第9話 はじめての配信!②

 一体何を言ってるんだ。

 敵が弱すぎて飽きるというのは理解できなくもないが、どうやって移動しようというのか。


「え……どうするつもりなんだ?」


「にゃ(もちろんこうにゃ)」


 尋ねてみると、タマはそう返事しつつ「む〜とふぉるむ」への変身を開始した。


 おいおいおいおいおい。

 まさかタマのやつ、この狭い空間であの高速飛行をしようってんじゃないよな?


 :へ、変身……⁉︎

 :何が起きてるんだ

 :ネコがドラゴンは草

 :かっけえ……

 :返して、かわいいタマちゃんを返して


 変身には視聴者も驚いたようで、コメントの流れるスピードがまた増した。


「えー、あれは『む〜とふぉるむ』と言いましてね、移動用の変身形態なんです。なんかここのダンジョンに飽きて、一刻も早くボスのところへ向かいたくなったみたいで」


 一応、そんな解説を入れてみる。


 :む〜とふぉるむww かわいいww

 :たしかに速そう

 :ロマンあるなあ……

 :飽きたは草 そりゃニンジャゴブリンには見劣りするだろうけどもw


 速そうとか、もはやそんな次元じゃないんだよなあ……。

 だからこそ、心配なのだが。


「タマ、それはちょっとまずいんじゃないか? ここであんな速度をだしたら……」


「にゃ〜ん(出すわけないにゃ。そのくらい加減できるにゃ。あとタマは敏捷性にも自信があるから安心していいにゃ)」


 どうやらある程度ゆっくり飛んでくれるつもりではあるみたいだが、最後の一言で俺は余計に不安になった。

 敏捷性ってさあ……タマは安心できても、俺が安心じゃないんだが。

 タマは頑丈だから平気なのかもしれないが、俺はただの人間なんだから加減速時の慣性力でミンチにされかねない。

 大いなる力には、「質量×加速度=力」という方程式を覚える責任が伴うことを自覚してほしいものだ。


「いやいや俺が死ぬって」


「にゃ(テツヤにかかる力は無効化するから安心してくれにゃ)」


 前言撤回。なら安心だ。

 てかそんなことができるなら、それを先に言ってほしかった。


「にゃあ(じゃ、行くにゃ)」


 タマがそう宣言したかと思うと……俺はいつもの飛行前みたいに念力で吸い寄せられた。

 そして、ダンジョン内高速移動が始まった。



 高速移動は、とにかく不思議な感覚だった。

 まず視界に関しては、「次々壁が迫ってくる」以外何も分からなかった。

 曲がり角では90度方向転換しているはずなのだが、あまりにも一瞬のこと過ぎて、映像がカクついて切り替わっているようにしか見えないのだ。

 こう聞くと凄く怖そうだが、正直恐怖に関しては、現実感がなさすぎるが故にほとんど感じることはなかった。


 そして加減速時の身体への負担に関しては、タマの宣言通り全く感じることがなかった。

 よくジェットコースターに乗っている時に回転方向と逆に引っ張られる感覚を「Gがかかる」などと表現するが、それが一切なかったような感じだ。

 なので体感としては、ジェットコースターに乗っているというよりはジェットコースターに乗っている映像をVRで見ているような感覚に近かった。

 おそらくそれも、恐怖を感じなかった大きな要因の一つだろう。


 あとはもう一つ面白かったことがあって、それは進むにつれて時折カプセルが吸い寄せられてきたことだ。

 おそらくタマは通りすがりのモンスターを倒しながら進んでいて、ドロップ品も念力で吸い寄せていたのだろう。


 そんな不思議な高速飛行も、気がつけばあっという間に終わっていた。


「にゃ(ついたにゃ)」


 念力が解除され、タマから降りると……目の前には巨大な扉があった。


「えー皆さん、ボス前に到着したようです」


 :くっそ早くて草

 :えっこれ早送り?

 :↑ライブ配信だぞ何言ってんだ

 :なんかカプセル増えてね?

