その16「夏夜姉から電話がかかってきた」

 「エリック、この家には、きょーふのまおうがすんでいる」




 「そうなんだな直子」




 汐里が動かすウサギの人形の直子が、ヘッドバンキングでもしそうな勢いで身体を倒し、頷く動作をした。




 「直子、その魔王はかなり強いのか?」




 「すっごくつよい。そーぞーをぜっするつよさ」




 「なるほど……」




 「かなづちくらいつよい」




 「強さの尺度に工具を持ち出すのはどうなんだろう」




 魔王の実力はよくわからなかった。




 「家にはいったら、エリックは二かいにはしって。そこにまおうがいる」




 「わかった。直子はどうするんだ?」




 「わたしはだいどころでおひるごはんを食べる」




 「そこは時と場所を考えろよ」




 そんなこんなあって、直子が先頭を切って、ミニチュアハウスに突入をする。俺のエリックは、言われたとおり二階へ上がって行った。




 「ふはははははは、我こそが魔王なり!」




 そのとき、突如深月姉の可愛い女の子のソフビ人形が、高笑いをして現れた。




 台所にいた直子も、魔王の登場を受けて二階に駆け上がってきた。




 「でたな、芳美・アレクサンドロ二世!!」




 「きっとハーフなんだろうな」




 直子はステップを繰り返して、臨戦態勢をとっている。対して魔王は、汐里の指示を待ってその場に立ち尽くしていた。




 「まおう、わたしのおともだちをかえしてもらおうか!」




 「ふはは、嫌だ!ちなみに何人くらい私は誘拐したんだ!」




 「にじゅうおくにんだ!」




 「なるほど……。お前、友達多いな!」




 「いや、ツッコみどころはそこじゃないだろ」




 少しズレている深月姉だった。




 大陸一つぶんの人間をまるごと誘拐する芳美は、振りかぶって直子に突進してきた。




 「いくぞ、直子ぉー!」




 「こい、まおうっ!!」




 そのとき、携帯から着信音が鳴った。激戦が繰り広げられるなか俺は人形遊びを中断して携帯を見た。夏夜姉からだった。




 「あ、もしもし、夏夜姉?」




 『夕一……』


 


 電話の向こうの声は、ひどく沈んでいた。




 「どうしたの、いったい?」




 『えっと、特になにがあるわけでもないんだけど……』




 夏夜姉はなにか言いづらそうにしている。深月姉は不審がって、俺の携帯に耳を近づけた。




 『ねぇ、夕一が次にバイト休みの日って、いつなの?』




 「えっ、そうだな、明後日は休みだけど」




 『そうなんだ……!』




 電話の向こうの夏夜姉の声が、少しだけ弾んだ。




 『夕一、明日の夜、ちょっとうちに泊まりに来ない?』




 「えっ、明日?」




 俺は明日の予定を頭に巡らせた。




 「夕一、ダメっ!!」




 『ね、姉さん!?』




 深月姉は携帯をひっくり返し、自分の方に向ける。




 「夏夜ちゃんそのまま夕一を監禁して返さないつもりでしょ!」




 『そ、そんなことあるはずないでしょ!二、三日借りるだけよ!』




 電話越しだというのに、深月姉はぶんぶんと髪を舞わせ首を振った。




 「夏夜ちゃんしっかりしてるけど、時々すごい甘えん坊だもん!ほら、夏夜ちゃんが高校生だったときも、一時期ずっと夕一と手を繋いで離さないことがあったでしょ!?」




 『そ、それは、私にだって周期的に人恋しい時期がくることがあって……』




 「さては夏夜ちゃん、今がその人恋しい時期なんだなっ!」




 『ぐっ……!!』




 図星のようだった。




 深月姉は興奮のあまり立ち上がる。




 「夕一はモノじゃないんだからレンタルしないの!」




 『でも、姉さんばっかりズルいじゃない!』




 「逆に聞くけど、夕一がいなくなったら、私が人らしい生活を送れると思うの!?」




 「そ、それは……」




 夏夜姉を言い負かし、悦に浸る深月姉。だがそのロジックは、とてもではないが自慢していいものではないはずだ。




 『………ゲーム二本』




 「えっ?」




 『姉さんが欲しいゲームソフト二本買ってあげるわ。それで三日、夕一を貸して』




 「に、二本も!?」




 深月姉は頭を抱え込む。さすがに深月姉のポイントを理解しつくしていた。




 「ぐっ……………すー、はー、すー、はー………ふ、ふんっ!そんなもので夕一のレンタルを私が認めるとおもった?浅はかだよ夏夜ちゃん!」




 『三本』




 「わかった!!」




 「レンタル成立したっ!」




 そうして、電話が切られた。




 「……ふっ、私も情に負けたわ」




 「物欲に溺れただけだろ」




 先ほどの決断に早速後悔しだしたのか、俺に泣きついてくる深月姉。俺は、ため息をつくしかなかった。

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