有者

@katakoritaruto

第1話 異世界

 俺は異世界に召喚された。 



 本来、冒頭から語るべきことは今はいない誰かの話とかこれからの話とか、そういう本編に入るための助走というか準備というか、そういうものだと思う。

 

 でも俺にはそれがない。正確には今はない、のだと思う。確信がないのは、知性喪失とまではいかないものの、自分の名前がわからない、どこにいたのかわからない、といったように、情報の欠落が著しいからである。なので、異世界に召喚された、と言う他ない。


 とりあえず、立ち尽くしていてもなんだから


「いったい何処なんだ、此処は」


と驚いてみたりする。異世界に転生、あるいは召喚された時の定番の台詞ではなかろうか。


 ちなみに今俺が見ている景色を俺が持てる語彙力を用いて説明するのならば、ただひたすらに草原が広がっている、と言おう。


 それは異世界と断言できないのでは?と考える君もいるだろう。確かに、俺が知らない地球の何処かにただひたすらに草原が広がっている場所があって、偶然そこで頭を打って目覚めた、そんな可能性もないわけじゃない。


 しかし、俺はその指摘に対して、その可能性はないわけじゃないが、絶対に違うと断言できる。何故なら、俺が見ている景色には、草原しかないのだ。空がないのだ。代わりにあるものが草原だ。上下の感覚がないと言った方が正しいのかもしれない。不思議だと思わないか?思うだろう。やや、言葉が足りないかもしれないが、それが俺の、この世界が異世界だと思う理由だ。


 支離滅裂な発言をしたと分かってはいるが、どうか容赦してほしい、俺は多少なりとも動揺というか、混乱しているのだ。



 だから急に現れた人に気づくのがかなり遅れてしまったのも、それが人であるかどうかもわからないのに人であると断定的な表現をしてしまったのも、仕方がない。仕方がないことなのだ。


「やぁ、こんにちは、こんばんは、君は一体どこから来たんだい?」


 足まで伸びた白銀の髪の毛を持つ、男性のような女性、女性のような男性は、まるで旧友に話しかけるかのような足取り、声色で俺に話しかけてきた。顔が髪の毛に覆われていて顔が窺えないが、穏やかな顔をしていると言うのがわかる声だ。


「しっ、知らない、というか分からない、というか……」


 急に現れた人、あるいはそれ以外のモノに、急に話しかけられた俺は、言葉を発することが出来ることを、たった今知ったような調子で返事をした。完璧に挙動不審であることは俺と目の前のやつ以外、誰もいないので、誰も言うまい。


「ふふ、もう少し落ち着いたらどうかな?別に私は君の敵ではないのだから」


 指摘された。目の前のやつ以外には指摘されないが、目の前のやつに指摘されてしまった。


「わからないのであれば仕方ないね。君はイレギュラーと言われる存在だ。それならば私が、直々に説明をしてあげなきゃいけないね」


 流れるように話を進めていて、ちょっと待て、と一回一時停止を押したくなる気持ちが膨らむが、わからないことが多い、いやわからないことだらけなのは事実であるので、無理矢理状況を飲み込んで話を聞くことにした。


「まず初めに、この世界の説明からだね。大雑把にいえば、異世界さ。君の考えていたとおりね。しかし、正確に言えば異世界の玄関のような場所だね、此処は。つまりまだ本編は始まっていないってわけさ」


 まるでゲームのチュートリアルのように、話を続けている。話の内容はそこそこ理解はできている。もちろん混乱はしているが。しかし話を聞く限り、どうやら俺は現在チュートリアルの真っ最中ということらしい。そして、これから本編の、本物の異世界に行く、と言うわけだ。


「それでね、本編、つまりこの異世界の玄関を抜けた後で、君にはやってもらいたいことがあるんだ。」


 例によれば、魔王を倒してほしいだの、世界を滅亡から救ってほしいだの、そういうものを要求されるのでは、と俺は予想する。


「やってもらいたいことっていうのはね、異世界にある7つの魔法陣を起動させることなんだ」


 なんというか、はっきり言って、地味だ。やつからやってもらいたいことが何かを聞いて俺は率直にそう思った。俺が予想していたのが王道だとして、この役割というのは王の脇道ぐらいのものだと感じている。そしてそうか、やはり魔法があるのか。


「実はこれがかなり大変な役割でね、普通の人にはお願いできないんだ。」

 

 俺が普通ではない。遠回しにそう言っていることに気付いたが、別に不快ではない。最初にやつはイレギュラーと言っていたし俺自身も普通だとは思ってない。そもそもこの世界の普通が何かを知らないのだけど。


「ということでよろしく頼むよ。」


 ちょっと待って欲しい。いくらなんでも心の準備が出来ていないし、一方的に話されて、俺が聞きたいことは何一つ聞けていない。


「ちょっと待ってくれ…まだわからないことがあるんだ」


「質問かい?いいよ、なんでも聞いておくれ」

 

「異世界についてのことは、まあ、分かった。役割についてもな。だけど聞く限り魔法が当たり前の世界なんだろ?そうすると俺は、もうすでに魔法を使えたりするのか?」


「今は使えないけど、ここを出たら使えるようになるよ。」


 なるほど。つまりちゃんと魔法の世界では魔法を使えると言うことか。なんだかふんわりとしているが、異世界に行くと言う実感が湧いてきた。


「それと、魔法が当たり前の世界って君は言っていたけど、実際はそうじゃない。持つものと持たざるものがいるんだよ」


 意外だな。魔法が存在する時点で当たり前にみんな使えるものだと考えていたので、案外、実力主義の世界の一面もあるのかもしれない。


「持たないものは無い者と書いてムシャ、持つものは有る者と書いてユウシャと呼ばれるんだ」


 有者か。勇者とかけていたりするのだろうか。などと考える。


「質問は以上かな?」


 質問の時間が終わりかけていることに気付いた俺は、ダメ元で聞いてみたかったことを聞いてみた。


「あんた、俺の名前、知ってるか?」

 

 そう、俺の名前だ。ここまでやつの話を聞いてきてもしかしたら知っているのではないかと一縷の望みに賭けた。


 そうすると、目の前のやつは少し天を仰いだ。いや正確には草原を仰いだ、なのだろうか。考え事だろうか。しかしすぐにこちらを向き答えた。


「君の名前は、シンサクだよ。」


 今考えたのではないか、という間ではあったが、不思議としっくりくるので嘘は言ってはいないのだと思う。しかしよくもまあなんでも知っている。普通は急に現れた人の名前なんてわかるものではない。


「あんた、何者?」


 思わず聞いてしまったが、此処にいることと、その全知っぷりをみると、神だ、と言われても納得はすれど、驚くことはしない自信があった。なので、


「私は、ユウシャだよ」


 そう答えられ、豆鉄砲を喰らった鳩のような顔をしてしまった。


 そして時間が来たのだろう、ただひたすらに広がる草原が光の粒子を生み出し始めた。小学生並みの感想になってしまうことを恐れ入るが、とても異世界っぽい。


「それじゃあいってらっしゃい。次に会う時は、君が魔法陣を全て起動した時だ」


 俺としたことが、起動したらどうなるのか、を聞くのを忘れてしまった。そこはおいおい調べていこう。


 長くなったが、これでプロローグは終わりだ。



 さあ行くか、異世界に。







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