許してもらえるわけないでしょ
見鳥望/greed green
*
―とある心霊Utuberの祓い師Aとの対談配信動画の一場面より―
「これ、お札ですか?」
「そうそう。こういった道具をね、使ったりもするんですよ。ほら、どうぞ」
「え、いいんですか?」
「構いませんよ」
「ありがとうございます。これ、書かれてる文字は読んでも大丈夫ですか?」
「どうぞ。あ、でも企業秘密なんで動画上はピー入れといて下さいね」
「分かりました。えー、********************(動画上規制音) これはどういう……?」
「簡単に言えば護符みたいな、お守りに近いそういったものですね」
「なるほど。祓い師というだけあって、こういうものも使うんですね」
「まあ、自分でそう名乗ったわけではないんですがね」
「まあでも、そう言われてしかるべきなんじゃないですか。事実、**さんを始めAさんを頼って救われた人が何人もいるわけですし」
「たいした事はしてませんよ。実際そんな大層な力なんかではないです。私自身の力、というより、お力をお借りしている、という方が正しいので」
「お借りしているというのは、何からですか?」
「難しいですね。簡単な言葉で言えば神仏、というイメージが近いんでしょうか。預言者とか神託って言葉あるでしょ? 彼らは神の力を持っているわけではなく、神の声を聞く力を持っているだけです。だけ、と言っても十分凄い事なんでしょうが。あ、でも私のそれはもちろんそんな凄いものじゃないですよ、何度も言いますけど」
「そんなに謙遜なさらなくてもいいと思いますけど」
「いやいや、自分の手柄みたいに言えた事ではないですから」
「その姿勢がまた信頼と信用を生むんでしょうね。Aさん今日はお忙しい中ありがとうございました」
「ありがとうございました」
*
「改めて今日はありがとうございました」
収録後再度礼を述べるとAさんは、「いえいえ」と気さくな笑顔を見せながら気にしなくていいよといったように軽く手を振ってみせた。
テレビの裏方に携わる傍ら、完全に趣味と言えるオカルトの興味を私はUtubeチャンネルに日々吐き出していた。自分が好きでやっている事ではあるが、それだけに伝わるものがあるのかチャンネルは現在登録者数5万人を超えている。
オカルト業界というのは、昔も今もやはりどこかきな臭さを残している。
世間一般から嘲笑を受けていた昔に比べれば土壌は良くなったとはいえ、妙にブーム化してしまったからこそ、それに便乗して承認欲求を満たさんとばかりに新規参入者で溢れ、力のない所謂”ガセ”も多く蔓延っている。
万人が見聞きできない、また証明されていない世界なだけに、この空気が完璧に払拭される日はまだまだ先の話だろう。
だがだからこその面白味がある。哲学のように答えのない答えを探るよりかは真実に近付けるような身近な感覚がオカルトにはある。そこが自分にとってツボを突いている点の一つだ。
本当の答えを知った日、自分は白けるのか、はたまた膝から崩れ落ち感涙に打ちひしがれるのか、それは分からない。分からないからこそ、自分は今もこうやって追いかけ続けている。
「Aさん」
撮影を終えてからが、自分にとっては本当の本番だった。どうしても表に出るものは繕われる。ただ一度大衆用に上がったガードがあるからこそ、その後に少し下がる防御からぽろっと零れ出るものがある。
「オカルトは、本当に存在すると思いますか?」
この質問は霊能力者と呼ばれる人達に必ず投げかけている。
愚問。実際にそう言われた事も少なくはない。
「あるに決まっている」と嘘偽りないと言った調子で言われる事も、真逆で「あるわけないじゃない」と嘲け笑うように言われた事もある。
別にその答えにいちいちガッカリもしない。それで成立している世界だ。いずれにせよ、だいたいの答えの相場は決まっていた。
「存在すればいいなと、私は思っていますよ」
だがAさんの答えは、今までの霊能力者とは少し違った答えだった。
「その方が、都合がいいじゃないですか」
しかし次の言葉はオカルトを否定する類にも聞こえた。
「それは、ご自身の力も含めて、ですか?」
私は慎重に言葉を選ぶ。
「**さんはあなたにも救われたと言っていたんでしょ?」
Aさんは笑顔だった。だが私には何とも言えない違和感があった。
“ずっと視界の隅に奇妙な女が見えてたんですけど、Aさんに祓ってもらってからは一切見えなくなったんです。ホンモノっているんですね”
**さんは二十代の男性で、ある時自殺で有名な心霊スポットに友達と行ったそうだ。現場でも色々と怪奇現象を体験したそうだが、問題はその後**さん達が奇怪な女を日常でも見るようになってしまった事だった。
お寺や他の霊能力者にもあたってみたが全く解決出来なかった中で、人伝に聞いたAさんのもとを訪れ、ようやく**さん達は恐怖から解放された。
