第12話 無人の保健室
「はぁ」
放課後。
灯りが落とされた室内で一人椅子に座り溜息を漏らす。
まだ沈みきらない陽光が最後の
日差しに照らされた私の影が長く伸びている。足元に向けた視線をゆっくり前方へ。影の先へと進めていく。
入口の方まで伸びた影を追い、視線が上がる。その先に見えたのは手洗場の鏡。
「……」
無言でそこに写った自分の姿を見つめる。
放課後でもピリッとシワのないスーツに、かっちり七三に分けられた黒髪。
しかし、その顔は濃い疲労が滲み出ていた。
外見だけは精一杯取り繕っても、隠し切れはしない。
はて、こんなところにこんなモノがあっただろうか?
この生徒、先生はこんな性格だっただろうか?
妙な噂話も突然湧いて出た様に流行り出した。
突然忘れていた――思い出さないようにしていた昔の記憶を話してしまった。
体調不良を理由に辞めていく先生もいた。
この保健室もそうだ。
今では私が仕事の合間を見て、部屋の換気を兼ねて休み時間や放課後の少しの時間鍵を開けている。
しかし、ここにも妙な噂がある。
それは保険の先生がいるというものだった。
当然それはあり得ない。教頭の私を差し置いてそのような人事が通るはずはない。
鍵も私が使う時以外は職員室に保管されており、不審者が人目を盗んで鍵を持ち出し、保健室の鍵を開けるなどほぼ不可能だ。
しかし、どうやら事実として、私が知らない間に保健室で保険の先生のまねごとをしている者がいるらしい。
調査をして分かった事だが、生徒どころか、先生の中にもその保険の先生を見た者がいる。
そして、その保険の先生を見た者たちは全員彼女の存在を不思議に思っていないようだ。
初めて見る見ず知らずの白衣を纏った年若い女性――目撃者の証言は一致したいた。
今日はその真相を確かめるべくここにやって来たのだが、無駄足だったようだ。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ」
再び深い溜息が出た。
特に害はない。
怪我人や体調不良者の手当てや看護もしている。人当たりも良いようだ。
だが、その保険の先生に関わった者は良くも悪くも性格が変化しているように思う。
これはまだ、私の主観だ。
他の者に聞いても、特にそう言った印象を持ってはいなかった。
しかし、どうにも引っかかるのだ。
性格が変わる――新入生であれば時折そのような事もあるだろう。新しい環境に新しい自分を夢見ることは悪い事ではない。
しかし、二、三年生や先生までが突然性格が変わるのだ。
そして、その事を認識出来ている者は恐らく私だけ。
子供の頃からおかしなモノを見る事があった。
それはトイレの隅だったり、鏡の中だったり、絵の中だったり、桜の花の色だったり様々だったが、私が見ているモノと他の人が見ている世界は違っていた。
学校とはそにょうなモノが集まりやすい場所だ。
外界とは閉じられた世界で、同世代の子供たちが生活をする。
そこでは喜び、羨望、楽しみ、嫉妬、恨み、妬み――――あらゆる感情が集まり淀み溜まっていく。
こちらが気にしなければ、基本的に害はない。
寄り集まったとはいえ、所詮は実体のない感情の寄せ集めに過ぎない。
しかし、最近耳にする噂の類はどうにも現実的だった。
この保健室の先生もそうだ。
だが、どうにも対処に困る。
それは悪意が見えないからだ。
往々にして、それらはこちらに害意を向けてくることが多い――もしくは悪いというそのものがなく、こちらに干渉できること純粋に悦んでいるか。
全か悪か。
そもそも私に対処が可能かどうかも分からないが、いざとなれば高名な僧でも探して頼んでみるのも一つの手段としてある。
今日ここに来れば、何か少し掴めるものがあるかもしれないと思ったのだが……。
日差しが傾き、影が長く、濃くなっていく。
私はそっと立ち上がり、室内を見渡した。
「一先ず様子を見ます。私からこのような事を言うのはおかしいかも知れませんが、生徒をよろしくお願いします」
軽く礼をして保健室を後にした。
その暗く閉ざされた室内で一つの白い影が静かに礼を返したことは誰も知らない。
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