恨みつのりて、闇を踊らす ~仕掛屋稼業、騒動記~

芽那界 ラム

巻の一 第一幕

 大小様々な露天が立ち並び人で賑わう通りを、三人組の若侍が我が物顔で練り歩く。

 時に店先の商品をかすめ取り、時に通行人に因縁を付けながら、三人組は好き放題に歩みを進める。

 すでに酒もある程度まわっているようで、一人は手にした酒瓶を豪快に飲み干していく。

 この露天地区において、好き放題に振る舞う三人組の存在は大きな悩みの種だった。

 多くの露天が被害に遭い、多くの人々が被害に遭い、誰にとっても害悪であるにも関わらず、その三人組は自由を謳歌している。

 曰く、親が大名である。曰く、このあたりの顔役と懇意である。曰く、多額の袖の下が渡されている。

 様々な噂が流れているが真相を知るものは誰もなく、しかし、この地区の管理を担当する役人に咎められることも、止められることもない。

 被害を訴えても聞き入れられず、あまりに訴えを繰り返すと、逆に訴えた方が捕らえられる始末。

 そんな悪環境のため、逃げられる者は早々に逃げて行ってしまう。

 だが、ここ以外に居場所がない者にとっては、この場にしがみつく以外に方法がない。

 その事がより一層三人組を増長させていった。何をしても、こいつらは逃げ場がないのだ、と。

 三人組が現れた時、それは嵐が来たようなものだ。ただそれが過ぎ去るのを、ジッと耐えることしか出来ない。ある老人は、そう言って力なく笑った。

 今日の獲物を探していた三人の視線がある人物を捕らえ、薄ら笑いを浮かべながら近付いていく。

 彼らの獲物とされた人物は、杖を片手に通りをゆっくりとした足取りで歩いている。

 目が見えていないようで、杖で周囲を探りながらなんとか人を避けていた。

 そんな盲目の老爺の杖を三人組の一人が蹴り飛ばし、その衝撃でバランスを崩した老爺が地に倒れる。

 三人組は無惨に倒れる老爺を眺め、腹を抱えて笑っている。その様子を、周囲の人々は暗い表情で見守っていた。

「おい、爺さん、大丈夫か?」

 大柄な若侍が乱暴に老爺を引き起こす。

「悪かったな。だが、爺さんも悪いだろうが。避ければ良いものを」

「そりゃ無理だろう、文之助。この爺さんはめくらのようだ」

「その通りでございやす。あっしはこの通りのめくらの按摩でございやす。ご迷惑をおかけいたしやす」

 老爺は丸まった背を更に曲げると、深々と頭を下げた。

「そら見たことか。なあ、新蔵?」

 そう声をかけるも、目的の仲間はいつの間にか姿を消していた。

「喜助、新蔵は女の尻を追っかけてったぞ。爺には興味がないそうだ」

 新蔵を探して辺りを見渡していた喜助へ、文之助が呆れたように声をかける。

「ああ、いつもの病気か」

「あいつも凝りないもんだ」

 二人は小さくなっている老爺に向き直ると、

「爺さん、按摩だと言ったな?」

「へいへい、按摩でございやす。按摩は、ご入用でござんしょうか?」

 そういう老爺に対し、二人は視線を交わすと小さく頷いた。

「そうだな、稽古のし過ぎで体の凝りが取れておらんのだ。これも何かの縁、お前に頼もうか」

「これはありがとうございやす。どこか、休めるところはございましょうか?」

「それならば、俺らが贔屓にしている店がある。そこへ参ろう」

 二人は老爺を引き連れ、露天街を後にしていく。

 その後姿を、残された人々が恐怖の混じった視線で見送った。


 枯れ枝のような老爺に全くの興味がない新蔵は、酒を飲みつつ好みの女を求めて辺りに視線を巡らしていた。

 最近は彼らの被害から若い娘を遠ざけるため、三人組が現れると娘達が姿を消すことが多くなった。

 それでも、逃げ遅れた者や偶然通りかかった者が一人や二人は残っている。

そういった娘の中から、新蔵は己の嗜好にあう娘を探すようになっていた。

 飢えた獣のような血走った眼を周囲に向けていると、ある路地からゆらゆらと紫煙が流れ出てくる。

 興味を持った新蔵がその路地を覗き込むと、気怠げな女郎が一人、暗がりで煙管を吹かしていた。

