百物語

菅原 高知

プロローグ

 歩いていた。

 

 知らない道を。 暗い道を。

 

 只、歩いていた――手を引かれるままに。


 誰かは分からない。


 暗くて姿は見えない。


 見えるのは優しく握られた真っ白い手だけ。


 何故かその手だけは暗闇でもしっかりと見えた。


 どのくらい歩いていただろう。


 時間の感覚がよく分からなくなっていた。


 ほんの数分かもしれないいし、何時間も、ひょっとしたら何日も歩き続けているのかもしれない。


 そんな曖昧な感覚が身体に、精神にゆっくりと忍び寄ってきた頃。


「ねぇ、どこまで行くの?」


 僕はようやく疑問を口にした。


『もうすぐだよ』


耳で聞いたのか、頭に直接響いているか分からない不思議な声。


 その後も、繰り返される会話。


「ねぇ」


『もうすぐだよ』


「まだなの?」


『もうすぐだよ』


「あとどのくらいなの?」


『もうすぐだよ』


 何回、何十回繰り返した。


 そして、ある時フッと気が付いた。


 大勢の気配。


 向かっている先で待っている。


 その瞬間から、声の質が変わった。――いや、気が付いた。


 声はずっと笑っていたのだ。


 楽しそうに。 嬉しそうに。 無弱に。 愉しく。可笑しく。心の底から。


 瞬間、手の先が見えた気がした。


 大きく、真っ赤な、三日月を模る、大きな口。


 それが、真っ白な顔に大きく浮かび上がる。


 その口を動かさずに声がした。


 『もうすぐだよ。もうすぐ君は僕たちと同じになれる』


 きゃははははハハハハハぁぁっぁぁぁぁぁぁ


 甲高い笑い声が響き渡り、引かれる手に力が籠った。


 グイっと強い力で引っ張られる。


 咄嗟の事で、足がもつれて転んだ。


 その拍子に、掴んでいた手と手が離れた。


 ―――――。


 そして、僕の夢は覚めてしまった。




 あの時から、僕の夢は始まった。


 もう一度あの場所へ。


 手が離れた時に感じた、酷く悲しそうな感情。


 遠のいていく存在感。


 何か大きく、大切なモノを失くしてしまったような喪失感。


 どんな手を使っても、もう一度『君』に会いに行く。

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