第4話 ドトールを追い出された現代の巨匠

翌日。休暇で日本旅行に訪れたタゴネール書記官は、チーズに挟んだリッツとコーヒーをつまんで安堵のひとときを過ごしていた。窓から差し込む五月の陽射しは、まだ穏やかで柔らかな感触ではあるけれど、間もなく到来する夏を控えて、まるで極端に騒々しい赤ん坊のような、少しおっかないまでの活力を内含しているように思えた。


頬杖ついて窓越しの日向ぼっこにふけっていると店員さんがやってきて、「すんません、ドトールは外からの飲食物持ち込み禁止なんすけど」と嗜められた。「そのコーヒーもスタバのじゃないすか。せめてウチで何か買ってもらえませんかね」


タゴネール書記官は無礼を詫び、だが何かを買う金も持ち合わせていなかったのでリッツの箱とコーヒー片手に店を早々に出て行った。

テーブルにはこぼれ落ちたリッツの破片が散らばったままである。


「フゥ、やっぱフリースペースみたいな使い方したら注意されちゃうんだな」としょんぼりするタゴネール書記官であった😞


行く当てもなく、かといって店の前にいつまでも立ち尽くしているわけにもいかず、斜向かいのバス停のベンチで日向ぼっこを再開したタゴネールは、同じように陽光まばゆかった遠い初夏の午後を思い出していた。虹鱒太郎と川州でウサギを餌にナマズを釣ったあの日々のことを。

「フフフ、あいつは今頃もみかんの皮をキャッチしてるんだろな」と感傷に浸っていたタゴネールの前を、サブウェイのサンドイッチとセブンイレブンのコーヒーを手にしたボスのクリスが通り過ぎて行った。タゴネールはまさかボスと休暇旅行中の異国で偶然バッタリ再会するとは思わず、たまげにたまげたが、プライベート・タイムを尊重しようとの意思からあえて話しかけないことに決めた。


タゴネールに気づかず歩き去ったクリスは、ついさっきタゴネールが追い出されたドトールに入って行き、案の定、五分とたたずに追い出された。

立ち尽くすクリス。食べかけのサンドイッチとまだたっぷり入っていそうなコーヒーが、打ち切られた安らぎのひとときを連想させて痛々しい😥


恥ずかしそうに落ち着かなげに周囲を見回すクリス。

と、タゴネールとうっかり目があってしまった!

タゴネールは慌ててうつむいて目をそらす。「やべ、見つかっちった。いやなに、こんな異国での偶然の出会いなんて常識でありえないことだから、ここは他人の空似ということでやり過ごそう」とタゴネールは自分はタゴネールのそっくりさんでクリスとはなんの面識もないのだという設定をこしらえて心の平穏を得た。


ところが、である。

「タゴネール」不意に名前を呼ばれてうっかり顔を上げると、そこにはクリス仁王立ちしているではないか!

「直近の五分間に君が見聞きしたことは全ていますぐ記憶の貯蔵庫から抹消するんだ。これから私がこの場を歩き去るまでの五分のこともな。返事はいらない。以上だ。ああ、よしてくれ。そんな目で私を見ないでほしい。君は気高い精神の持ち主だろう? なら私が何を望んでいるか、言われるまでもないだろう」

そう言って数秒ほど、何か言い足そうとしてかクリスは黙ったまま立ち尽くした。気まずい束の間の沈黙をおいてクリスは早歩きで去って行った。


タゴネールはボスの指示に従った。





















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