令嬢探偵~二度目の処刑はご免被りたいですわ!~
藤沢ありん
序章
「レティシア・アーネット元公爵令嬢を、聖女暗殺未遂の罪により処刑する――」
兵士に取り囲まれたレティシアの耳に、幾度となく聞いた声が飛び込んでくる。
彼の名はイゼルス・レイフォート。この国の王太子であり、レティシアの元婚約者でもあった。
彼の傍らには、不安げな表情をした少女が寄り添っている。
彼女の名はメイと言う。王家に伝わる泉に突如として舞い降りる、救国の聖女……その言い伝えの通りに現れた彼女に国中が沸き立ち、王太子妃に据えようという話が持ち上がった。
そして――レティシアは、彼女に対する暗殺未遂の罪で今まさに処刑されようとしている。
王宮で保護されていたメイの食事の器から、毒が検出されたのだ。
彼女は一命を取り留めたが、聖女に対する暗殺未遂は当然大問題となり、徹底的な捜査が行われた。その結果、犯人として浮上したのがレティシアだ。
王太子の婚約者の立場が脅かされそうになっていたのだから、動機は十分だ。
才媛の誉れ高いレティシア嬢なら、巧妙に毒を含ませるのは難しくないはずだ。
そういえば、アーネット公爵家の領地には鉱山がある。あそこから毒物も採れるのではないか。
そういった人々の憶測は、やがて確信に変わっていき……身に覚えのないレティシアがいくら否定しても、聞き入れられることはなかった。
結果としてイゼルスとの婚約は破棄され、アーネット公爵家には廃家の処分が下されることとなった。
両親も、弟も、最後までレティシアの無実を訴え続けてくれたメイドも、先に処刑されてもう居ない。
そして、遂にレティシアにも処刑の日が訪れた。
彼女は集まった群衆を見渡し、次に元婚約者に目をやり、内心で毒づいた。
(正式に婚約を交わす前、それもまだ貴族の籍でもない彼女と、あんなにもくっついて……もう少し、慎重な方だと思っていたのだけれど)
そうしている間に鐘が鳴り、レティシアは目を伏せた。
彼女の首に、斧が振り下ろされる。
肉を切り裂く鈍い音は、群衆の声にかき消された。
……はずなのだが。
レティシアは、どういうわけか自室のベッドの上で目を覚ました。
状況が理解できず、彼女は周囲をきょろきょろと見渡す。
(夢……? いいえ、そんなはずはないわ)
幸い部屋には誰もいないので、部屋の中を歩き回りながら状況を整理することにする。
まず自分の着ている服を見下ろすと、胸元から肩まで同じ柄のレースが覆っているのが特徴的な桃色の寝巻だった。
(この服……そうだ、五年前に流行った異国の文様のレース編みだわ。そうすると、今の私は十二歳かしら)
この寝巻のことは、レティシアもよく覚えている。貴族女子のサロンで話題となり、彼女も一目で気に入った。もう少し品のある服の方が、と渋る父を何とか説得し、部屋の外には着ていかない約束で作らせたのだ。
服のことに気づいたレティシアは、部屋のいくつかの箇所を確認し、自分の考えが間違っていないことを確信する。――理屈は分からないが、自分は処刑の五年前に戻っている。
(そうなると、気になるのはどのくらいの時期か……この寝巻は春の生地だから、初めての舞踏会の頃だと思うけど)
元々“才媛”と呼ばれていたレティシアは、自分が何を成すべきかを理解していた。
五年前の春、初めての舞踏会で彼女はイゼルスに出会った。イゼルスが彼女に一目惚れして、そこから交流が始まったのだ。
その三年後には正式に婚約が結ばれ、彼女は未来の王妃にふさわしい教育を受けることになる。レティシアはその優秀さで国王夫妻にも気に入られ、貴族たちにも未来の国母として受け入れられた。
つまり、舞踏会でイゼルスに気に入られなかったら。婚約までの間に彼の不興を買っていたら。妃教育で挫折し、国王夫妻から婚約破棄を申し入れられたら。
どこか一つでも変えることができれば、メイが現れたとき、彼女はメイとイゼルスの傍にいないことになる。
そうすれば、愛する家族や使用人共々処刑される運命から逃れることができるのだ。
「お嬢様、もう起きていらっしゃいますか?」
ドアの向こうから、メイドのルーナの声が聞こえる。幼い頃からレティシアに仕えている彼女は、あの時彼女の無実を訴えてくれた数少ない人物の一人だ。そんな彼女も、このままでは処刑されてしまう。
(今度こそ間違えない。絶対に回避するわ)
ぐっと拳を握りしめ、レティシアはドアの向こうに返事をした。
「ええ、起きているわ。今日の予定はどうなっていたかしら?」
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