第15話

 

「!」

「なんか、苦しそうな顔してるから」

「…」


 相手をはっと見て、思わずすぐに視線を逸らした。カーラさんは“あのこと”を知ってるわけじゃないし、そこも踏まえようと思ったらなんて伝えたらいいだろう…。でも確かに彼について言いたいことはそんなことじゃなくて。

 少し考える。このまま誤魔化すのも嫌だと思ったから、形にできる言葉を探して口を開いた。


「ケイオスは、いつも優しくて、真面目で、私のことをよく見てくれて。すごくいい人なんです」

「うん」

「…私、昔嫌なことがあって、男の人が少し苦手で。でもケイオスはそれを感じさせないように居てくれるっていうか、とにかく居心地が良くて、甘えてしまって」


 もう二十になる。ケイオスより大人なのに、こんないつまでも中高生でもわかるようなことで自己嫌悪するなんて。そんなの恥ずかしいって、わかってるのに。


「もういい大人なのに、彼を利用してるみたいって思ったら上手く言えなくなってしまって…」


 少し泣きそう。何気ない会話だったはずなのに本当にうまくいえない自分が嫌だ。


「んー、それは少し考えすぎだと思うわ」

「…どうしてそう思うんですか?」


 カーラさんの返してきた言葉に少しだけ戸惑う。考えすぎ、なんて本当にそうなのかな?


「利用してるなんて、みんなそうだもの。どんなに相手を思って言葉で包んだって、利用も一つの側面よ」


 カーラさんはそこで少し寂しそうな顔をした。カーラさんは普段そんな顔をするような人ではなくて、いつも笑ってくれるから最初は意外に思った。そしてその言葉は、強く心に響く。


「だからこそ一緒に居たい相手に“何を返せるか”なんだと思うわ。ねぇ、楓ちゃんにとって、ケイオス君はそう言う相手?」

「あ…」


 かけられた言葉に応えるように彼のことを考える。確かに私にとってケイオスって、一緒に居たい人、なのかな?


「…ずっと一緒に居たいかは、まだわかんないです。でも…何かを返したい人ではあります」


 私の答えに、カーラさんは一瞬驚いたような顔をして、それから優しく微笑み口を開く。


「もう答えは出てるじゃない。そう思えるなら大丈夫よ」


 そう返したカーラさんの声音はどこか安心しているように聴こえて、私もどこか胸のつっかえみたいなものが少し取れるのを感じた。


「そうでしょうか?」

「大丈夫。その気持ちが『相手を大事にする』ってことだから」


 そうなのかな。私は貰ってばっかりじゃなくて、少しは彼に返していけるのだろうか。


「それなら、そう言ってくれる人がいるのなら、私は私にできることをしたいです」


 へにゃりと笑った。そこから少し沈黙があって、なんだかそれが面白くて二人で少し笑い合う。机の上では空になった私のグラスの氷が溶けてカランと揺れた。


「何事もゆっくりでいいのよ。時間があるんだから」

「ゆっくり…」

「そうそう。頭で答えまで考えるんじゃ疲れちゃうもの」


 そう言ってカーラさんは自分のグラスに入っていたアイスティーの残りを飲み干す。


「さて、アタシはそろそろ帰ろうかしら。長居しちゃってごめんね」

「いえ、楽しい時間だったのに暗い話してごめんなさい」

「いいのよ、そんな。伊達に歳いってないんだからいつでも聞かせて」


 カーラさんはそう言ってあっけからんと笑っているけど、とてもそうは見えないんだよね…少し年上なのはわかるんだけど。

 カーラさんを見送るために玄関に向かう。その時の彼女にはさっき見たような寂しさを感じる雰囲気は嘘みたいになくて、普段見るような明るいお姉さんの姿になっていた。


「今日はありがと! またお茶しましょうね」

「…その時も、今日みたいに相談していいですか?」

「勿論よ! なんでも言って」

「! ありがとうございます」

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