第10話 novem

 斎は、男の目から見ても恰好が良いと思う。明らかに、女性には不自由をしなさそうな容姿である。それなのに、自分と何かあるはずがない。何を失礼な事を考えているのかと、馬鹿げた考えを否定するように、自分自身に言い聞かせた。

 天弥は改めて斎を見る。背が高く、スタイルも顔も良くて、一年の最初の頃は女子がよく騒いでいたのだが、なぜか途中から騒がれなくなってしまった。その理由は分からないが、男子には面白い教師と人気はある。

 部屋の中に広がり始めたコーヒーの香りが、天弥の思考を遮った。意識を戻すと、目の前のテーブルの上に置かれたマグカップが目に入る。斎の姿を探すと、マグカップを片手に、自分の机に寄りかかっている姿を見つけ、天弥の心を喜びと安心感が支配していく。無遠慮に見つめている事に気がつかれたのか、不意に自分へと向けられた斎の視線に戸惑い、慌てて顔を伏せた。

「あの、コーヒーありがとうございます」

 伏せた視線の先にあったマグカップを見つけ、自分の感情を押さえ込むかのように礼を述べた。

「いただきます」

 両手でマグカップを掴み、静かに口元へと運ぶ。すぐに天弥の表情が変わり、マグカップが口元から離れた。そして困ったような表情で、マグカップの中のコーヒーを見つめた。

 その様子に熱かったのかと斎は考えたが、いつまでも困ったようにマグカップを見つめる天弥に、別のことを思いつく。手に持ったマグカップを机の上に置くと、インスタントコーヒーを置いてある棚へと向かった。

「悪い、気がつかなかった」

 そう言い、斎は天弥の前にスティックシュガーが入った容器と、ミルクが入った容器を置く。いつもブラックで飲む斎の脳裏からは、砂糖やミルクの存在が見事に抜け落ちていたのだ。

「ありがとうございます」

 斎を見上げながら嬉しそうに笑うと、天弥はシュガーを手に取り、コーヒーへと入れ始めた。四袋入れ終わったところで、今度はミルクを手に取り、立て続けに二つ入れる。その様子に呆気に取られながらも、斎は手に持ったティースプーンを差し出した。天弥は笑顔でそれを受け取り、コーヒーをかき混ぜると、今度は美味しそうに飲み始めた。

 それは、すでにコーヒーの味がしないのではないかと思いながら斎は元の場所へと戻ると、机に置いたマグカップを手に取り口をつける。インスタントのため、美味しいというわけではないが、飲めないほどでもない。

 今度は美味しそうにコーヒーを飲む天弥を見つめながら、何を話そうかと考える。用事は、昼休みに済んだ。だが待っていると答えた以上、何かを話さなければと思い、話題を求めて机の上にある本を見た。今の天弥が、この本について何か知っているのなら良かったのだがと思い、本を手にする。

 ふと、脳裏に昼休みの天弥の言葉が浮かんだ。これは、祖父から贈られたものだと言っていた。その祖父のことを聞いてみれば何か分かるかもしれない、そう思いつく。

 斎は天弥に視線を向け、声をかけようとして思いとどまる。今の天弥に対して、名字と名前のどちらで呼ぶべきか思い悩んだのだ。

「天弥」

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