第8話

 掲示板をぐるりと見た後、建物を抜けて大通りを歩いて行く。

 湖沿いの眺めの良い大通りは、湖から流れてくる風を感じられて非常に心地が良い。太陽の光を真っ白な建物が反射し、少々まぶしいがそれもいずれ慣れるだろう。

 広い湖ということもあって、琵琶湖のように波が立っている。ざわざわと響く波の音は、海にバカンスでも来たような気持ちにさせてくれる。


 数日間の攻略により、大分お金や素材が貯まってきた。ということで、そろそろ装備を充実させていこうと思っている。

 1層で買ったのはあくまで武器であり、服などの装備は初期のままなのだ。6層に来てみるともう初心者装備でプレイしているプレイヤーはほとんどいない。皆それぞれしっかりと装備を調えているのだ。

 加えて、その1層で購入した武器にも結構ガタが来ている。しっかりとお金をかけて買ったものの、1層で作られたNPCの量産品。使い方が荒かったせいか思ったより消耗が早いのだ。修理しても良いのだが、わざわざ弱い武器を修理しても意味はないだろう。


 そのため、貯まったお金を一気に放出し、プレイヤー商店でいろいろ揃えていこうと思っている。プレイヤー商店であれば購入後のメンテナンスなどもお願い出来るし、個別のニーズにも応えてくれる。

 ただ、どのプレイヤー商店が良いとかはまったく分からないので、適当にぷらりと入ってみることにする。






 目をつけたお店は、大通りに面していて目の前が湖この町の一等地に建っている武具店。

 一等地といっても眺めが一等地なだけであり、中央広場からはそこそこ距離がある。ただ、大通りに面しているので十分良い場所だ。しかし、客入りはあまりよろしくないらしい。理由は分からないが、あらかた先ほど売買施設の近くに立っている武具店に客を吸われてしまっていると言うところだろう。

 あまり混んでいても時間が掛かるし、逆に職人が私に使ってくれる時間も少なくなる。

 ならば多少空いている方が都合が良い。6層まで下がって来られている時点で実力があることは間違いないのだから。


 店のサイズはあまり大きくはない。窓からチラリと中をのぞいてみると、棚にはいくつかの武器がぶら下がっているだけで、1層のNPC商店のようにずらりとものが並んでいるわけではない。

 例に漏れず全体的に白を基調としているが、周囲には花や草などが植えられており、一見武器屋には見えないようなおしゃれな外装だ。


「入ってみるかぁ」


 そうして私は、この『くろね武具店』と呼ばれる武器屋に足を踏み入れた。






「いらっしゃい~」


 中に入ると、カウンターには身長の低い幼い少女がいた。髪の毛は金色で、全体的に白い服を着ている。非常に可愛い少女だ。

 ただ、背中には鍛冶師らしい装備を背負っているため、おそらくこの子が職人なのだろう。

 大体この店が空いている理由を理解出来た。


 室内は外側から見たままで、並べられている武器はほとんどない。まず店の中が狭いのだから、並べるも何もないのだろう。

 バックヤードはどうやら広いみたいで、ここで武具を作っているのだろう。


 1層の武器屋とは違い、室内は非常に明るい。このかわいらしい女の子がオーナーということもあるのか、全体的におしゃれな作りだ。置いてあるものは物騒だが。


「えっと、君が職人?」

「そうだよ~。私はくろね。よろしく~」

「私はハル。見ての通り女忍者くノ一だよ。よろしく」


 まずはこれからお世話になるであろう方とご挨拶。差し出された手を握ってみると、非常に小さくぷにぷにしている。本当にかわいらしい女の子である。


「女忍者はなかなか珍しいね。初めて見るかも~。まず場所が分かりにくいよね。職業選択画面の下の方にあるし、女性にしかムリだし。数が少ないのも頷けるっていうか……」


 なるほどなるほど、そうだったのか。

 どうやらこの職業は職業選択でもなかなか選びにくい位置にいるらしい。何順で並んでいるのかは分からないが、もし人気順に並んでいるのだとしたらそりゃ下の方になるだろう。

 普通に剣士とか、そっち系の職業の方が人気になる。


「くろねさん、ちゃん? はいつからここで?」

「呼び捨てで良いよ~。先行リリース開始から6日後くらいには6層に来てたから、そこら辺からずっとここだね~。だからもう30日くらい? 

