第二話

 会長の好きな人が判明し、さらにはその仲立ちをしろとまで要求された日の翌日。

 普段通り生徒会室でキーボードを叩いていると、会長が大量の漫画本を抱えて入室してきた。

 先ほどまで副会長である右京もいたのだが、突然顔色を悪くして帰宅していった。

 会長は抱えた漫画をドスン、と机の上に置くと、満面の笑みをして俺に向き直った。


 「翔くん、聞いて聞いて!」

 「嫌です」


 キッパリと断る俺。


 「えぇ、なんで!? 昨日は手伝ってくれるって言ったのに! 翔くんの嘘つき!」


 だって嫌な予感しかしないんだもの。

 昨日の今日で厄介事に巻き込まれるのは御免ごめんだ。

 確かに手伝うとはいったが、それは何でもしてやるという意味ではない。

 俺に出来る範囲で、尚且なおかつ精神に負担がかからない程度に手伝うという意味だ。ちなみに好きな人の恋路を応援するという行為で既に精神に多大なダメージを負っているため、今の俺に手伝えることなど何もない。


 「……」


 ……とはいえ、大量に漫画を持ってきた理由が気にならないわけではない。

 「聞いて聞いて!」と駄々をこねる会長に「聞くだけですよ」と言って向き直った。

 会長は満足気に頷くと、その漫画の表紙を俺に見せつけ、自信満々に言い放った。


 「アタシはこれから、ラブコメのヒロインになる!」

 「……?」

 「ちょ、ちょっと、言いたいことは分かるから、そのあわれむみたいな視線はやめてよ! あ、納得したように手を叩くのはやめて! アタシどこもおかしくなんてなってないから! ちゃんと考えがあるの!」


 おお、そうだったのか。

 会長がポンコツなのは以前から知っていたが、ついに精神にまで異常をきたしてしまったのかと心配になった。


 「まあよくよく考えたらアタシ、恋愛経験が全くないんだよね。今まで好きな人なんていなかったし……。だからいざ好きな人ができて、アプローチしようとしても、どうやったら良いかわかんないんだ……そこで!」


 突然声を張り上げ、再び漫画を俺に向けた。


 「この少女漫画の通りにアプローチすれば、恋愛初心者のアタシでも右京くんを落とせるのではってわけ!」

 「……………」


 ……一言だけ言っておこう。

 漫画での恋愛を参考にしたら、まず100%上手くいかない。

 あれは物語だから良いのであって、実際にやったらただのイタい人だ。

 その辺を会長は分かっているんだろうか……。

 まあ流石の会長も、これを実践することはないだろう。

 漫画を読んで、「こんなのできない!」と思いとどまってくれるはずだ。


 「まあそんなわけで、今日これを右京くんに実践したんだけどね」

 「実践したんですか!?」

 

 どうやら思いとどまれなかったらしい。

 驚きのあまり俺は思わず席を立った。


 「なんかわかんないけど、すごい顔しかめてたんだよね。まるでイタい人でも見た時みたいな……」


 みたいじゃないです、イタい人なんです。


 「……ちなみにどれを実践したんですか?」

 「あ、気になる? ……ほら、これだよ!」


 会長が開いたページには男女が1人ずつ描かれており、おこなっているのは所謂いわゆる壁ドンという定番シーンだった。


 確かに現実でやったらイタい気もするが、そこまでのものでもない気がする。

 これくらいならまだセーフ、か……?


 「これをさっき右京くんがトイレに行ったタイミングで200回はしたよ! 何故か途中から右京くんはおびえてたけど」


 200回って……軽いホラーじゃないっすか。


 先ほど二人とも生徒会を抜けたのだが、それはこのためだったのか、と今更ながらに納得した。

 

 「あれ、でも2人とも5分くらいで帰ってきたような……」

 「うん! 5分で200回終わらせて帰ってきたよ!」

 

 あわれ右京……。恋敵のハズなのに、俺は不覚にも同情してしまった。

 生徒会室に帰ってきたときにげんなりしていたのはそういうことだったのか。


 「でもあんまり達成感はないっていうか……好きになってもらえた気がしないから、今度は翔くんに選んでもらったのを実践しようって思ったんだよ!」


 それでこの大量の漫画本を持ってきたというわけか。

 その動機は分かったが、相変わらずものすごい行動力である。

 

 「……どうしたもんかな」


 俺は顎に手を当てて思案する。


 ここでいい感じのを提案してしまっては、右京と会長が本当に付き合ってしまう可能性が出てくる。

 かといって変なものを提案すれば、会長がイタい人だと広まってしまい、彼女の評判を落としてしまうかもしれない。

 ……よし、ここは無難なものを提案しよう。

 右京を落とせるわけでもなく、かといって実践してもイタくないもの……。


 漫画をパラパラとめくっていると、会長が横から割り込んできた。


 「あ、これとか良いんじゃない? 壁にするんじゃなくて、直接身体に当てる壁ドンだって!」

 「ただの張り手じゃないですか。却下ですよ」

 「じゃあこれは? 顎クイの進化バージョンみたいな、相手の顎を掴んだまま悲鳴を上げるまで押し上げていくっていう……」

 「拷問の方法を探してるわけじゃないんですけど」

 「むぅ……。それじゃあこの袈裟固けさがためは……」

 「もうアプローチでもなんでもないじゃないですか。メインが攻撃になってますよ」


 ここにきて思ったが、もしかすると会長は感性が残念な人なのかもしれない。

 どうやったらそれを実践しようと思えるのか……。


 それからもパラパラとページをめくっていると、会長が「あ」と何かに反応したのでその手を止めた。

 そこは見開きのページで、主人公がヒロインに肩を軽くつつかれているシーンだった。


 「この、さり気ないボディータッチってのは? 主人公はこれでドキドキしてるみたいだけど」

 「……ふむ」


 悪くない気がする。

 これならイタい人認定されなくて済むし、右京を惚れさせることもないだろう。

 確かにドキドキする行為ではあるのだが、決定打にはならないはずだ。


 「じゃあこれにしましょうか」

 「よし、そうと決まったら早速練習しないと! 翔くん、練習台になって!」

 「もちろんです」


 会長にボディータッチをしてもらう。

 相談に乗った報酬として、このくらいは貰ったって罰は当たらないだろう。

 

 ……その後、会長に散々ボディータッチされた俺は、右京が本当に惚れてしまうのでは、と少しだけ不安になった。



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 伏見ダイヤモンド

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