 新蔵は小さく舌舐めずりすると女郎へ近づき、大柄な体躯でその前に立ち塞がる。

「あんた、暇そうだな」

 女郎は億劫そうに新蔵を見上げると、含んでいた煙を新蔵に吐きつけた。

 新蔵はその様子を意に介した風もなく、女郎をじっくりと眺める。

 顔も体の肉付きも、新蔵にとって好ましいものだった。

「いくらだ?」

「…一分、それがうちの相場だよ」

 女郎は切れ長の目を細めると、新蔵の胸元を見ていた。

 手にした煙管の灰を慣れた手付きではたき落とすと、路地の奥へと歩いていく。

 新蔵は何も言わず、女郎の後に続いた。

 女郎は新蔵を引き連れたまま、複雑な路地を右へ左へと慣れた足取りで進み、建物に囲まれた小さな隙間空間へと辿り着いた。

 そこには粗末なゴザがひかれた寝床のようなものが設えられたあばら家が建っていた。

 女郎はゆっくりとした動作でそこへ腰をおろすと、艶っぽい視線を新蔵に送る。

 その時、新蔵の中で何かが弾けた。

 新蔵は猪のように女郎の元へ飛び込むと、女郎を押し倒した。

「金はあるんだろうね」

 そう言う女郎の口を乱暴に塞ぐと、新蔵の大きな手が女郎の着物と襦袢を一気に引き剥がす。

 新蔵は飢えた獣だった。

 女郎の肌を、乳を吸い、噛みつき、跡を付けていく。

 強く噛んだ後にはうっすらと血が滲み、青く変色する。

 新蔵は女郎を自らのものとするかのように、所有物である印を付けるかのように、傷付けていく。

 女郎はされるがままで、抵抗する気配はない。

 新蔵は手早く袴を脱ぎ捨てると、褌を取り払い、女郎に覆いかぶさった。

 女郎は新蔵の首へ手を回すと、耳元に熱い吐息を吐きかけた。

 それが合図になったかのように、新蔵は女郎の中へと分け入っていく。

 女に慣れているとの自負があった新蔵であったが、女郎からもたらされる快楽に全身が打ち震える。

 体を打ちつける事に耐え難い快感に襲われ、我を失いそうになる。

 新蔵は無我夢中であった。

 何も考えることは出来ず、ただただ精を放つことだけが体を支配する。

 口からは絶え間なくよだれを垂らし、その瞳は何も写していない。

「最後だよ。楽しんでお行き」

 女郎の言葉が脳を焼き、新蔵は獣のような咆哮をあげた。

 咆哮と共に精が放たれ、新蔵の全身が硬直する。

 女郎は妖艶な笑みを浮かべると、異様に長い両腕を新蔵の首に巻き付けた。

「良い最後」

 女郎の腕が新蔵の首から勢いよく離れると首がぐるりと半回転し、新蔵の体は仰向けに倒れていった。

 倒れた体はあばら家の粗末な壁を突き抜け、その後ろにあった石階段へと転がり落ちていく。

 女郎はゆらりと立ち上がり、拾い上げた襦袢をまとい着物を手早くまとめると、狭い路地の闇へと消えていった。


 喜助と文之助は老爺を引き連れ、馴染みの料亭へと辿り着いた。

 二人の到着に気付いた女将が出迎える。

「これはこれは、ようこそおいでくださいました」

「突然すまんな。それと、按摩を頼んだのでな、部屋を借りたい」

「よろしゅうございます。どうぞ、お上がりくださいませ」

 女将は二人と老爺を迎え入れると、二階の広い座敷へと案内する。

「いま、布団を用意させますので、お待ちくださいませ」

「ついでに、酒の用意も頼む」

「承知しております」

 女将が静かに座敷を後にすると、周りの座敷からの華やかな音が漏れ聞こえてきた。

 喜助と文之助は各々好きなように腰掛けるが、老爺は部屋の隅に立ち尽くしている。

「ここは、華やかなところでございますなぁ」

「まあ、お前のような奴が簡単に入れるような場ではあるまいな」

「そのような場に、あっしのような者がいてよろしゅうございましょうか?」

「構わん。お前は準備ができたら、仕事をすればよいのだ」

 廊下から声がかかると、女中が布団を運び込み、床の用意をしていく。

 その物音の影に隠れ、喜助と文之助が小声で囁き合っていた。

「文之助、本当にあの爺に頼むつもりか?」

