42.鈴木さん(仮)のお話
この入院で、私が最初に好きになった人の話をしておきます。
ところどころフェイクを混ぜています。ご了承下さい。
私の使うランク上の四人部屋には、入室した時点で先輩が既にひとり入院されていました。
鈴木さん(仮)です。
同室の方へ挨拶した方がいいのか、看護師の方に相談したところ「人それぞれですね。一般病棟だと、お見送りするくらい仲良くなる人たちもいますよ」と仰っていたのですが、少人数の病棟だとそういう雰囲気になりたくない人もいるだろうなということで、私はやんわりとびびっていました。
でも、これから何日か同じ空間を共有するにあたって、私もご迷惑をおかけすることもあるかもしれないし、そちらも何をされても大丈夫ですよという敵意のないところだけはアピールしておきたくて、看護師さんが去ったふたりきりの病室で私はそっと声をかけてみました。
「今日から同室でお世話になる、初心者です。ご挨拶がご迷惑になっていたらすみません。音を立てたりして夜もご迷惑をおかけするかもしれないのですが、よろしくお願いします」
私が恐る恐る声をかけると、カーテンをそっとめくってひとりの女性が顔を覗かせてくれました。
ちょうど、私のお母さんくらいの年齢で、小柄で優しそうな女性がにこりと笑みを向けてくれました。
白髪の混じるロングヘアを後ろですっきりとまとめた子綺麗な御婦人は、私と同じレンタルパジャマに身を包んでいます。
背筋を伸ばして微笑む彼女は窓辺から降り注ぐ日の光を受け、ぼんやりと内側から光っているように思えました。
「鈴木です。こちらこそ、夜あまり眠れなくてベッドとか音出しちゃうこともあると思うので、ご迷惑をおかけしちゃうかもしれませんが、よろしくお願いしますね」
申し訳なさそうに仰って下さるマダム。
おいおいおい、待ってたぜその言葉をよ!
「全然! もうバンバン音立てちゃって下さい! 夜とか気にならないんで! 気にしない道具も、イヤホンとかいっぱい持ってるんで! パーティーしちゃっても大丈夫ですよ!」
アホかお前、いらんこと言いがぁ。友達じゃねーんだぞ。テンション考えろ。
距離バグキモータと化した私に、マダムはうふふと上品そうに笑って下さいました。
よかった、いい人そうだ!!
夜、眠れないのって辛いですよね。
しかも知らん人と同じ部屋に詰め込まれて、なんの病気か知らんけど患ってらっしゃるんでしょ先輩も。
任して下さい。ベッドなんか百回起こして下さい。テレビもバンバン見ていいっすよ。ライトもつけて、フロアわかしてください。
気にせず、寝られそうなら寝て下さい!
そんな気持ちだけお伝えできたかなと。
最悪尿瓶で殴ってくる系のパワフルヤバ同室マンを想定してたので部屋ガチャSSRです! ありがとう先輩最高!!
