第19話 duodeviginti

 家路を聞かれ、天弥は鞄を抱きかかえる腕に力を込め俯いた。答えればすぐに家に着いてしまい、斎と一緒に居る時間が終わってしまう。そう思うと、答えることが出来なかったのだ。

「少し、ドライブでもするか?」

 場所が分からなければ送り届ける事も出来ず、斎自身もう少し天弥と一緒に居る事を望んだため、思い切ってそう尋ねてみた。その言葉に天弥は顔を上げ、嬉しそうな笑みを浮かべる。

「はい」

 喜びや嬉しさに弾んだ返事を聞くと、斎は車を郊外へと向け走らせた。

 斎の脳裏に、教室内での事が甦る。どこで天弥が元に戻ったのかは分からないが、抱きしめられていたのは分かっているはずだ。なのに、何も言わないどころか、今の様子を見る限りではこの天弥は自分と一緒に居たがっているように思えてならない。

 少しずつ空の色が変わっていく中、目的もなく車を走らせる。今からでは時間的にどこかへ行くという事も出来ず、ただ走りやすい道を選び走り続けるだけだった。

 普段の天弥は、記憶が飛んでいると言っていた。では、逆はどうなのだろうか。あの天弥は、普段の状態を認識しているのだとしたら、何か探りを入れたりすればすぐに知れてしまう事になる。

 斎は天弥を横目で見ると、すぐに視線を戻した。取り引きについて、何も具体的な指示は無かった。条件は天弥の傍に居るという事だけであったが、それはただ傍に居ればよいのか、それとも何か必要なことがあるのかすら分からない。細かい事を聞きたいとは思うが、どうすればあの天弥と会えるのかすら分からない状態である。

 斎は、自分の中に浮かんだ麗しい容貌を慌てて振り払う。思い浮かべた姿にさらに捉えられ、自制が効かなく成りそうになったのだ。自分を律するように、これは取り引きなのだと何度も自分自身に言い聞かせるかのように繰り返す。総ては、あの本を手に入れるためのものなのだと無理やり自分の想いを摩り替えようとした。

 だが、あの天弥はあまりにも魅力的すぎる。男だと分かってはいても、あの顔も身体もその総てを欲し、自分のものにしたくなってしまう。

「先生、この車なんていうんですか?」

 天弥の声に、斎は思考を中断した。

「マツダのロードスターNB2」

「カッコいい車ですよね」

 天弥は斎を見つめながら、楽しそうに話す。その様子に、この天弥もよく分からないと思う。昼休みまでは特別な接点はなく、ただの教師と生徒だった。そんな相手に、しかも男に抱きしめられていたというのに、この天弥は何とも思っていないのか不思議でならない。

「そろそろ帰るか?」

 夜の帳が降り始め、辺りの景色も暗闇に包み込まれていく中、斎が尋ねた。考えていても分からないものは仕方がない。次に、あの天弥と会った時に色々と聞き出すしかない。そう思い、深く考えるのを止めた。

「あの……、もう少し、一緒に居たらダメですか……?」

 戸惑い、震える声で紡がれた天弥の言葉に、斎はいきなり左ウィンカーを出し車を道路脇へと寄せる。すぐに停車をするとシフトをニュートラルに入れ、サイドを引きハザードを出した後、天弥へと視線を向けた。

「それ、どういう意味で言ってる?

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