 ゲーム内時間だから、リアルだと15日とか?」

「ずっと店開いてるの?」

「いや、たまにしか開かないんだよね。だからハルちゃん運が良いよ~」


 NPC商店と違ってプレイヤー商店は開いている頻度が安定していない。だから狙った店があっても全然いけないとかいうのもざらにあるのだろう。

 くろねは非常に接しやすくて、良い店を引いたなという感じがする。

 先行リリースから6日後には既に6層にいたわけで、現実だと3日と行ったところ。生産職でこれなのだから相当な実力者であるか、相当な実力者が身内にいるか。いずれにしても凄い人であるのには変わりはないらしい。

 どうやらあたりの店みたいだ。


「で、ハルちゃんは今日は防具かな?」

「いや、もう全部作って貰おうと思ってて。1層で適当に揃えた奴なんだけど、結構ガタが来ちゃっててね……」

「ちょっと見せて~」


 私はアイテムボックスから忍者刀を取り出し、彼女に見せる。

 彼女はおぉといいながらそれを両手で抱え、なめ回すようにその刀を見ていた。私の忍者刀は通常の日本刀に比べて小さいはずなのだが、彼女が持てばこれもなかなか大きいサイズに見える。


 忍者刀をじっと眺めるその瞳は、しっかりと職人のものであった。


「うん、ダメだねこれは」

「やっぱり見れば分かるもんなの?」

「スキルがあるからね~。鑑定系は大分揃えたから」


 そう細い腕で力こぶを作ってみせる。どうやら相当ゲームをやり込んでいるプレイヤーらしい。


「そうだねぇ……、このゲームなかなか厨二病のイタタな人も多くてね、黒い装備っていうのは一定の需要があるんだけど」


 そう、一定層に反感を買うような出だしから会話が始まる。


「女忍者用で、しかもお姉さんみたいなプレイスタイルの人になってくるとそこら辺の黒いのじゃ物足りないと思うんだよね~。せっかく作るものだし長く使ってほしいし」

「と、いうと?」

「素材がないんだよね~。ギルドを通して冒険者に依頼してもいいんだけど、どのくらい時間が掛かるか分からないから」


 よくある展開だ。

 どうやら彼女はどこかしらのギルドに所属しているらしく、素材の入手自体は可能らしい。ただ、どれくらい時間が掛かるか分からないそうだ。


「ギルドの倉庫にあるかもしれないけど、少なくともうちの店には今はないんだよね~」


 そういうと、こんなもん。といいながらいくつかの黒い素材を取り出してきた。正直これを見せられても何が何だか分からないので、ひとまず適当に返事しておいた。


「どうする? ギルドに問い合わせてみてあればそれで作っても良いけど、なかったら時間が掛かっちゃう。それかもう確認無しで採取してきちゃうか」

「足りないのは何?」

「黒牙狼の牙だね。真っ黒い奴。刀身用の黒い合金は作れるから柄とか装飾品用の牙を取ってきてほしい。あ、別になくても良いから使わずに作るでもいいよ~、楽な方で」


 どうやら今足りないのは必需品ではないらしい。

 話を聞いてみれば、女忍者用の装備に使う布とかもあるし、刀とかに使う素材もありはするらしい。ただ、こだわって作る場合に使いたいものが不足しているそう。

 それが黒牙狼の牙。


「どうする?」

「ちなみにどこで取れるの?」

「えっとね、8層の『瑚岳こがくの森』っていうところ。そこに行けば黒牙狼は割といるよ。4層でも取れないことはないけど、結構レアポップだから、確実性が高いのは8層かな~」

「なるほどなるほど……」

「あ、行くってなったら武器とか防具とか、そういうのは貸し出すよ!」


 そう手をあわあわとさせながらくろねが言って来る。

 その後に、頬をカリカリとしながら恥ずかしそうにいってきた。


「じ、実は、全然代用出来るんだよ。でもね、私が加工したいから取ってきてほしいなって。なかなか使う機会なくて……」


 その表情が可愛かったので――


「おっけ。任せろ」


 ひと狩り行くことにした。

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