしまった……」


「うふふ、そんなに気に入ってくださったんですね。予定さえ合えばいつでも作ってあげますよ!」


 いや、流石にそれは申し訳ない。


「にゃ〜(ありがとうにゃ。また来るにゃ)」


「おーよしよし!」


 タマ……お前もはやフラグでタワマン建てる気だろ。


 ネルさんはそうとう疲れていたのか……タマをよしよししたまま、タマにもたれかかって寝落ちしてしまった。


「にゃ」


 その様子を見て、タマは何やらスキルを発動し……直後、皿が全て浄化されてピカピカになる。

 またもやどこで習ったかも分からない新しい技だがもう何も言うまい。


 にしても……戦闘時は雷バチバチでいかついネルさんも、タマの横ですやすやしている寝顔は普通の女の子って感じでほっこりするな。

 風邪ひかないように、ブランケットをかけてあげよう。


 俺はスピーカーの音声AIにこの家のブランケットがあるクローゼットの位置を聞き、ブランケットを出してネルさんにかけてあげた。

 そしてテレビを再度つけると、タマとプレイヤーを入れ替え、眠くなるまで死の呪文の連射を楽しんだ。

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