第20話 ネルさんの家に招待された①
警察署では、最初こそ「マフィアの上層部の人間を捕まえた」と言っても信じてもらえなかったが……ちょうど良いタイミングで警察の当番交代の時間となり、偶然にも次の当番の警察官が俺たちのリスナーだっただったため、そこからはスムーズに話が進んだ。
フードの男は反社対策を行う課と探索者の犯罪を専門とする課が共同管理し、特殊な留置所に収容することになるのだそうだ。
なんでもそこでは元Sランク探索者が看守を務めているため、逃げ出される確率はほぼ0と断言できるらしい。
警察署を出た後は、戦利品の売却のため迷宮協会に行った。
そして、それが終わった後のこと。
「改めまして……本日はまたもや私の命を救ってくださることとなり、本当にありがとうございました」
ネルさんは深々とお辞儀をしながら、そうお礼の言葉を口にした。
「本来はこちらが恩返しするためのコラボのはずでしたのに……すみません!」
「いえいえ、そんな」
マフィアのターゲットにされて相当怖かったろうに、そこに気が向くとはなんてしっかりした子なんだ。
などと思っていると、ネルさんはタマと何やら相談をし始めた。
「ねータマちゃん、この魔法真似して私にかけてもらえる?」
「にゃ(お安い御用にゃ)」
「ありがとう、だいぶ元気になった! じゃあ次は……私が雷神飛翔を使うときにこれお願いしていい?」
「にゃ(おーけーにゃ)」
自分にかけてもらう用の魔法を、次々とタマに教えるネルさん。
一個めはおそらく回復系の魔法だろうが……何をしようとしているのだろうか。
不思議に思っていると、ネルさんからこんな提案が出てきた。
「すみません、コラボ配信がお礼の体を成さなかったので、もしよろしければこれから哲也さんを私の家にご招待したいのですが。お時間大丈夫でしょうか?」
俺は一瞬思考が停止した。
え……俺が、この高校生くらいのアイドル少女の……家に?
いやいやいや、流石にそれはまずいんじゃなかろうか。
時間が無いと言えば嘘になるが、なんて答えよう。
と、考えだした俺だったが……返事をするより前に、会話に横やりが入ってしまった。
「にゃ~(テツヤなら今日はあと一日中暇にゃ)」
おい。だからタマ、その主人の代わりに勝手に返事するやつやめろって。
それもネルさんが家に来た時のドアの件といい、こういう時に限ってさぁ……。
「そうなんですね! それはちょうど良かったです! じゃあ、ご招待しますんでついて来てください!」
しかしそうツッコむ間もなく、ネルさんはタマの返事を聞いてぱあっと表情を明るくしたかと思うと、俺が家に行く前提で話を進めだしてしまった。
「仕事用の東京の仮住まいはともかく、本当の私の家はちょっと遠いんで、飛んでいきますね。バフのかけ方もタマちゃんに教えましたし、雷神飛翔でもむ~とふぉるむくらいのスピードを出せると思うので……私について来てもらえればと!」
挙句の果てには俺の返事も聞かずギターに帯電させだす始末だ。
……タマに教えてた二個目の魔法、雷神飛翔の速度強化用だったのか。
「にゃ(了解にゃ)」
タマもタマで、俺が行くと一言も言ってないにもかかわらず、む~とふぉるむに変身し始める。
結局、俺はタマに念力で吸い寄せられたまま空を旅し、ネルさんについていくこととなってしまった。
◇
目的地へは、十分ほどで到着した。
着陸すると、俺はまず周囲をグルっと確認したのだが……視界に映った光景に、思わず俺は言葉を失ってしまった。
というのも――今立っている場所は住宅街の中なのだが、見渡す限り全ての家ば普通の家の六倍はあるんじゃないかというくらいの大豪邸ばかりなのだ。
聞くまでもなく、ここが高級住宅街なのは明白だ。
しかし――飛行時間は普段とあまり変わらなかったはずだが、いったい俺はどこに連れて来られてしまったというのか。
俺はネルさんに現在地を聞こうとした。
しかし……口を開くのがワンテンポ遅かったようだ。
「い、いや、この距離をたった十分でって……タマちゃん、いったいどんな凄まじいバフをかけてくれたんですか⁉」
ネルさんはネルさんでバフの効果が想像以上だったらしく、そんな疑問を口にした。
「こ、これも因果律操作ってやつなんですかね……」
「にゃ、ごろにゃ〜ん(そうにゃ。純粋に出力だけ上げるとネルちゃんの身体に負担がかかりすぎるから、因果律操作でバフの身体的負担をゼロにしたにゃ)」
タマは当たり前のことをしたと言わんばかりのテンションでそう答えた。
いや、因果律ってそんなポンポン捻じ曲げていいものなのか?
……じゃなくて、問題はここがどこなのかを聞きたいんだ。
「ネルさん、ここは一体どこなんですか?」
俺はそう質問した。
すると、ネルさんの口からはまさかの地名が出てきた。
「兵庫県芦屋市六麓荘町です。ようこそ、マイホームへ!」
「ひぇ……⁉」
俺は声にならない声を出すしかできなかった。
その地名は俺でも知っているぞ。
六麓荘町と言えば、大企業の社長や有名芸能人ばかりが住むと言われる、高級住宅街の中でも別格のガチ高級住宅街じゃないか。
町内会費だけで月額(年額だったっけ?)五十万とかかかるとかって、なんか前テレビでイカれた紹介をされてたこともあったよな。
この子も有名芸能人枠ではあるので住んでてもおかしくはないが……しかしまさか十代くらいの女の子がここに住んでいるとは、開いた口が塞がらないな。
あと、ネルさんがタマのバフに驚いてた意味も分かった。
首都圏から関西まで十分は、ちょっともう訳の分からない飛行速度だ。
つーかタマ、人に因果律を変えた超強力バフをかけつつこの速度で飛べるなんて……今までのむ〜とふぉるむ、全然全力から程遠かったんだな。
こりゃマジで「国境なき探索者」資格と合わせてマジで海外旅行し放題かもしれんぞ。
「じゃ、いつまでも家の前で突っ立ってるのもアレなんで、中に入りましょうか。さ、どうぞ」
ネルさんがギターをクルクルっと回すと、目の前の家の重厚な門がそれに呼応するかのようにゆっくりと開いた。
……ギターをリモコンにしてんのかい。
にしても、こんな立派な家となると余計に俺なんかが入っていいのか躊躇してしまうな……。
「にゃ」
おいタマ、念力で押すんじゃない。
俺はタマの誘導により、自分の意思とは無関係にネルさんの家の玄関まで入ってしまった。
ここまで来てしまってはもう引き返す選択肢も無いので、俺は靴を脱いでリビングに上がらせてもらった。
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