 :↑ほんまや 道中の敵殺してたんか……

 :えぇ……


 コメントを見てみると……中には早送りかと思う人も出てくるくらい、みんなも困惑している様子だった。


「にゃ(では行くにゃ)」


 一方、タマはそんなことにはお構いなく、猫の姿に戻るや否やボス部屋の扉を開けてしまった。


「あっちょ待てって」


 こんなところに取り残されてはマズいと思い、慌てて一緒にボス部屋に入る。

 その部屋には、どでかい液体の塊みたいな生物が鎮座していた。


「あれがボスか……」


 名前なんて言うんだろ。

 などと思いつつ、コメント欄に視線を落とすと、みんなこんなことを言い合っていた。


 :あっここって越谷の危険度Dダンジョンだっけ

 :ヒュージスライムか……

 :あれ斬撃系だと相性悪いよな

 :↑つーかほぼ攻撃効かない。斬っても斬ってもくっつくから

 :やばくね?

 :いや、タマちゃんやぞ。絶対なんか別の技で瞬殺するだろ


 どうやら名前はヒュージスライムと言うらしい。

 そういえば、モンスターの名前一覧の最後の方でそんな名前を見た気がする。


 てかこいつ、斬撃無効なのか。

 ちょっと不安だな。

 タマの攻撃手段が”ただのひっかき”だけってことは無さそうだが、俺ですら他の攻撃技を見たことは無いし。


 などと考えていると、タマはおもむろに左の前足を振り上げた。


「タマ、それじゃ効かな――」


「にゃ(知ってるにゃ)」


 思わず俺はひっかきが効かないことを言いかけたが、その言葉はタマに遮られた。

 そしてタマが前足を振り下ろしたかと思うと――目の前のヒュージスライムが爆散した。


「……え?」



 続いてカプセルもドロップしたので、これで討伐完了と見て間違いないんだろう。

 しかし、一体今何が起こったのか。


 :なんか爆発したww

 :動作はいつもと変わりなくて草

 :スライムの物理破壊とかネルちゃんでもしねーぞww

 :ほんまどうなってんのやこの猫……

 :相変わらず飼い主もこっち側で草


 コメント欄にも、この現象に心当たりのある者はいないようだ。


「タマ……今のは?」


「にゃ〜ん、ごろごろ(渾身の一撃にゃ。ちょっと溜めてからひっかくと敵を粉々にできるにゃ)」


「えー……『渾身の一撃にゃ。ちょっと溜めてからひっかくと敵を粉々にできるにゃ』だそうです……」


 解説してて何だが、さっぱり分からん。

 なぜちょっと溜めたらひっかきで敵を粉々にできるのか謎だし、そもそも言うほど「溜めて」というほどの予備動作があったようにも見えない。

 本人的には何か違いがあったのかもしれないが……。


「えー皆さん、考えるのをやめましょう」


 おそらくツッコんでも無駄なので、俺は視聴者に対してそう言った。


 :どういうことやねんww

 :溜めて……たか……?

 :考 え る の を や め ま し ょ う

 :飼い主が思考放棄は草

 :まあ……めでたしめでたし?w


 コメントを眺めていると、突如として床に巨大な魔法陣が現れた。

 それが強く光ったかと思うと……次の瞬間には、俺たちはダンジョンの入口に移動していた。


「へえ……ボス倒したら自動で帰還できるシステムなんだ……優しい設計」


 :そりゃそうやろw

 :飼い主さん、ダンジョンに関して無知そうで草

 :だがそれがいい

 :↑それな。ダンジョンと無縁で真面目に生きてきた人っぽいからこそ、猫の力で無双してても許せる

 :この飼い主やからこそタマちゃんも覚醒したんやろなあ

 :ちな高難易度ダンジョンだと、帰還に見せかけたトラップとかもあるから注意やで

 :↑ネタバレすんなよ……

 :↑ネタバレっつーか常識なんだよなぁ……


 どうやらコメント欄を見る限り、ダンジョンのボス部屋とはそういうもののようだ。

 ただしより危険度が上のダンジョンではその限りではない、か。

 一応覚えておこう。


 さて、ダンジョンも出てしまったことだし……今日はこの辺で配信終了とするか。


「皆さん、本日はお集まりいただきありがとうございました。次の配信でもお会いしましょう」


「にゃー」


 タマの正面に移動し、挨拶をしてもらってから、俺は配信を終了した。


「ふう」


 色々起こりすぎてちょっと疲れたが……とりあえず、バズってくれて何よりだな。

 この調子なら収益化が通ればマジでこれ一本で食えてしまうかもしれない。


 あとはこの人気を維持できるかどうかだな。

 む〜とふぉるむのタマに乗って家に帰る最中、俺はそんなことを考えていた。

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