音の擬態~mimicry of sound~

ゆうきぼし/夜歩芭空(よあるきばく)

In  the World

 帰りの電車の中、いつのように窓の外を眺めていた。変わらない街並み。夕暮れの空。軽快なポップ長の曲がイヤフォンから流れる。今流行りの曲だ。友人に勧められてダウンロードした最新曲。

 隣にいる女子高生たちが噂話を始めたようだ。

「ねーねー。なんか最近……が捕まったらしいよね」

「マジ?ヤバいよね」

 声がデカイ。曲に集中できないじゃねえか。

「あ……れ?……なんか……」

 突然違和感を覚え、ぐわんっと眩暈と共に暗転した。


 気が付けば見たこともない世界。なんだ?ひょっとしてこれは噂でよく聞く異世界転移とかなのか?と俺は困惑した。


◇◆◇


「今から48時間以内に要求を吞まなければ人質たちは夢の世界に入ったままだ。覚醒メロディーがほしければこちらの要件に従え」

 犯人たちの犯行声明がだされたのは音楽を聴いていた若者たちがバタバタと倒れたその日の夜だった。いや厳密にはもっと早くに政府宛に犯行声明が届いていたのだがイタズラだと判断され発表が遅れたのである。かくして前代未聞のサウンドテロが行われたのだった。


◇◆◇

  

 ここはどこなんだろう?確か俺って電車に乗ってたよな?ずっとどこからか音楽が聞こえている。この曲ってなんだったっけ?

 どこかヨーロッパ調の建物。俺がアニメで見ていた世界感だった。あてもなくウロウロしているときちんとした身なりの男の子がきょろきょろと辺りを見回してはため息をついていた。小学生くらいだろうか。どうやら迷子らしい。俺が声をかけると警戒していたが、目線が同じになるように膝間づいて話しかけるとお付きの者とはぐれてしまったと泣きだした。かなり金持ちの子なんだろうな。言葉遣いもはっきりしてるし礼儀正しいな。俺はその子と手をつなぎながらこの世界の事を教えてもらった。この世界は音楽がエネルギーとして使われている世界だという。そういえば、街だけでなく建物の中にも音楽が流れている。それも時間ごとに微妙に音律が変わる。たまたま俺は絶対音階をもって生れたせいか音の違いが聞き分けられた。