「ああ、体が凝っているのは本当だからな。それに、新蔵が戻るまでには時間がかかるだろうから、こういった余興もよかろう」

「まあ、お前が良いと言うなら、好きにすれば良い」

 女中が床の準備を終え、酒と肴を二人分用意すると座敷を後にした。

 文之助は床に仰向けに寝転がると、老爺を呼びつける。

 その様子を呆れたように眺めながら、喜助は酒に手を付けた。

「それでは、失礼致しやす」

 老爺は手にした杖を脇に置くと、文之助の足元に膝をついた。そして、慣れた手付きで文之助の足を揉み解していく。

 文之助は緩みきった顔で時折うめき声を上げながら、按摩を受け入れていた。

「何が良いのだか」

 ちびちびと猪口の酒を舐めていた喜助の元へ、女中が声をかけてくる。

「失礼致します。こちらに、田野中喜助様はいらっしゃいますでしょうか?」

「ああ、俺がそうだが?」

 名乗り出た喜助に、女中は人が訪ねてきていると伝えてきた。誰かと尋ねると、町方の卜部という同心だということだった。

 喜助はいつも通りの与力からのつなぎの者だろうと考え、その同心に会いに行くことにした。

「文之助、つなぎが来た。話は俺が聞いてこよう」

「あぁ、頼む」

 そう言って、喜助は女中と共に座敷を出て行った。

 後には、文之助と老爺だけが残される。

「背中にかかりますので、失礼を致しやす」

 老爺は文之助の腰にまたがると、肩と背中を重点的に解していく。

 文之助の口から、何とも言えない声が漏れ出る。

 揉み解している老爺の左手が、静かに懐に差し込まれた。

 周囲からは、宴席のにぎやかな声が響いている。

 懐から出てきた左手には、細い針が一本光っていた。

 文之助は変わらず、間抜けな声を上げている。

 老爺の双眸に一瞬の光が走ると、左手の針が文之助のぼんの窪に突き立てられた。

 文之助の体がピクリと跳ねる。

 老爺の左手に力が込められ、針が全てぼんの窪に飲み込まれていった。

 文之助の体は幾度か痙攣した後、だらりと脱力する。

「これにて、仕舞いに御座います」

 老爺は深々と頭をたれた後、音もなく座敷から消えていった。


 喜助が表に出ると、何ともうだつの上がらない風の同心が一人立っていた。

 喜助が初めて見る同心だった。

 同心は喜助に気付くと、小さく頭を下げる。

「どぅも、与力の緒方様から、言付けをお預かりしております」

「何だ?」

「ここではちょっと。少し、人気のないところでよろしいでしょうか?」

「ああ、構わん」

「では、こちらへ」

 同心は喜助を先導しながら、料亭脇の人気のない路地へと進んでいく。

「ちょっと、暗いですなぁ」

「そんなことはどうでもいい。それより、言付けはなんだ?」

「それなんですがね、」

 同心は心配そうに周囲の様子を窺う。後ろを振り返っては、路地の先に何かないかを気にしている。

「どうもあたしは心配性でして、こう、確信が持てないと、気が気でないものでしてねぇ」

 言いつつ、何度も周囲に視線を巡らせる同心に、喜助は苛立ちを募らせていく。

「同僚にもよく言われるんですよ。お前は小さいことを気にし過ぎなんだ、なんてねぇ。この間も、それで余計な騒ぎになりましてねぇ」

 情けなく笑う同心に、喜助は同心の襟首を掴み上げる。

「そんな話は、どうでもいいと行っているだろう! 緒方は何と行っているんだ」

「あぁ、これは大変失礼しました。この間も、こんな感じだったんですよ」

 悪びれた様子もなく、同心は己の襟首を掴んでいる喜助の両手首を掴んだ。

「うちの甥っ子にもねぇ、言われたんですよ。あたしは、要領が悪すぎるんだなんてねぇ。まだ六歳なんですがねぇ、これが利口な子なんですよ」

 同心が喜助の腕からスルリと抜け出す。

 怒りに任せて同心を追いかけるも、喜助の両手は何かに拘束されて引き離すことが出来ない。

 動かない両手にバランスを崩し、喜助はそのままうつ伏せに倒れる。

「あたしも、あのくらい利発でしたらねぇ、無駄飯食いなんて陰口、言われないですかなぁ」

