第十一話

 俺は好きな人の名前が書かれた紙を手に、会長と向かい合った。

 紙に名前を書く、というのは会長の提案だ。

 いわく、俺が答えを途中で変えないための計らいらしい。

 まあお題である好きな人を会長に当てられない限り、答え合わせをするわけではないので特に意味はないと思うのだが。


 「それじゃあまず1つ目の質問だね。その人は人間ですか?」

 

 初めからトンチンカンな質問が来てしまった……。

 俺は何か? 人外の何かを好きになるような人間だと思われているのだろうか。


 「はい」

 「ほうほう、人間なんだね! しぼれてきたよ!」


 それでもし本当に絞れたのなら、会長は心理学者にでもなればいいと思う。

 それからも会長は「その人は食べられますか?」だの「その人は美味しいですか?」だの、ふざけた質問ばかりしていたのだが、質問の数が15個を超えたあたりで急に真面目な質問をぶつけてきた。


 「その人はこの学校の人間ですか?」

 「はい」

 「その人は翔くんと同学年ですか?」

 「……いいえ」

 「年上?」

 「……はい」

 「へー! 翔くんって年上好きだったんだね!」


 興味深そうに話し始める先輩に、俺は少しずつ焦りを感じ始めていた。

 これ、バレるんじゃないか……?

 さっきまでは余裕だと思っていたが、会長はなかなかに核心をついた質問をしてくる。

 それに、そもそも俺には女性の知り合いが多くない。

 少しでも女性関係について質問をされればバレてしまうのは必然だろう。

 何故俺はそこまで考えなかったのか……。


 「まあ、大体絞れてきたかな!」


 え、まじで……?

 いやいや、会長に限ってそんなことあるはずもない。

 きっとまたトンチンカンなことを言うに決まってる。


 「流石に分かっちゃったよ! その人っていつも元気だよね?」


 ……本当にバレてしまったのかもしれない。


 「……はい」

 「じゃあ次が最後の質問だね! ……まあもう聞かなくても分かるけどねぇ」

 「ぐっ……」


 ニマニマと笑顔を浮かべる会長にうめく俺。

 やばい、やばい、やばい、やばい……。

 これ、本当にバレてるんじゃないか?

 顔に熱が帯びるのを感じた。

 

 「それじゃあ最後の質問! その人は……」

 「ちょっと、ちょっとちょっとちょっと! ……あの、ここらでやめにしません?」

 「あ、翔くんずるいぞ! 当てられそうだからってさ!」


 ゲームを中断しようとする俺に、掴みかかってくる会長。

 と、部屋のドアがノックされた。

 会長がドアを開けると、そこには学年主任の教員が立っていた。

 どうやらそろそろ開催予定の学園祭について話があるようだった。

 室外で話し始めた会長を尻目に、俺は安堵あんどのため息を吐いた。

 このまま続けていれば、恐らく……いや間違いなくバレていただろう。

 なんならもうバレているだろうが、それを直接口にされるのはいくら俺でも恥ずかしい。

 ともかくこれでゲームは中断だ。ありがとう学年主任。

 これまで大量に課題を出してくることに腹を立て、「ハゲ頭」だの「10円ハゲ」だのと言って馬鹿にしてきたことは水に流してほしい。……いや、本当にすいませんでした。

 話が終わった会長は、教員から渡されたのであろうプリントを手に帰ってきて……。


 「それじゃあ、さっきの続きしよっか!」

 「……え」


 ……嘘、だろ。

 俺の顔から笑みが消えた。同時に焦燥感しょうそうかんが襲ってきた。


 「いやいやいやいや、やめましょうよそんなの! ほらもう帰る時間ですし! 帰ったほうがいいと思いますし! なんなら早く帰りたいですし!」

 「すしすしうるさいよ! ていうか良くないよ! じゃあ最後の質問はせずに答えだけで終わらせるから!」


 その答えが大問題なんですが……!?

 会長は自信満々の笑みでビシッ、と俺の顔を指さした。


 「ずばり! 翔くんの好きな人は……!」


 ギュッと目をつむる。背中から冷や汗がにじみ出た。

 終わった、という絶望感が俺の中を駆け巡った。


 「保健室の先生だね!」


 そうして俺の好きな人の名前を……………ん?

 

 「あの、今は俺の好きな人を言う場面では……?」

 「え? うん、そうだよ! だから、保健室の先生って!」

 「……?」


 ……どんな思考回路をしていればあの流れで保健室の先生などという珍回答が出てくるのだろう。

 俺は質問の内容を思い返してみる。

 ……この学校の人間で、つ年上で、いつも元気……。

 つまり、保健室の先生。

 俺の頭には、今年で定年を迎えるいつも活発で小太りな養護ようご教諭きょうゆの姿が浮かんでいた。

 ……確かに条件は揃っているが……。


 「……はぁ」

 「……え、あれ、どしたの翔くん? もしかして違った?」


 違うに決まっているだろう。ていうかなんで先生が選択肢に入ってるんだよ。

 心の中でツッコむ俺に、会長はキョトンとした表情を浮かべた。

 ……まあ、でもこれで良かったのかもな。

 これでもし本当に俺の好きな人がバレていたとしたら、進展することはおろか、関係が気まずくなっただけだったかもしれない。

 俺は脱力しながらも好きな人の名前が書かれた紙をふところにしまった。

 会長が右京に告白するまでこの気持ちはしまっておこう。そう決意しながら。



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 伏見ダイヤモンド

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