第2話 ジレンマ

「好きだ…」

その言葉に、千夏はもちろん大和も驚いてしまった。


「…聞こえてないよね…?」

「…聞こえた…」

大和は頭を抱えてしゃがみこんだ。

「ごめん!恥ずかしい!」

「…大和…」

「ごめん!帰ってもらっていい?…耐えられない…」

「…わかった。ケーキありがとう…」

「………」



千夏が家を出ていく音がした。

「うわぁー…。やっちゃった…」

大和は口元を押さえた。

(彼氏いる子に告白してどうするんだよ…)



一方千夏は…。

(好きって…言われた…。心臓やばっ…)

千夏はドキドキする胸を押さえながら、早足で歩いた。

その時、千夏は、好きと言われドキドキした気持ちと、彼氏がいるのに他の人を好きになったらいけないという気持ちが入り乱れていた。




後日。

大和と千夏は学校で会っても、なんとなく目をそらしてしまっていた。

千夏は気まずい気持ちはあったが、それと同時にこの状態が淋しくて心細かった。

大和の周りには相変わらず男女ともに友達が多い。

千夏はそれを見るたび、自分は大和にとって必要無いんじゃないかと思った。




「千夏ちゃん」

休み時間、教室前の廊下で隣のクラスの男子が千夏に話しかけた。

「あ、湯川くん」

「ちょっとこっち来て…」

湯川は千夏を廊下の隅に連れていった。

「あのさ…、俺の…」

「千夏!」

湯川の話の途中で割り込む声があった。

大和だった。

大和は千夏の腕を掴んで引っ張った。

「大和?」

「え…」

湯川が驚いた顔をした。

「千夏、行こ」

「え!ごめん。湯川くん。また今度…」

遠ざかる千夏に湯川は大きな声で言った。

「あのっ、千夏ちゃんの教科書を間違えて持ってきちゃって!机に置いとくから!ごめん!」 

「あ、うん!」

千夏は大和に引っ張られながら、その場を去った。



「なんだよ…」

大和は徐々にスピードを落とし、うつむいて歩いた。

「教科書かよ…」

「うん…」

「また、恥ずかしいことしちゃった…」 

大和は自分の頭を触った。

「…うん」

「うんとか言うなっ」

「フフッ」

「笑うなっ」

「ごめん」

千夏はまだ笑っていた。


「千夏、今日さ…」

「ん?」

「…一緒に帰ろ?」

「うん」

「…じゃ」

「うん」

大和は少しだけ笑って千夏に手を振った。




帰り道。

やはり、二人は何となく気まずかった。

「前の…気にしないで」

「……」

「俺の勝手な気持ちだから、忘れていい…」

「大和…」

「ん?」

「……」

千夏は言いたい事はあるが、言葉にできなかった。


「あ…」

「何?」

「雨…」

「ん?降ってる?」

「うん。ほら」

「ホントだ。うわっ…!ヤバくない?」

突然、激しい雨が降ってきた。

「傘持ってねーよ!」

「私あるよ、折りたたみ」

千夏は鞄から傘を出してさした。

ブオッーっと風がふいた。

「わ!わぁっ!」

飛ばされそうな傘を大和が掴んでくれたが、傘の骨は折れてしまった。

「折れた…」

「この天気やば…。俺の家の方が近いから走って行こ」

「うん」


大和が前を走り、千夏がついて行く。

大和がたまに振り返る。

大和の手には、壊れた千夏の傘が持たれていた。

千夏は、大和の優しさが胸にしみた。


2人は大和の家についた。

「千夏上がって。タオル、持ってくる」

「うん」

大和はびしゃびゃのまま急いで家の中に入っていった。


「タオル」

大和が千夏に差し出した。

「ありがとう。すごかったね」

「あんなんあるんだな」

「ね」

「お茶入れるね。俺の部屋行ってて」

「うん。ありがとう」


「あったかい…」

千夏が両手で湯呑みを持ちながら言った。

「千夏、心美が千尋の家で遊ぶって言ってたんだけど、千夏の家に心美がいるか確認してもらっていい?」

「そうだよね。ごめん、気づかなくて…。千夏は急いで携帯を出した。

「早く早く」

「あせらすな」

「遅い遅い」

「もう!うるさいシスコン。あ、千尋?心美ちゃんは一緒?…そっか。良かった」

千夏は大和に目配せをした。

「雨落ち着いてきたら帰るから。うん。大和も一緒に行くから心美ちゃんはそこにいて。うん、おやつ食べていいよ…」

千夏は電話を切った。


「千尋と心美ちゃん、一緒で良かった」

「うん。ありがとう」

「ううん。でも…」

「雨、どんどん激しくなるね」

「…うん」

大和と千夏は雨が強く打ちつける窓を眺めた。


千夏は大和からもらったお茶を飲み干して、テーブルの上に置いた。

「大和…」

「うん?おかわり?」

「…違うよ。そんなに厚かましくない」

「厚かましいだろ」

「厚かましくない。ってか、そうじゃなくて…」

「…。…前の告白は忘れていいから」

「……」

二人はしゃべりながらも、テーブルの上にある自分の手だけを見ていた。



ドッゴーン!!

近くに雷が落ちた。

隕石が墜落したかのように大きな音と揺れを感じた。

「すげっ…」

「…」

「千夏?」

「…怖い…」

千夏は自分自身の体を抱きしめていた。

「雷、苦手?」

「うん…すごく」

大和は立ち上がって、ベットの上にあったブランケットをとって、千夏にかけた。

「ありがとう」

「大丈夫?」

大和は千夏の隣に座った。

千夏は頷いた。


「これ、暖かくていいね」

千夏はかけてくれたブランケットを握って言った。

「いいだろ」

「うん」

千夏はまだ震えていた。


大和は、体を少し近づけて、軽く体当たりをした。

千夏の反応が、薄かったのでまた繰り返した。

千夏はようやく、わざとぶつかってきてることに気がついた。

千夏もやり返した。

何回か繰り返したあと、大和は調子に乗って強くぶつかった。

「わっ!」

千夏が横に倒れた。

「ごめん。やり過ぎた…」

大和が心配そうに千夏を見た。

「あははっ。大丈夫」

そう言って起き上がると、千夏も大和を見た。

二人は何も言わずに数秒見つめあった。

二人共このままだと、どうなるかわかっていた。

わかっていたのに、目を離せなかった。


大和は、千夏の髪をかき分けながらキスをした。

外では雷が鳴っていた。

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