 音が変わるごとに空気が揺れる気がする。まるで結界を貼りなおしてるかのように。俺をここから出さない様にしてる?まさかね。

 だが、どう見ても親子ではない俺が男の子を連れて歩いていたせいか不審者と間違えられ捕えられてしまった。


◇◆◇


「何を言っておる!そんな犯人の脅しにのってどうする?要求を呑んだからといって相手が約束を守るとは限らんだろうが!」

 声明直後、政府の高官たちはテロに屈しないと鼻息を荒くした。だがやがてその空威張りもしぼんでいった。家族と連絡が取れた途端に皆口をつぐんだのだ。

「ようやく気付いたようですね。我々の第一ターゲットは政府要人のご家族でしたのでね。次が一般人だったのですよ」

「このままで済むと思うなよ」

「はい。今発言された貴方のお子さんは今から三時間以内に脳内出血を起こします」

「なっ!何を馬鹿なことを!そんなことが出来るはずが……」

「出来るのですよ。我々の技術力を持てばね」

「信じられん!」

「音の力を馬鹿にしてはいけませんよ。今息子さんの脳は静かに揺れているのですよ。ごくごく微量な刺激を与えるだけでもダメージが大きくなるほどに」

「い、イヤフォンはもう外してるはずだ」

「だから?我々が与えたシグナルは脳に蓄積されているのですよ。解除サウンドを聞かない限りはね。こちらの思うどうりに体温をあげたり呼吸を止めたりもできますよ」

「そっそんな。頼むっ。助けてくれ。すまなかった!」

「……だめです。我々が本気だと言う事を知ってもらいたい」

「やめてくれーーーーー!」


◇◆◇


 つれていかれた先は城だった。男の子はこの国の第二王子だというのだ。牢屋に連れていかれそうになるところを自分の客だと止めに入ってくれた。ありがたい。

「ごめんなさい。乱暴されなかったですか?」

王子は申し訳なさそうに謝る。こんな小さな子に謝らせるなんて。この子は何も悪くないのに。

「お忍びで街に行ってみたかったのです。でも夢中になってあちこち覗いていたら従者とはぐれてしまって」

 しっかりした口調で話す王子に俺は好感を抱いた。俺にも兄貴がいる。弟が居たらこんな感じなんだろうか。

「そうだったのか。俺の方こそ、この世界……この国のことがあんまりわからなくっていろいろ教えてもらって助かったよ」

「いえ。よろしければ僕が知る限りの事をお教えいたします」

「そうかい?そうしてくれる嬉しいよ」

「はい!」


「弟から離れろ!」

「兄上?」

 なんだこいつが第一王子なのか?俺と同じ年齢くらいじゃないか。

「他国からの間者かもしれない!」

「そんな……違うと思います!この方からは嫌な音は聞こえません!」

 第二王子が動揺し始める。困ったな。スパイとかと思われてるのかな?

「俺は敵じゃねえ。こことは違う場所からやってきたんだ!」

「怪しいやつめ!弟にそれ以上近づくな」

 やっぱり信じてもらえねえのか。もうどうなってんだよ。

「わかった近づかないよ。ああもう!煮るなと焼くなと好きにしろ!」

 俺はばたりとその場で大の字に寝そべった。

「……ふん。すぐにわかる」

 第一王子が俺に手をかざすと不思議に俺の身体から音が鳴り響いた。

「わわ……なんだよこれ?俺の身体どうなって?」

「……ふむ。確かに澄んだ音色だが、ところどころ浸食音が紛れておる。お前音に侵されてるな?」

「なんだよそれ?」

「敵に攻撃されたことはあるか?」

「はあ?」


◇◆◇


 弟がサウンドテロにあったと聞き、心配と同時にテンションが上がった。音をつかって人間の脳に接触をし、指令をだすことができるなんて。私の研究テーマじゃないか!

「君がこの分野の最先端治療の第一人者だと聞いた。犯人が要求する時間までに解除音を探し出してくれ!」

 高官を名乗る人物から依頼を受ける。すでにニュースなどで話題となっているため病院や学校などはマスコミが集ってきている。秘密裏に依頼してきたようだ。

「48時間ですって?無茶です!もう少し時間を延ばすように交渉してください!」

「わかっている!こちらも犯人の居場所を特定する努力も行っているのだ」

「無理に追い詰めることだけはしないでください」


 脳外科医の私は障害がおこった脳を治療する目的でサウンド分野の研究を始めた。音を曲としてとらえられなくとも振動として耳骨から脳に直接働きかける方法で治療を試みている。こんなにも多くの研究対象が手に入るなんて……いや、人道に反することは辞めておかなければ。


◇◆◇


 第一王子が言うには俺は音蝕されているというのだ。

「そういえば急に眩暈がした時、曲を、音を聴いていた……その後気づいたらこの世界にきていたんだ」

「……信じがたいが音を媒介にして転移させる魔術でも開発させた者がいるのかもしれないな」

「ええ?そうなの?じゃあ俺は犠牲者ってこと?」

「それか、適当な人間を使って試されたのかもな」

「はああ?俺はその魔術やらのお試しにされたってわけ?」

「……ぷっ。だとしたら情けないやつだなあお前。隙だらけだったんだな」

「ほっといてくれよ!」

 あははははと笑い出した第一王子に心配そうな第二王子。

「でも。なんで俺の言ったこと信じてくれたんだ?」

「簡単さ。邪悪な心の持ち主は禍々しい音が出るが、お前の音は澄んでいた。つまり嘘はついていないという事だ」

 そうか。この世界の判断の水準はすべて音なんだな。


「それにお前は勇気がある。音感もいいようだ。お前、俺の元で仕えろ」

「へ?仕えろとは?」

「俺が召し抱えてやる」

「……げっ」


◇◆◇


 どうやら犯人の要求はリーダー格の釈放と国外逃亡らしい。しかしこれだけの騒ぎを起こすことが出来る技術があるのならうちの研究所に欲しい人材に違いない。

 なんとかしてこの曲を作成した当人と連絡がとってみたいものだ。きっと私のように技術畑出身に違いない。この事件を解決できたなら研究費や補助金も増えるだろう。ここなら好きなだけ研究ができると言う旨味がでてくるはずだ。


