池田と吸血スライム 前編
俺は東方大陸の都市、ミルーに来ていた。
着いて一日目ということで街を散策していたら風俗街についた。あとで知ったことだがこの街はこの風俗街が有名でここを目当てに訪れる者も多いのだとか。
もう夜だというのにここは異常に明るく、ケバケバした装飾が施された街道の両脇にはキャッチがずらり。この世界には風営法なんて存在しない。キャッチの姉ちゃんたちはみんな乳を限界ギリギリまで露出させていた。人通りも激しい。あ、あの人みえてね?と確認しようと思ったら見失ってしまった。悔しい。
異世界に来てもう5年ほどたっただろうか。いままではクラスメイトを探すことに必死で、そんなこと考えもしなかったが、ここいらで我が純潔を捨ててしまうのも悪くないかもしれない。なんてことを考えていたら見覚えのある顔が視界の端に一瞬映った。メイクと服装のせいでかなり印象は変わっているが、あれは池田さんだ。
「こんなところで会うなんて」
池田さんに案内されて店内の奥へと向かった。ここは従業員用の待機室だろうか。荷物が散らかっていて、部屋の隅には簡易的なベッドもあった。......なんかちょっと匂うな。なんの匂いだろう。
椅子に座り池田さんに向き合う。久しぶりに会った彼女はメイクのおかげかすごく綺麗で、緊張してなかなか目が合わせられない。それに、彼女もキャッチの例に漏れずギリギリを責めた格好をしている。視線のやり場に困る。
「あーごめんね?こんな格好で」
そう言って池田さんは上着を羽織った。よかったよかった。
それから、とりあえずお互いの今の状況を話し合った。話している間、池田さんは長い髪を後ろに縛っていた。その姿が高校時代の彼女に重なりなんだか懐かしかった。
「生きていくために、私にはこれしかできることがなかったんだ」
佐藤も似たようなことを言っていた。生きていくために。俺のこれまでの異世界生活はそれほど大変ではなかった。その言葉の本当の意味での重さを俺は知らない。
「でも、後悔はしてないよ。おかげでおいしいご飯にありつけていて、こんなにかわいい服も着れて。お店の人たちもみんな優しくしてくれてるし」
池田さんは続ける。
「でも、渡辺くんはすごいね。一人で生きていけて。いろんなところに行けて」
「運が良かっただけだよ。魔法もそれなりに強かったし」
「私にも魔法使えるのかな......」
そう言って彼女は自分の両手のひらを見る。俺は彼女に会ってからずっと考えていた言葉を発した。
「よかったら俺と一緒に南方大陸まで行かないか?先生と宮野と米澤と、あとあの時の運転手さんもいるんだ。あっちでの生活は俺が保障する。それに、南方大陸には魔法大学があるから、そこで魔法の勉強もできるよ」
そこまで言い切って池田さんの方をみる。彼女はうつむいて何か考え事をしていた。
「うれしい......」
「なら」
「でもちょっと考えさせて......」
この日はそれで彼女と別れた。
これでクラスメイトは何人目だろう。米澤辺りは無茶だとか言っていたがかなり順調だ。今回のは完全に偶然だったが、だんだん人探しが板についてきた気がする。
そういえば池田さんは前の世界の人間に会うのは俺が初めてだと言っていた。俺だったら嬉しさと驚きで泣いてしまいそうなものなのに。これは高校時代からの話だが、池田さんは何というか、つかみどころがない人だ。
次の日。また池田さんの元を訪れたが今日は彼女はいないようだ。
「お客さん。目当ての女の子でもいるのかい?」
オル人のキャッチに話しかけられた。オル人は体がデカいからこういう店の店先に立つにはボディーガードとしてちょうどいいのだろう。こちらの世界に来たばかりの頃は見かけるたびにびくついていた。顔も真っ赤だし。
「いやー実は池田って子に会いに来たんですけど、今日はいないみたいですね」
「池田って......あーユウちゃんか。今日休みだよ」
男はあたりをキョロキョロと見渡し、誰もいないことを確認してから内緒話でもするかのように言ってきた。
「お客さんこの店始めてでしょ?だったら悪いことは言わない。他の子にした方がいいよ。」
何故そんなことを言うのだろうか。
「なんでですか?彼女悪い子じゃないと思いますけど」
「まあ悪い子じゃないんだけど。ユウちゃんには悪い噂があってね」
噂?
「なんでも彼女のお客さんはみーんな店に来た数日後に失踪しちゃうんだって」
失踪?
「俺もこの店来て日が浅いから詳しいことはわからないんだけど。他の店の嬢はみんなそう言ってるんだ」
「他の店?この店じゃなくて」
「うん。たぶんこの店の嬢は口止めされてんだろうな。店の売り上げに響くから。だからこの話はできるだけ口外しないように」
そう言って男は人差し指を口に当てた。その仕草こっちの世界にもあったんだな。などと思っていると男が続けた。
「なんで俺がこんなことを言うのかって?それはなあ、お兄ちゃん冒険者だろ。いいいい、見りゃあ分かる。俺もちょっと前まで冒険者だったんだ。足を怪我しちまって今は休業中だがな。」
男はそうまくしたてた。真っ赤な顔に嬉しそうな表情が浮かんでいる。
「はあ。それで今はこの町で暮らしているんですね。」
「いや、それだけじゃねえ。この店でたんまり金を稼いだら教会で足を治してもらってまた冒険者をやるんだ!」
金を稼ぐ必要があるということはきっとひどい怪我、あるいは病気なのだろう。簡単な怪我なら大抵の教会はワンコインで治療してくれる。
それからこの客引きの男と話が盛り上がって一緒に飲みに行った。店はいいのかと聞いたら他にも店員いるからいいと言っていた。この男単純に稼いでいないせいで足が治せないのではなかろうか。彼のおかげでこの街のことをいろいろと知れた。
それからも池田さんはあの店には現れなかった。もう五日が経った。彼女には逃げられてしまったのかもしれない。何も言わずに逃げてしまうだなんて、なにか俺の言動に問題があったのか。この前の俺の発言は軽率だったのか。彼女にもこの街での暮らしがあって、俺の発言で彼女をひどく傷つけてしまったのかもしれない。今までにもこういうことは一度だけあった。俺は自分が正しいと思ったことを相手にも押し付けてしまう癖があるのだ。
次の日、この街を出ることにした。あんまりのんびりしていられない。彼女には手紙を残そう。俺はそう考え、あの店に向かった。
店には池田さんがいた。今はまだ昼で、彼女の格好も前とは全く違う。動きやすそうな格好をしている。
「一緒に来ることに決めた?」
「はい。よろしくおねがします!」
そう言って彼女はお辞儀をした。
一週間ほど音信不通だったが、余計な詮索はしない方がいいだろう。彼女の本心、事情など俺に知りようがない。きっと向こうで宮野あたりが聞いてくれる。無駄な親切心で彼女の決断にケチをつけることになってしまうかもしれない。彼女は一緒に来てくれたんだ。今はそれで十分だろう。
「支度は済ました?」
「はい。ここ一週間ほどあちこちに顔を出していて。それでお店には出られなかったんですけど。渡辺くんあれから毎日お店に来てたんでしょう?ごめんなさいね。」
そう言って彼女は柔らかく微笑んだ。
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