Aさんの力を証明するエピソードの一つだ。何か口裏を合わせたようなものでもなかった。私はホンモノの可能性が高いと踏んだ。
「本当に、都合がいいですよね」
神経がぴんと伸びた。何がきっかけかは分からない。だがAさんはこれからおそらく、普段口にしていない言葉を今から吐き出すつもりだ。
「思いません? 人の機嫌損ねて直接謝りもせず、関係のない私にどうにかしろって」
Aさんは笑顔のまま話し始めた。
「人がね、死んでる場所ですよ? 絶望的なまでに追い詰められて、色んな選択肢全て失くして、唯一残った死という解放に希望を委ねて、この世に色んな感情残して死んだ場所にですよ。おもしろおかしく踏み込んで馬鹿にして。許してもらえるわけないでしょ?」
紛れもなくそれはAさんの本音だった。撮影時と変わらない温和な空気と表情だったが、口から出てくる言葉は怒りに満ちたものだった。だが不思議なのは、その言葉に一切の温度が感じられなかった。
「そのくせどうにかしてくれって。順番が違うでしょ。まずは誠心誠意謝罪ですよ、普通は。**さんみたいなのがやった事は、面白いと思って赤の他人にいきなり水ぶっかけといて、それで怒った人に対して、あの人怒ってるんで何とかしてくださいって言ってるのと同じですよ。そんなの、ねえ? 許してもらえるわけないでしょ?」
許してもらえるわけないでしょ。その後もAさんはこの言葉を繰り返した。生き死にに関わらず常識のない者の行動だと。
そこで一旦Aさんはずずっと茶を啜った。そのタイミングで私は尋ねた。
「それなら、何故**さんには、その後何も起きてないんですか?」
だったらおかしい。彼らが許されない存在なのだとしたら、幾多の怪談にもあるように不幸に見舞われるべきじゃないか。だが彼らは怪我もせず何も失わずに今も普通に生きている。それはAさんが悪いものを取り払ったから。やはりそうなるのではないか。
「今はね」
Aさんの笑顔がほんの一瞬消えた。そう言ってまた茶を啜った。
「私なりのやり方というか、ならこういう流儀があってもいいのかなと思ったんですよね」
先ほどの無表情が、一瞬映り込んだ間違いかのように笑顔が戻っていた。
「今じゃなくていいんじゃないって。今彼らを不幸にあわせるだけで、それで満足できますかって。そういう事ですよね」
「……というと?」
「堕ちてから、たっぷり、ずーっと苦しめたらいいじゃないですか。生きている人間は死霊を殴れない。逆も然り。でも同じ世界なら? 好き放題出来ますよね。だから、その為の仕込みをしてあげてるんですよ」
「仕込み?」
「そう。**さん達みたいな馬鹿な人間が、彼らと同じ世界に堕ち、なおかつ抵抗出来ないように今から仕込んであげるんですよ。そうすれば、彼らも回りくどい事をせずに、好きに出来るでしょ? だから、今は大丈夫なんです。許してもらえるわけないですもの、普通に謝った所で。ましてや祓う? それじゃ馬鹿にされた彼らは? そんなの、ねえ?」
そうですね、となんとか言った私の言葉は震えていなかっただろうか。
彼はホンモノかもしれない。だが自分が思っていたホンモノとはまるで違った。さっさと帰ろうと私は椅子から腰を浮かせた。
「あなたは今後次第かな」
ぴたっと動きが止まった。顔を上げられない。Aさんの表情を見られない。見たくない。
「あれを触って読みましたでしょ。あなたは、ちょっと違うようですからね。まあ、私からしたらギリギリアウトなので」
“簡単に言えば護符みたいな、お守りに近いそういったものですね”
きっとAさんは笑ってる。とんでもない罠だ。
もう分からない。死者への侮辱から来る正義のつもりなのか、はたまた理由をつけて生者をいたぶる遊戯なのか。
「動画、楽しみにしてますよ」
そんなAさんの言葉を背に、彼の家を後にした。
動画は普段通り公開した。
“あなたは今後次第かな”
何がトリガーになるか分からなかったが、自分の中で彼の存在を世に出さないのも色んな意味で怖かった。
知って欲しくないが、知っていて欲しい。Aさんの言葉は、全く理解が出来ないというものではなかった。オカルトという不謹慎に触れざるを得ない業界で、常に頭の隅にあった罪悪感をくり抜いて眼球に捻じ込まれるような感覚だった。
その動画を最後に、私はオカルトから完全に退いた。
許してもらえるわけないでしょ 見鳥望/greed green @greedgreen
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