 ピッピッ……と脳波を測定する電子音が病室に響く。研究対象は多い方がいいが、人道的範囲を越す場面に関しては弟を使うしかないだろう。

「どんな夢をみてるんだ?兄に心配かけやがって。すまんがちょっといろいろと試させてもらうぞ」

 モルモットではなく人体に直接試すことが出来るなんて。興奮でワクワクする。いや、失敗は許されない。緊張と期待で頭が冴えてくるのがわかる。よし始めようか。

「少しずつ音の刺激を与えてみよう。まずは脳波を安定させなければ」


◇◆◇


 俺はその日から第一王子の元で音を出す訓練に励んだ。失敗するともろに俺の体に跳ね返ってくる。音の打撃は大きく頭痛や 吐き気や眩暈をおこした。何度も訓練しようやく安定した音を奏でられるようになった。

「さすがだな。これなら実戦でも通用する。悪いが俺と一緒に前線に出てくれないか」

「前線?って。実践って言ってたよな?まさか……」

「そうだ。自分で音を奏でる事ができると攻撃や防御も出来るようになる。それを悪用しようとする奴らを一緒に倒してくれないか」

「悪用って?それってどういうことなんだ?」

「音波や音そのものをこうしてエネルギー源として使える技術や人種は我が国独自のものなんだ。だから幼子を誘拐したり技術を盗み改造したり生物兵器などを作りだそうとする奴らがいる。お前もそういった連中かと疑ったのだ。悪かったな」

「そうだったのか……」

「でも、お前は音感も優れ訓練によって音を自在に操れるようになれた。これってすごい事なんだぞ。出来ない奴も多いんだ。お前は今、俺たち人種に匹敵するくらいなんだ。だから俺と一緒にきてくれないか?」

「わかった。やってみるよ」

 第一王子と苦楽を共にし前線で敵と戦い、やっと俺の居場所を手に入れたような気がした。俺は兄と比べられるのが嫌だった。何につけても優秀で秀でている兄と平凡な弟。そんな目に見えない圧力のようなものに耐えかねていた。


 俺と第一王子のコンビネーションは最強だった。ようやく敵の拠点を見つけて突入という矢先に俺は意識が昏倒した。


◇◆◇


……気づけば俺は病院のベットで寝ていた。何がどうなっているのだ?

 夢だったのか?あの世界も王子も?俺は長い夢を見ていたのか?

「お前はテロに巻き込まれただけだ。リハビリが必要だが実生活にすぐにもどれるようになるさ」

 兄はまた有名になったようだった。犯人たちは隠れ家を見つけ出され自害したらしい?そうなのか?本当にそんなに簡単に捕まったのか?何か裏があるんじゃないのか?


 このまま被害者たちは眠りにつくのかと思われたが、兄が解除キーとなる覚醒メロディーを俺の身体を使って割り出し、人々は目覚めたそうだ。英雄となった兄。

「仕方ないだろ?赤の他人の身体を弄るわけにはいかないじゃないか。お前なら家族だし許される範囲だったんだ」

 当たり前のように話す兄にやるせなさが募る。俺には拒否権がなかったというのか?じゃあ俺が今まで感じていた音たちは全部兄が外部から刺激を与えていたからだというのか?あの世界での事も脳が勝手に見せた夢の一部だったというのか……。


 虚しさだけが胸に残る。俺の現実は兄の踏み台にしかならないのか。


 その日はいくつもの検査を受け精神的にも肉体的にも疲労が濃かった。目をつむるとそのまま闇に引きずり込まれるように眠りに落ちた。





「おい!大丈夫か?急に消えちまって心配したぜ!」

「え?……ここは」

「帰ってきてくれたんですね!よかった兄上と探しまくってたんです」

 目の前に第一王子と第二王子がいる。

「俺、戻って来れたのか?」

 また俺は夢を見てるのだろうか?

「お前……ひょっとして元の世界とやらに飛ばされてたのか?」

「うん。もう二度と来れないかと思って虚しかったんだ」

「帰ってきてくれて嬉しいぜ。俺たちはお前を歓迎する。もしもお前が嫌でなければずっとこっちにいればいい」

「ずっと?」

「決めるのはお前だ。お前にとってどっちが現実なんだ?」

「俺にとって現実は…………」





おわり。




























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