その18「みんなでオセロをした」

 パチン、とオセロの駒を置き、夏夜姉は黒から白へ、くるくると反転させていく。




 「む、むむむ………なかなかよい手がきましたな」




 汐里は難しそうな顔をして、うんうん考え込む。




 「ここからのぎゃくてんは、しなんのわざ……」




 「この子、難しい言葉知ってるのね、夕一?」




 「かなり頭はいいんだよな。おおよそ子どもっぽくはないけど」




 「幼稚園で他の子たちと、どんな会話をしてるのかしら……」




 当の汐里は、こちらの話が聞こえている様子もなく、ひたすらに頭をひねっていた。




 「ここからのぎゃくてん……。できるのか、このしおに……!!」




 「まだ序盤の序盤だから、なにも始まっていないんだけどな」




 「いいじゃない、可愛いんだから」




 朝、朝食が終わると汐里は夏夜姉の個室からオセロ盤を取ってきて、遊びたいと言ってきた。夏夜姉は将棋や囲碁などのテーブルゲームが好きで、ゲーム盤などは一式持っているのだ。




 今は、汐里と夏夜姉と俺で、順番交替に対戦して遊んでいるところだった。夏夜姉からしてみれば俺も汐里も敵にもならないだろうが、それでも駒をひっくり返す彼女の顔は満足そうだった。




 一方で、深月姉は相変わらずシムシティに夢中になっていた。




 「ああっ!私の『みつきさん・キングダム』がぁーー!!」




 「今度は王政を敷きはじめたのか……」




 シュミレーションゲームが下手なのに、それでも好きというのが深月姉のやっかいなところだった。




 「あっ、それオセロ?私もやるー」




 深月姉がゲームをやめて、俺たちが集まるカーペットに上がってくる。




 「でも、おねーちゃん、なんだかよわそう」




 「それがな汐里、深月姉はオセロと囲碁は鬼のように強いんだ」




 あれだけ国取りシュミレーションが下手なのにも関わらず、オセロと囲碁だけは、夏夜姉と互角の戦いができるまでに強かった。囲碁に関して言えば、たしか新聞の詰め碁の問題に毎週連続で正解して、アマ初段の取得資格をもらったこともあったはずだ。




 生活力皆無のダメ人間な深月姉だが、無駄に頭だけはいいのだった。




 「姉さんと最後に対局したのは、たしか姉さんが大学生だった頃よね」




 「3人でショッピングに行くか水族館に行くかを賭けたやつだね」




 あのときはインドア派の深月姉が水族館を提案し、服が欲しかった夏夜姉がショッピングを提案した。俺自身は水族館も嫌いでなければ、ショッピングにしても、遠慮がちな夏夜姉が俺を荷物持ちにすることはないので、どちらでもよかった。結局、埒が明かないのでオセロで決めることになったのだ。




 「あのときは私が負けて、特別見たくもないエイやらマンボウやらを見ることになったわ」




 「お魚さんたち可愛くなかった?」




 「ふん、魚なんて、スーパーの鮮魚コーナーに行けばいくらでもいるじゃない」




 「……切り身になった魚を見てどうやって楽しむの?」




 これは深月姉が正論だった。




 「夏夜ちゃん、今回もなにか賭ける?」




 「そうね……それじゃ、夕一の養育権」




 「子どもか、俺は」




 夏夜姉の提案に、深月姉はまた怒り出すかと思ったが、何故か得意げだった。




 「ふふんっ、浅はかだね夏夜ちゃん!私が夕一の養育権を持ってるわけないでしょ。何故なら、養育されてるのは私の方なんだからっ!!」




 場の空気が凍る。その温度差に、深月姉はキョロキョロと俺たちを見回した。




 「……姉さんには誇りはないの?」




 「え、私は誇りを持って夕一に養育されてるつもりなんだけど」




 「どれだけ図太いのよ……」




 夏夜姉も完全に呆れ顔だった。




 「それじゃ、残りのあと2日、夕一を好きにしてもいい権利を賭けましょう。姉さんのことだから、このままだと意地でもうちに泊るだろうから」




 「わかった。負けたらおとなしく帰る」




 深月姉と夏夜姉が、盤を隔てて向かい合う。そしてじゃんけんで手番を決めて、対局がスタートした。




 先手は夏夜姉だった。黒を表にして置き、深月姉の白を裏返した。深月姉も、それに応戦する。




 「ねぇゆーいち、どうしてふたりとも、たくさん裏返せるところにおかないの?」




 二人が裏返せる最小のところに駒を置いていることに、汐里は気づいたようだった。




 「序盤はたくさん取っちゃうと、それだけ相手の打てる場所が増えたり、逆に自分が打てる場所が減っちゃってパスしなくちゃいけない場面も出てくるから、できるだけたくさんと取らない方が有利なんだ」




 「ふぅん」




 さすがの汐里もこの理屈はよくわからないようで、微妙な返事だけが返ってきた。




 「どりゃー、必殺!パーフェクト・ムーヴ!!」




 「ぐっ、中割りね。また打ちにくいところに……!!」




 夏夜姉がある場所に置き、一枚だけ白に返す。




 「なに、一石返し……!?」




 専門用語続出で、もはや言っていることがよくわからない。さらには、中盤戦の盤面模様で優勢劣勢がわかるほどの実力もないため、二人がここまで苦渋の顔で悩んでいる理由もよくわからなかった。




 「一緒にパソコンでトムとジェリーでも見るか」




 「みるっ!」




 俺と汐里はそっと盤面から離れていく。だが二人は、そのことに気づいてもいないようだった。




 「見せてあげるわ、これが真のストーナーよ」




 「なにを!ならこの私の引っ張りはどう!?」




 「くっ……そんな手が……!!」




 二人とも苦しげに指してはいるが、なんだかんだ楽しそうだった。




 そうして辛くも勝利をもぎ取ったのは、深月姉だった。深月姉はぜぇぜぇと息をもらしながら、立ち上がり夏夜姉を指差した。




 「ほれみたこと夏夜ちゃん!生産社会の序列では負けてるかもしれないけど、勝負の場を変えればこんなもんなのよ!」




 その勝負の場がボードゲームというのが悲しいところだった。だが、夏夜姉は本気で悔しそうにしている。




 「それじゃ夏夜ちゃん。賭けには勝ったから、夕一はつれて帰るよ?今日はシムシティを買って一緒に朝まで攻略するんだから」




 「う、うらやましい……」




 その反応に、ほくそ笑む深月姉。完全に悪役面だった。




 「さぁ、帰ろう夕一?帰りに鱈チー買おうね」




 「買わないけどね」




 帰り支度を急かさせる深月姉。そのとき、夏夜姉が立ち上がった。




 「…………!!」




 バッグを持った俺の腕を引っつかみ、夏夜姉は玄関へ駆け出していく。俺はそのまま外へと連れ出された。




 「えっ、ちょっと、夏夜姉!?」




 「いいからっ!!」




 マンションの階段を急ぎ足で降りていく。マンションを出たとき、6階のベランダからは深月姉と汐里の姿が見えた。

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