私利私欲まみれな安堵をする私に、先輩はそれからも時々声をかけて下さいました。
「話をしてたら気が紛れるの」と仰って、もう術後であること、週末に退院すること、ご自身のご病気のこと。
詳細は伏せます。
先輩めっちゃ頑張ってますね。すげぇもう私聞いてるだけで泣いちゃいそうになっちゃったもん。
当たり前だけど、ここには人の人生があって、先輩も大変なはずなのにすごいお話しして下さって、こんな優しい人がこの世の中にはいるんだなぁってめちゃくちゃ感動しました。
私にはかわいいおばあちゃんになる計画があるのですが、鈴木さんを今後の人生の目標にしようって決心しちゃったもん。
それくらい上品でかわいらしくて、強さのある素敵な女性だなって思いました。
手術の直前「頑張ってね、初心者さん!」と声をかけて下さったのも、どれだけ励みになったことか。
病院の方針で、婦人科はいまだに面会ができなくなっています。
報告した友人たちは「えー」と一様に残念がってくれたのですが、個人的にはほっとしているくらいでした。
気持ちはもちろん嬉しかったです。全員抱きしめてまわりたいくらい。本当に。
ただ、こんなずたぼろの姿を見られるより、元気な私と遊ぶことに時間を使って欲しいなって思ってました。
けど、やっぱりいざひとりで手術行くってなるとこわくてさー。
だから、こんな状況なのに勇気づけて下さる他人に見送られながら手術に行けるなんて、私はなんて幸運なんだろうって思いました。
鈴木さんが退院の前日、そっと私のベッドに遊びに来てくれました。
まだ私は術後で管まみれで、体もうまく上げられないくらいボロボロだったけど、ロータスのビスケットとあんず飴をそっと棚の上に置いてくれて「元気になったら食べてね。一日一日元気になっていくはずだから、頑張ろうね」って声をかけて下さいました。
同室であるということは、それぞれの主治医の会話や方針などもすべて筒抜けになるということです。
詳細は伏せますが、私は鈴木さんがこれから大変な治療に向き合わなければならないことを知っていました。
なるべく主治医の先生とお話しされる時は、歩く練習に行ったりしていたのですが、やはりすべてのタイミングで席を外すことは難しくて。
鈴木さんが下さった優しさのひとつもまだ返せてないのに、お別れになるのが寂しくて。一生懸命考えて。
鈴木さんがベッドに戻ったあと、私は自分の荷物を確認しました。
食べ物は制限されているから、持ち込んでません。食べれるようになれば買えばいいやと思っていましたが、こんな時に仇になるとは。
ふと目に止まったのは、入院直前に酔っ払って百均で買ったやたらかわいい未開封のマイメロちゃんとクロミちゃんの除菌シート。
それから、遊ぶ余裕があればと持ち込んだ未開封のどうぶつの森のamiiboカードでした。
「鈴木さん、ゲームとかやられますか?」
鈴木さんが窓際に、クロスワードなどを置かれているのは知っていました。
「パズルとかなら」
「これ、私の好きなゲームのカードなんです。開けてかわいい!ってだけのものなんですけど、よかったらもらって下さい。あと除菌シートも、かわいいだけのものなんですけど。かわいいってアガると思って生きてるので、よかったら使って下さい。お菓子ありがとうございました。手術の前も、鈴木さんに声をかけてもらえてすごく嬉しかったので、少しでもお返ししたかったので。よかったらもらって下さい」
人間が苦手です。
嫌うのも、嫌われるのも、辛い。
そんな風に投げやりに生きてきた私が、もっと人間を学んでおけばよかったと、強く後悔した瞬間があるとすればここだと思います。
もっとましなお返しがあるだろうと、自分でも思います。
ただ、嬉しかったことを伝えたかった。
ゴミになるとわかっていても、我を通すことしかできない未熟な人間性をひどく後悔しました。
それでも、ただ伝えたかった。
ほんの少し話をしただけのあなたに、私がどれほど救われたのかを。
もう二度と会えないかもしれないけれど、それでもこの世界で鈴木さんが生きてくれることを願う人間がいることを。
ただ、ありがとうの言葉を。
伝えたかった。
人間て不思議なものです。
こんなに一瞬しか関わらない相手に、こんなにも救われてしまうことがあるなんて。
退院当日、鈴木さんが最後に顔を見せて下さいました。
「ありがとう。頑張ろうね。外来で来た時、初心者さんの苗字が聞こえたらいるのかなって思うことにするね」
「初心者なんて苗字、多分百人はいますよ!」
「うふふ。そうかもしれないわね」
「私も、鈴木さんがいないか探します。退院おめでとうございます。お互い頑張りましょうね」
こうして病室で出会った私たちは、病室で別れました。
たった数日、少しだけ会話しただけの知り合いとも呼べない相手であることはわかっています。
それでも、私はこの場所で、素敵な友達ができたと思ってこれからの人生を生きていきたいと思いました。
鈴木さんが、どうかこれからも健やかに暮らせますように。
どうかすべての幸福が、あの太陽の光のごとく彼女に多く降り注ぎますように。
これが、私のたった数日間の友人、鈴木さん(仮)のお話です。
(続)
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