第6話
民子は俗に言うあげまんだったと康は思う。
民子と知り合ったのは中州のソープランドだった。
まだ風俗に対する規制のゆるい時代で、三十三の康は、四つ下(だと言う)民子を何度も抱いた。
民子の体からはいつも強烈な香水の匂いがした。
一緒にシャワーを浴びても尚残るほどの匂いだった。
その匂いが、女が男から抱かれるときに発する甘い香りや生々しい臭いを消していることが少し残念だったが、民子のもとを訪れるとき、康は例外なく酔っ払っていたので、それほど気にもならなかった。
その時期の自分を、康はどうしようもない男だったと振り返る。
中学を卒業し、小さな料亭で料理人としての修行がはじまった。
いくつか店は移ったが、周囲の人間にも比較的恵まれ、料理の腕を磨いていった。
同じように料理の世界に入ったものと比べると、かなり順調な部類にはいると思っていた。
しかし、三十で入った日本料理店の料理長と反りが合わず、二年ほどで辞めてしまった。
初めての躓きだった。
そのことは意外なほどに康を打ちのめした。
康は酒に溺れた。ろくに働かず、酒を飲み続け、引越しや工事現場のバイトで金が入ると、ソープへ行った。
そんな男になぜ民子が救いの手を差し伸べたのか、今でも康にはわからない。
民子は自分に惚れていたのだろうか。
民子からはそんな情熱は感じとれなかった。
それに民子は康との結婚を望まなかった。康からのプロポーズを断ったこともあった。
ではなぜ民子は、康が移動販売の弁当屋を始める資金を出すと言ったのだろう。
ただの気まぐれだったのだろうか。
民子の援助ではじめた小さな事業は成功をおさめ、康は二十数店舗の飲食店を経営するオーナーになっていた。
「やっぱりあげまんだったよなあ」
康はぼつりとつぶやき、出会った頃の民子を思い浮かべた。
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