命よりも鮮烈な
高町テル
上
「議会は何考えてんだ!」
先輩がロッカーの扉を乱暴に閉めた。
「【プラント】強襲作戦だと!? ただの自殺じゃねえか!」
誰も言い返さない。この場にいる誰もが、同じことを思ってるからだろう。
「俺達〈グレイ〉が死ぬだけならいいさ! だがな、〈ビビッド〉とそのパイロットが死んだらどうなる!?」
「【インベーダー】への対抗手段がなくなり、人類は滅びるだろうさ」
「議会はそれがわかってねえ! この作戦は〈ビビッド〉でも死ぬぞ!」
隊長は立ち上がって先輩に近づいた。
「そうさせないための、俺達〈グレイ〉だろ?」
隊長に諌められた先輩が、今度はこちらに顔を向けた。瞳の中には、不憫だとか怒りだとかが浮かんでいる。
「お前はどう思ってんだ? 新人」
「……守ってるだけじゃあ、人類は負けますよ」
この言葉は、議会が繰り返し発している言葉だ。
防衛を続けたとしても、近い未来に破綻する。ならばいっそ、打って出るべきだ。
そう言って【プラント】強襲作戦が打ち出された。成功率なんて誰も考えていないような作戦を、受け入れてしまうほどに人類は疲弊していた。
「そいつは議会の言ってることだろ? お前自身はどう思ってんだ!?」
「……何も、考えてませんよ」
先輩は鼻白んで、気まずそうに目を逸らした。手が震えていることに、気づかれたかもしれない。
深く考えないことにしていた。自分はあくまで〈ビビッド〉を守るための〈グレイ〉である。成すべきことは、盾となって死ぬことだ。
未来からの贈り物である〈ビビッド〉だけが【インベーダー】に対抗できるが、一機しか存在しない。何が何でも守らなくてはいけないものだ。大破してしまえば、その時点で人類の滅亡は決まってしまう。
〈ビビッド〉を守るために生まれたのが、劣化コピー品である〈グレイ〉だ。見た目はほとんど同じだが、出力は桁違いに低い。最も重要な動力源を今の人類では再現できなかった。
そんな弱い〈グレイ〉に与えられた役目が、【インベーダー】を引き寄せる囮だ。その隙を〈ビビッド〉が駆け抜け、【インベーダー】を製造している【プラント】を破壊する。
逃げてはいけない。かといって【インベーダー】に立ち向かえるほどの性能はない。
少しでも時間を稼ぐため、動ける間は引き寄せ続ける。そして〈グレイ〉が動けなくなった時、パイロットも共に死ぬのだ。
「お前が死ぬのは最後だ」
気付けば隊長が前にいた。
「年食ったやつから死んでいく。この中で、お前が一番のガキだからな」
そう言って笑う隊長が、一番の年上だった。
〈ビビッド〉と〈グレイ〉の操作訓練はシミュレーターで行う。
シミュレーターの内部はコックピットが完全に再現されていた。狭く息の詰まる空間、ディスプレイやスイッチの光の色、シートの座り心地、グリップの感触。
ひどく静かで、自分の掠れた呼吸が閉じた世界に反響する。
ぱっと全面のモニターが点く。そこに広がるのは、仮想空間だ。のっぺりとした地形が、徐々に最適化されていき、人類圏外の風景が作り出されていく。
横を見れば〈グレイ〉たちがいる。
その少し前に〈ビビッド〉立っている。
身長はおよそ十五メートル。細身の人型だが、人間と比べると脚が大きい。
銀色の装甲に、特殊な動力源が作り出す淡い赤色の光が宿っている。
目を引くのは、背中から後ろへ伸びる二対の鋭い装甲だろう。翼、と呼ばれる部位だ。鮮烈な赤い光を滾らせている。
〈ビビッド〉が動き出すと赤い光がさらに強く発光し、空を翔けると飛行機雲のように赤い線が残った。
〈グレイ〉も飛ぶことはできる。しかし、〈ビビッド〉に追い付くことはできない。それに飛翔というよりも、跳躍というほうが正しい気がする。
この赤い光を〈グレイ〉は持っていない。だから機体の色は、日陰へ入り込んだかのように灰色だ。
じっときれいな赤い光を見ていれば、シミュレーターはニュートラルへ移行し、訓練が終わっていた。
もちろん、自分も真剣にやっていたが、やはり主役は〈ビビッド〉だ。〈グレイ〉の仕事は指示されたタイミングと位置に突撃し、できるだけ【インベーダー】を引き付けるだけだ。一定の損傷度を越えれば、撃破判定で操作をできなくなる。そうなれば、空を翔ける〈ビビッド〉を眺めるほかない。
他の〈グレイ〉たちはもう撤収していた。ただ〈ビビッド〉だけが、未だ仮想の【インベーダー】を相手していた。
〈ビビッド〉の居残り練習は、自分が初めて訓練に参加した時から続いている。
〈ビビッド〉の動きは洗練されていて無駄がない。攻撃を避けたと思えば、別の個体への攻撃に繋がっていたり、複数の【インベーダー】の隙間を潜り抜ける瞬間にも、それぞれに攻撃を当てたりしている。
パイロットには特別な資質があるからとか、天性の才能を持っているからとか、そんな言葉で言い表せない。あの華麗な動きは日々の鍛錬の賜物だろう。
舞い散る桜の花びら。〈ビビッド〉が撒き散らす光の粒子は、それに非常によく似ている。
ぼうっと見ていると、いつの間にか〈ビビッド〉の動きは止まっており、もっと言えば自分の目の前まで立っていた。
『そこ、どいて。邪魔だから』
無愛想な、大人になりきれてない年頃の少女の声だった。
別に初めてではない。戦闘中や訓練中だって聞いている。ただそれは、指示とか命令とかいう類のものであり、感情を感じさせないものだ。
だから、驚いた。
「ぇえっ? あ」
焦ってバックステップ。そして通信ボタンを押す。
『……ごめん』
情けない声。
『……別に』
返事が来るとは思ってなかった。
『あの、見てていいかな?』
だから思わず会話を繋げてしまい、慌てて通信を切る。
〈ビビッド〉と〈グレイ〉の交流は好まれない。自分は彼女の顔も名前も知らないし、向こうも〈グレイ〉のパイロットの情報を知らない。
もし万が一、仲良くなったら?
