その15「みんなでおままごとをした」

 汐里と二人、近所のスーパーまで買い物に来ていた。今日は午後からのバイトがないため、幼稚園のお迎えのついでに寄ったのだ。




 「今日は肉じゃがと野菜炒め、どっちがいい?」




 「んと……肉じゃががいい」




 野菜売り場まで行って、じゃがいもと玉ねぎを買い物カゴに入れる。そして精肉コーナーで、豚小間を300g買った。我が家に牛肉を買うだけの経済的余裕はない。




 「そういえば、深月姉のせんべいがもう切れそうだったな」




 深月姉は家を出ないから、その退屈な時間のほとんどをゲームと昼寝とおやつに費やしている。必然的に、一般家庭よりもおやつの消費量は増えてくる。その上夜にはビールやハイボールまで飲むのだから、我が家のエンゲル係数は高くなる一方だった。




 「汐里、たまには深月姉におやつを控えるように言ってくれないか」




 「たまに言ってる」




 「で、深月姉はどんな反応するんだ?」




 「ショックをうけて、やけぐいしてる」




 悪循環になっているようだった。




 お菓子コーナーで、俺はポテトチップスとせんべい2袋づつ、それにしるこサンドを1袋買い物カゴに入れた。汐里にも、好きなものを買っていいように言うと、彼女はしばらく探し回った末、小さな箱を持ってきた。




 「これ、なんだ?」




 見ると、食玩のようだった。中にラムネやアメ一粒と、ソフビの指人形が入っているらしい。どうやら日曜の朝にやっているアニメのキャラの女の子の人形のようだ。お菓子ではなかったが、それで満足するならと、俺はそれも一緒に買い物カゴに入れた。汐里はうれしそうに少しだけ目を細めた。




 帰ってくると、俺は肉じゃがを作るために台所に立った。深月姉が、後ろからのしかかってくる。




 「ねぇー、今日の晩ごはんなにー?」




 「肉じゃがだよ。それに、みそ汁でもつけようか」




 「そだねー。あと、卵焼きもあるとうれしいかも」




 「わかった」




 俺は油を敷いて、鍋に火をかけた。




 「おねーちゃん、ゆーいち」




 深月姉が、俺にもたれたままふりかえる。




 「どしたの、汐里ちゃん?」




 「ごはんおわったら、ひま?」




 「まぁ、予定はないかな」




 「それなら……」




 びし、と彼女が後ろから取り出したのは、さきほどのソフビ人形と、ウサギの人形の直子だった。  




 「これからおままごとをしませんか?」




 幼稚園児にしては、非常に丁重なお誘いだった。俺と深月姉は、顔を見合わせる。




 「いいよ。それじゃ、おままごとするか」




 コクリ、と頷いて、汐里はテレビの方に戻っていった。




 夕食が出来上がると、いただきますと同時に汐里は食べ始めた。今日の汐里は早食いだった。よほどおままごとが楽しみなようだった。




 「考えてみれば、あのミニチュアハウス作ってから、家族がいなかったもんねー」 




 「芳美はかぞくじゃない。ほーむすてい」




 「ホームステイって、また難しい言葉知ってるねぇ」




 「というか、あの人形に芳美って……」




 相変わらず汐里のネーミングセンスは渋かった。




 夕食を食べ終わると、汐里は台拭きでちゃぶ台を拭き、その上にこの前作ったミニチュアハウスを置いた。半分に分かれたその家を割ると、ウサギについていた勉強机やらの他に、厚紙や折り紙で、棚や食器や家電などが作られていた。




 「私と一緒に作ったんだよ」




 どうやら、深月姉も人の役に立つことがあるようだった。




 「これ、ゆーいちの」




 汐里からなにか手渡される。見ると、折り紙で作られたやっこさんだった。




 「これがゆーいちのキャラクター」




 式神の札のような形のその折り紙が、俺の分身のようだった。




 「名前はなんていうんだ?」




 「エリック」




 「欧米人かよ」




 「しかも年収1000まん」




 「すげー高所得者だな」




 見かけによらずエリートなようだった。




 深月姉にはソフビ人形があてがわれ、全員に人形が渡った。その後、汐里が全員に配役を言い渡す。汐里扮する直子が家の主で、俺のエリックと深月姉の芳美がその宿を借りている学生という設定のようだった。




 深月姉の芳美が学校から帰ってくるというところから始まるようだった。汐里の直子は、主らしくせっせと家の中を動き回ってきた。




 「ただいまー。あー、お腹すいたー」




 「おかえりなさい。芳美」




 芳美は直子の前までやってきて、ぴょんぴょんと跳ね上がる。




 「ねぇ、今日の晩ごはんなにー?」




 「今日はビーフシチューですよ」




 「わーい、それじゃ、先におやつ食べて待ってるねー」




 深月姉の芳美が二階に上っていく。それを見届けて、ウサギの直子はため息をつく真似をした。




 「はぁー。ほんと、芳美にはこまったものだわ。気がつけばまいにちおやつとゲームとおひるねばかり。いったいいつになったらはたらいてくれるのかしら」




 「あれ、芳美ちゃん学生の設定じゃなかったっけ?」




 「……リストラされた」




 「学校に!?」




 二階でおやつを食べているはずの芳美が、一気に暗くなっていく。だがそれでも、直子の愚痴は止まらなかった。




 「ほんと、あのこはしょうらいのことをかんがえているのかしら。いまはふけーきで、おしごともそんなにないのに」




 「ううう……何故だかわからないけど、胸にグサっとくるものがある……」




 「ああやってまいにち他人のおかねで食べるおやつはおいしいのかしらね」




 「し、辛らつだ……」




 「芳美ちゃんが他人には思えないのは何故だろう……」




 それは境遇がほとんど同じだからのなのだろうが、それを本人に伝えることは俺にはできなかった。




 助け舟を出すために、俺扮するエリックが家に帰ってくる動作をした。




 「ただいまー、直子」




 「あらおかえりエリック。にゅーこくかんりきょくの役人は巻けた?」




 「エリック不法入国者だったの!?」




 おままごとにしては、かなりダーティな設定だった。




 「それじゃ、みんなそろったからばんごはんにしましょうか」




 「わ、わーい、ごはんだー」




 テンションが著しく下がった芳美が一階まで降りてくる。反面、汐里はノリノリだった。




 「それじゃ、今からビーフシチュー作りはじめるからねー」




 「え、まだ作ってなかったんだ。ビーフシチュー今から作ってたら、食べられるの深夜になりそうだな……」




 汐里は紙で作った鍋に火をかけるふりをする。そしてそこに、材料らしき折り紙の屑を振りまいた。 




 「できた」




 「はやっ!!」




 煮込む動作すらもしていない。プロもびっくりの時短クッキングだった。




 「はい、みんなどうぞ」




 折り紙のお皿を回してくれる。深月姉と俺は、食べるふりをした。




 「どう?ごっつおいしい?」




 「なんで直子微妙に関西訛りなんだよ。ああ、おいしいよ」




 「天にものぼるおもい?」




 「え、まぁ……」




 どうやら直子は手料理に感想を求めてくるタイプのようだった。




 「あ、それとエリック」




 「なんだい直子」




 「おかねあるんだから、ちゃんとぜーきんははらうんだよ」




 「エリック脱税者なのかよ」




 もう救いようもない程の悪人のようだった。




 そうして9時が来て、おままごとはお開きになった。だが、おままごとが終わっても、芳美もとい深月姉の心の傷は、癒えないままなのであった。




 「夕一、私っていったい……」




 「………ビール、持ってくるよ」


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