VRMMOの世界に私だけ閉じ込められてしまいました

べちてん

第1話

「……ん? ここは……?」


 目が覚めると、私は謎の白い空間にいた。昨晩は高校の部活帰りにそのまま寝落ちをしてしまって――


『こんにちは。リベリアルフォールオンラインへようこそ!』

「どうぇぇえッ?!?! な、え???」


 状況がつかめずに困惑していると、突然目の前に1人の女性が現れ、流暢に話し始めたのだった。

 夢でも見ているのだろうか、と思い頬を摘まんでみる。


「あ、痛くない。夢だ」


 触っている感覚はあるものの、痛みを感じなかったためにおそらくこれは夢であると判断した。こういったことを明晰夢というのだろう。なかなか気味の悪い夢を見ているものだ。


『現在痛覚設定は無効になっています。有効にしますか?』

「……ンン? ツウカクセッテイ……?」

『痛覚設定を最大にしました』


 何も言っていないはずだが、目の前に謎のバーが現れたと思ったら、最も左にあった点が勝手に右側へと移動した。

 痛覚設定。またもや夢の中に変な設定を盛り込まれてしまっている。


 まあいい。ご丁寧に痛覚設定を最大にしてくれたということで、せっかくだから試しに頬をひねってみることにする。


「ぁいってぇッ!!!!」


 多少ひねっただけなのにもかかわらず、ものすごい激痛が私を襲う。


『痛覚設定を無効にしました。フッ……』

「おいお前今笑ったな?」

『失礼いたしました。改めて、ようこそ! リベリアルフォールオンラインへ!』

「はぁ、よくわからないが……」


 どうやら私は今ゲームの世界にログインしているらしい。

 リベリアルフォールオンラインと言えば、先日情報が解禁されたばかりのフルダイブ型VRMMOの新作なはずだ。先行公開は3ヶ月後だし、一般公開も4ヶ月後だったはずだ。つまりはまだ発売されていないはず……。


「なぜか目が覚めたらゲームの世界にいると。うーん、よくわからないな」

『独り言は良いので早く設定画面に向かってください。あなたのお名前を教えてください』

「どういうことだろ。普通にゲームにログインしたんだけど、何かの弾みで記憶を喪失したとか……?」

『あなたのお名前を教えてください』


 目の前にいるのはおそらく設定用のNPC。やはりゲームの中にログインしているという様に考えるのが妥当だ。ただその過程を思い出せない。


「やはり脳に何かしらの影響が……」

『あなたのお名前を教えてください』

「もう! さっきからうるさいな! こっちは今脳みその整理をしてるんだ!!」

『もうさっきからうるさいなこっちは今脳みその整理をしているんださんと言うのですね! 素敵なお名前です! では次は職業を教えてください!』

「ぁぁあああっ! ムカつく!! ハル! ハルだから!!」

『さっさと設定を進めてください。

 ハルさんというのですね! 素敵なお名前です! では次は職業を教えてください!』


 このNPC自我を持っているんじゃないか? と錯覚するくらいには非常にムカつく回答をしてくる。

 明らかに通常ではないツッコミというか、煽りというか、そういうのを入れてくる。私がクレーマーなら責任者を呼び出しているところだ。

 ひとまずここで足踏みしていても話が進まない。設定だけでも済ましておこうとは思うけど、……ムカつくんだよねコイツ。

 ……NPCだから良いよね?


「あのさぁ、突然職業を教えろって言われてもこっちは何があるのかわからないわけ。その提示とかないわけ? まったく、これだから低性能アンド――」

『おまかせ設定を実行しました』

「え、何勝手に――」

『ではハルさん! あなたにとって第二の現実が素敵なものでありますように! 行ってらっしゃい!』

「ちょ、ちょっと!」








「クレーマー対応に精通していた……。っていうか目線低ッ!」


 どうやらあのNPCは私の名前以外の設定をすべておまかせ実行し、ゲームの世界へとほうり投げてしまったらしい。おそらくチュートリアルとかも全カット。

 目線が低いことから身長が低いということが推測出来る。


 先行リリースを予約していた私はチュートリアルがなくてもある程度の設定やルールだったりはわかるのだが、状況があまり読めないため一度ログアウトして確認をすることにする。


 初めてのフルダイブ型VRMMO、脳内でイメージすれば勝手にログアウトボタンをクリックしてくれた。


『ログアウトが無効になっています』


 クリックしてくれた。


『ログアウトが無効になっています』


「……ンンン??」


『ログアウトが無効になっています』


「ちょっとまって、ログアウトが無効になっているってどゆこと?!」


 明らかにぽよんぽよんという独特なクリック音が聞こえているのにも関わらず、画面にはログアウトが無効になっているという表示が出ている。チュートリアル中だからログアウトができない……と言うことはないはずだ。


「どうしたんだい女忍者くノ一のお嬢ちゃん。ログアウトしたいときは、頭の中でログアウトしたいと思うだけでしてくれるぞ。ほら、こんな風に」


 困惑していた私に強そうなおじさんが話しかけてくれて、目の前で実際にログアウトをしてくれた。


「……そういうわけじゃないんだよなぁ。

 あ、戻ってきた」

「ね?」

「あ、はい。ありがとうございます……」


 ダメだダメだ。ここにいては明らかに変な人だ。

 ひとまず人目を避けるために路地の方へ向かうことにした。









 ひとまず大通りから逸れて、路地のような所に入った。その一角に腰を下ろして設定画面を見てみる。


 イメージをすれば設定画面が開くので、私の操作方法が間違っているためにログアウトができないということではなさそうだ。


 設定画面の右上の方に、ベルマークがあった。その左上が赤くなっている。おそらく通知が来ているということなのだろう。

 それをイメージしてみると、実際にその通知画面を開くことができた。


 一番上に来ているお知らせのタイトルは、


『リベリアルフォールオンライン、一般リリースまであと2週間!』


 一般リリースまで2週間……?