〈グレイ〉は盾となって死ぬのが役目だ。情を持ってしまえば、助けようなんて思うかもしれない。
それは、駄目だ。
〈グレイ〉を助けるための行動で、〈ビビッド〉が損傷してしまうかもしれない。〈グレイ〉は修理もできるし、パイロットの換えも効く。けれど〈ビビッド〉は機体もパイロットも代用はいない。
はっきりとした優先順位が存在する以上、逆転および、それに繋がるようなことはあってはならない。
『いつも見てるでしょ』
ドキリとした。隠れていたわけじゃないので、気づかれるのも当然だが、同じ人物がいつも見ていると把握されているのは、まずい。
『はあ……』
返事のない、できない自分に呆れたのか、ため息。彼女はふわりと浮き上がり、空を切り分けるように赤い軌跡を作り出す。
『……これは、独り言だから』
「え……?」
『空を飛ぶのは、好き』
急旋回、それから八の字を描いた軌道。真っ直ぐに急加速から、軌道が直角に曲がると、速度を落とさずもう一度直角に曲がった。
空を飛ぶ鳥よりも、青い空に映えた。
例え自分が〈ビビッド〉に乗れたとしても、あそこまで縦横無尽に動かすことはできないだろう。
(楽しそうに飛んでいる……)
『風が心地良いから。〈ビビッド〉が感じ取るものは、私にも伝わってくるの。シミュレーターじゃあ、わからないけど』
自由を謳歌する彼女の前に、【インベーダー】が現れる。
『戦うのは嫌い』
彼女の左腕の赤い光が増した刹那、【インベーダー】の体に赤い線が走って真っ二つに分かれた。
扇状の赤い光の軌跡。彼女の左腕から伸びるソードが作り出したものだ。
【インベーダー】が背後から彼女を襲う。
彼女は振り返り、右腕を突きつける。ショットガンから放たれた幾つもの赤い弾丸が弾け、【インベーダー】の体をずたずたに引き裂いた。
『だって、苦しいから。死ぬのが嫌。私が死ねば、人類は滅びるでしょう。……父さんが死んだ時、私がいた。でも私には子供なんていない。〈ビビッド〉に乗れる人は、私以外にいない。私だけが人類を救える。救わないといけない』
彼女はその場で浮かんだまま、両腕をだらりと垂らした。それでも翼の光は輝いている。
『……戦いたくない。もっと生きていたい。何も考えずに、ずっと空を飛んでいたい。もうひとりはいや』
無防備な彼女の周りに、大量の【インベーダー】が出現した。
「あっ……」
『……っ!』
思わず声が出た瞬間、彼女は動き出していた。
切り裂いて、撃ち抜いて、暴力的に【インベーダー】を駆逐していく。
先程の優雅のかけらもなく、まるで子どもの癇癪みたいに手脚を感情のままに振り回す。
しかし、その動きですら的確に【インベーダー】の弱点を突いている。彼女の動きは、戦うことに最適化されていた。
そのことが、妙に悲しい。
だつて、ただ空を飛んでいるだけの彼女が、あまりにも楽しそうで、うれしそうで。
今の彼女は、泣いている。
自分の指が震える。指先が通信ボタンに近づいていく。
震える手を力いっぱい握りしめて、額に押し付けた。
それから深呼吸。
そして通信ボタンを押した。
『ただの独り言』
『……俺は、戦ってる理由が分からない』
『人類を救うとか、いまいちピンと来ない。家族も親しい人もいない。しいて言うなら、部隊のみんなだ。あの人たちも、友達というわけじゃない』
『命をかけて守りたいものがない。だから、戦って死ぬのが怖い』
『パイロットになったのだって、適性試験でたまたま良い結果が出たから。候補生になった後も、良い成績出して、それで選ばれた』
『〈グレイ〉のパイロットは消耗品。数は多い方が良い。俺が選ばれたのだって、大した意味はないんだ』
『意味のある人生を生きたい』
『今回の作戦で、もしかしたら、って思ったけど、怖い』
『……死にたくない』
コックピット内で項垂れる。彼女の方へ視線を向けることはできなかった。
当然、返事はない。独り言だからだ。
それから少し経って、司令部からの通信が届く。
『〈グレイ4〉、シミュレーターの使用時間は終わりだ。すぐに撤収しろ』
顔を上げると、〈ビビッド〉の姿はおろか、モニターも消灯していた。
独り言が届いたのか、いや、届いてない方が良いに決まっている。
あれは情けない自分の弱音だ。
そんなことを考えながら、シミュレーターから抜け出した。
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