 同心は倒れた喜助を仰向けになるように転がす。

「貴様、」

 怒りに声を上げる喜助の胸を、同心は独特な手の形で深く押し込んだ。

 その衝撃で、喜助の口から大量の息が吐き出される。

 失った息を吸い込もうと大きく開かれた喜助の口と鼻を、同心は濡れた和紙で塞ぐ。

 喜助は被せられた和紙を引き剥がそうともがくが、手は動かず、体も胸から押さえつけられており身動きが取れない。

 しばらく足をバタつかせていた喜助であったが、顔から次第に血の気が失せ、青白くなると共に動かなくなった。

 喜助の胸を押さえつけていた指先から心音を感じなくなると、同心は手を離す。

「それに、こんなことをする必要も、ないんでしょうなぁ」

 同心は懐から水差しを取り出すと、喜助の腕に水をかけた。水を浴びた腕は拘束を解かれ、ダラリと地に伸びる。

「まったく、嫌な世の中ですねぇ」

 続けて喜助の顔に水をかけると、喜助の顔を覆っていた和紙も溶けて消えていく。

「今夜は、ちょっとした騒ぎでしょうなぁ」

 同心は喜助を一瞥すると、踵を返して通りに消えていった。


「はいはい、今回もお疲れ様です」

 なんとか大通りに面していると言えるギリギリの立地にある料理茶屋。その座敷のひとつに奇妙な組み合わせの男女が揃っていた。

「おトキさん、お腹へった」

「すぐに料理を持ってくるから、とりあえずはそれで我慢してちょうだい」

 おトキと呼ばれたこの店の女将は、酒と茄子の漬物をそれぞれに行き渡らせるといそいそと座敷を出ていく。

 おトキに声をかけた女は、口をへの字に曲げながらも茄子の漬物に箸をつける。

「そう、むくれるもんじゃござんせんよ、蓮華嬢。ほれ、あっしのも」

「無持さんは酒があればいいだろうけど、あたしはお腹も満たしたいの」

 蓮華と呼ばれた女は、盲目の老爺無持の手元にある茄子の漬物の小鉢を自分の手元に手繰り寄せる。

 二人の間は三尺程離れていが、蓮華は難なく手を伸ばして小鉢を手にしていた。

「あたしも、腹を満たしたいほうですねぇ。ここ最近、まともな物を口にできていないんですよねぇ。面倒な仕事を押し付けられて、握り飯だけだったんですから」

「役人も大変よね。よく続くわね、卜部の旦那は」

「いやいや、続けないことには、おまんまの食い上げですからねぇ」

 帯に十手を差した同心の卜部は、何とも情けない笑い顔を浮かべている。

 それを見て、蓮華がケタケタと腹を抱えながら笑った。

「あらあら、相変わらず楽しそうね」

 戻ってきたおトキは女中と共に料理を運び込む。

 山菜の炊き込みご飯、鯉の洗い、イワシのつみれ汁、小松菜の白和え。

 豪勢とは言えないが、彼らには十分すぎるごちそうだった。

「泉岳屋の親分さんも、とっても喜んでましたよ」

 料理を運び終えた女中がいなくなった後、おトキは嬉しそうに呟く。

「そうでしょうなぁ。あやつらは、泉岳屋さんの島を荒らしてたようなものですからねぇ」

 卜部が小松菜を避けながら白和えをつついている。

「うちの店にも来たのよね。まあ、座長が追っ払ってたけど」

 蓮華は空いた茶碗に炊き込みご飯を山盛りによそっていた。

「あっしの知り合いにも、被害を被った方々が大勢いやしたから、少しは静かになりやしょう」

 無持は食事には手を付けず、酒をチロチロと舐めている。

 おトキはそんな三人を見渡した後、正座にて姿勢を正し、深々と頭を下げた。

「この度も、見事な仕掛けに御座いました。つきましては、こちらが仕掛け料と相成ります」

 それぞれの前に、恭しく一両と一朱を差し出していく。

 三人は静かにそれを受け取ると、そっと懐に忍ばせた。

「さて、堅苦しいのはここまで。今日のお代は泉岳屋の親分持ち。好きに食べて飲んでちょうだい」

 場には和やかな空気が流れ、三者三様、好きなように食事を楽しんでいた。

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