「私が最後に覚えてるのが先行リリースまで3ヶ月だったから……、つまりは3ヶ月と2週間経過しているということか……」


 ひとまず最後の記憶からどれだけ日時が経過しているかは理解した。ただ、いまはこのゲームからログアウトするのが先。混乱していたって話は進まない。

 ひとまず送られてきていたお知らせを開いてみる。すると、中には先行リリースのプレイヤー向けにいろいろなお願いなどが記されていた。

 その中のひとつ。


『不具合等ありましたらその都度お知らせ下さい! 現在皆様からの不具合に対応するため、オペレーションスタッフが常駐しております』


 どうやらいま運営に報告をするとリアルタイムで返答が入ってくるようだ。

 大変ありがたい。おそらくログアウトができないのは先行リリースのバグだったのだ。


 ひとまず運営に報告してみる。


「えっと、ログアウトしようとするとログアウトが無効になっていますというメッセージが表示されます。っと」


 脳でイメージしただけで報告欄に文字が書き出される。非常に便利だ。

 ひとまずそれを運営向けに報告してみる。


 常駐しているとは言え連絡が帰ってくるまで多少の時間があるはずだ。この間にあのNPCが勝手に決めた私の職業を確認する。


「えっと、女忍者くノ一か……。なんだ、センス良いじゃん」


 どうやら私の職業は女忍者らしい。読み方はくノ一。設定欄では女忍者の上にくノ一というルビが振ってある。そうするならはじめからくノ一で良かったのではと思うが、気にしないことにする。

 他の職業に何があったのかはわからないが、チョイスとしては凄く良いと思われる。

 せっかくゲームをするなら戦闘職が良いと思っていたから生産職じゃなくて良かった。


 女忍者は隠密系の戦闘職。男性プレイヤーには選択出来ない職業で、逆に純粋な“忍者”と言う名称の職業は男性しかなれない。

 侍とかかっこいいかなと思っていたが、女忍者も悪くない。


 ステータスは素早さと攻撃に振られているみたいで、全部均等に配置なんてことはされなかったらしい。


 ステータス欄の横には私のアバターが表示されている。

 茶髪で、オレンジと黒を基調とした服を着ている。ザ・くノ一と言った感じの服装だ。

 初期装備はクナイになっていたが、短すぎて使いにくそうなので良い感じの短剣を買うことになりそうだ。

 なら女忍者じゃなくて良くないかと思うが、NPCが勝手に決めたので知らない。

 顔は可愛い。身長は平均より大分低いかな。明らかにロリなのだが、これはNPCの趣味なのだろうか。


 そうこう考えているうちに運営からのメッセージが帰ってきた。

 何やらメール形式からよくあるチャット形式に表示が変更されていた。おそらくリアルタイムで運営とつながっていますよということなのだろう。


 送られてきたメッセージの内容。


『ハル様のログアウト無効は仕様でございます。ログアウトするためには外部からの信号入力が必要です』


「えぇ? どういうことだ……?」


 仕様でログアウトが切られている……?


《つまりは内側からではログアウト出来ないということですか?》

『そうなります。ログアウトが可能な状態になった際にまたご連絡差し上げますが、具体的な時間などは現在未定となっていると伺っております』

《わかりました。対応ありがとうございます》


「いや、対応ありがとうございますじゃねえよ! いや、自分で打ったんだけど……」


 どうやら私のログアウト無効は仕様。


「これさ、もしかしてだけど、私だけゲームの世界に転移しちゃったとか、そういう感じだったりする……?」


 とにかく情報が少なすぎて現状どうなっているのかがわからない。

 ログアウトができないということはずっとこのゲームの中に24時間とらわれということ。これは非常にまずいことになった。

 ていうか私これ死んだらどうなる……? 死んだら生き返らないとか……?


 いや、さすがにそれはないだろう。ただここから出られない以上しっかりと収入を確保して寝泊まりする場所を確保する必要がある。


 一般リリースが始まればフィールドに人があふれて狩りができないとかという状況になってしまうはずだ。それまでにできるだけこの最初の村から離れておく必要がありそうだ。

 もしこの状態で一般リリースが始まってしまえば、狩り場のモンスターは狩り尽くされるし、宿も埋まる可能性があるし、人混みのせいで身動きが取れないとかなったら非常に困る。


 とりあえず、1つだけわかったことがある。


「わ、私、ゲームの中に閉じ込められちゃった!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る